第六十八話:アニメ制作会社の買収?
TV局側と対面でバチバチに論を戦わせるつもりでいた波留は、示談交渉に興味を失ってしまい、あとのことは弁護団に任せることにした。TV局側が倒産、あるいは事業を畳むような展開にならないかぎり、口出しはしないつもりだ。
というのも、TVや新聞は高齢者には未だに絶大な影響力があって、アンドロイドのPRには最も適している媒体だからだ。だから倒産してしまうと、アンドロイドを最も必要とするだろう高齢者に対して別のPR 手段を考える必要が出てくる。それはあまりに非効率だ。
ただし、あまりTV局や新聞社に手を出す――例えば乗っ取るとか、大株主になるとか――のも良くない。国民の思想誘導を狙っていると受け取られかねないからだ。それは田中グループのイメージを下げることになるし、なにより隙は作らない方がいい。アンドロイドのPRだけに留めるなら、TV局側が責任を取らされた程度にしか受け止められないだろうというのが波留の読みだ。
波留がそんなことを考えているころ、沙耶は田中ソフトの社長室で部下からの報告を受けていた。
「アニメ制作要員を募集している件ですが――」
部下の説明によると、アニメ制作要員の募集にアニメ制作会社そのものが応募してきたというか、会社そのものを買い取ってくれという話があったそうである。
今は株式会社総タメの充実を図っている段階であり、優秀なアニメや映像制作に関わる技術者やクリエーターを日本全国から募っている状況だった。
アニメ制作会社を丸ごと買収してしまえば、映像技術者やアニメーターを一気に雇うことができるというメリットばかりが目立ってしまうが、企業風土ごと持ち込まれてしまうのは避けたいというのが沙耶の本音だった。
なぜか? 簡単なことだ。会社丸ごと買ってくれという状況に陥っているということは、それだけ会社の経営に問題があるということである。万が一そんな企業風土を持ち込まれでもしたら、順調に進んでいる事業拡大にブレーキがかかるばかりか、後退さえあり得るというのが沙耶の考えだ。
「――ということなんですが、いかがいたしましょうか」
「その方たちのことは、こちらの条件さえ飲んでいただけるのなら、会社丸ごとの買い取りでも人材個別でも受け入れて構いません」
「その条件とは?」
「雇った人員を一塊に配置するようなことは避けてください。つまり、アニメ制作会社を吸収する形にして、人材は適材適所に。それから――」
会社が持っている企業風土を壊すには、人員配置でバラバラにしてしまうのが一番簡単で効果がある。株式会社総タメの中に村社会は不要だ。だから沙耶は、それを条件の一番最初に持って来た。
さらに沙耶は、徹底的な情報リテラシー教育、ハラスメントに対する心構え、AIに対する忌避感の排除、職人気質的非効率なこだわりの破壊、前職地位によるプライドの破壊、徹底的な総タメ文化の教育などなど、どんな研修が行われるのかを前もって条件として示しておくように指示した。
そんなことがあって、会社丸ごとの買収を依頼してきたアニメ制作会社がどうなったのかといえば、社長を除く全員を受け入れることが正式決定した。その会社で今まで使ってきた機材については、より上位の機材が取り揃えられていることから全て処分することになった。
そんな機材に愛着を持っていた者も居たが、仕事の効率化と今までの企業風土を忘れてもらうために諦めてもらった。
「その社長さんだけ、なぜうちへの入社を断ったんですか?」
会社を売るという決断に至った背景には、人材の不足によってアニメ制作の継続が困難になったということと、資金繰りの悪化が根底にあったらしい。
そんな中でなんとか会社を存続させるために足掻いてきたその社長は「もう疲れてしまったんですよ。疲れすぎてアニメへの情熱がどこかに行ってしまいました。アニメ業界からは引退して家族ともども田舎に帰ります」と言っていたらしい。
「――そんな状況だったらしく、社員の行き先が無事に決まったことに安心している様子でした」
「そうですか、無理に引き留めるのは良くなさそうですね」
そんなことがあって、アニメ制作会社から移ってきた社員たちの教育も順調にとまではいかないが、何とか進めているさなか、部下からの報告に沙耶は、日本のアニメ業界がどれほど困窮しているのかを知ることになった。
何があったのか?
立て続けに3社、製作会社丸ごとの買収打診があったということだ。部下によると以前アニメ制作会社を買収したことが発端らしいが、そのときにアニメ制作会社が抱えていた借金――1億円弱――ごとの買収だったこともあり、資金繰りに行き詰っていた会社が頼ってきたということらしい。
その3社の中には、作画が評判になっている有名な会社も混ざっていて、沙耶としては良い人材が確保できたことに満足している。3社が抱えていた借金は総額で5億円弱だったが、その程度の金額は株式会社総タメにとって端金に過ぎなかった。
アニメ制作会社にとっては大金でも、株式会社総タメにとっては端金になる。それは母体である田中グループの圧倒的資金力が背景にあるわけだが、その有り余る資金力は、総タメ社員の給与にそのまま反映されるわけで、年収1000万を超えるアニメーターが夢物語ではなく手に届く現実的な範囲にあるという事実が、社員のやる気にも反映されるし、総タメへの転職に対する障壁を取り払っているようだった。
そんな企業風土というか総タメの体質が影響してか、総タメ制作のアニメは品質もずば抜けていて、作画品質だけにとどまらず、脚本にしてもキャラクターにしても他社とは一線を画す品質の作品が次から次に世に出て行くことになった。
それは巡り巡って株式会社総タメの収益を良化させ、結局のところ総タメ単体で見ても黒字を叩きだす好循環になっていくのだった。




