最初の観測
最初の観測
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山の空気は冷たかった。
秋の終わり。
落ち葉が湿っている。
榊原は立ち止まった。
目の前の岩壁を見上げる。
そこに、黒い穴が開いていた。
「……あったな」
助手の青年が肩の荷物を下ろす。
「ここ、本当に未調査なんですか?」
榊原は笑う。
「だから来たんだ」
ライトを点ける。
穴の中は暗い。
空気が冷たい。
湿っている。
普通の洞窟の匂い。
だが。
榊原は少し首を傾げた。
「……深そうだ」
助手が不安そうに言う。
「引き返せなくなりません?」
榊原は肩をすくめる。
「引き返せない場所ほど」
「面白い」
そう言って、バックパックから小さな機械を取り出す。
古いビデオカメラ。
三脚を立てる。
「撮るんですか?」
「記録だ」
「あとでスポンサーに見せる」
カメラを洞窟の入口に向ける。
赤いランプが点灯する。
録画開始。
二人は洞窟の中へ入った。
靴の音が響く。
コツ……
コツ……
ライトの光が壁をなぞる。
岩。
水滴。
ポタ……
ポタ……
奥は暗い。
普通の洞窟だ。
そう思っていた。
しばらく進む。
突然。
助手が止まった。
「……今」
「どうした」
「壁」
「動きませんでした?」
榊原はライトを向ける。
岩壁。
ただの岩。
榊原は笑う。
「気のせいだ」
「暗いと目が狂う」
また歩き出す。
だが。
奥に進むほど。
空間が広くなる。
洞窟とは思えない。
壁が滑らかだ。
自然ではない。
「……人工?」
助手の声が震える。
榊原は答えない。
ただ歩く。
興味が勝っている。
さらに奥へ。
やがて。
空間が開けた。
大きな空洞。
天井は高い。
中央に。
何かがあった。
石。
いや。
椅子だった。
榊原は止まる。
「……なんだこれは」
石の椅子。
玉座のような形。
だが豪華ではない。
ただの石。
しかし。
妙に。
人の形に合っている。
背もたれ。
腕置き。
すべてが自然だ。
「座るやつですね」
「見れば分かる」
近づく。
椅子の周りは静かだ。
水滴の音だけ。
ポタ……
ポタ……
「座ってみます?」
助手が笑う。
榊原も笑う。
「やめとく」
その瞬間。
カラン……
奥で音がした。
石が転がる音。
二人は振り向く。
暗闇。
ライトを向ける。
何もいない。
「……誰かいます?」
沈黙。
風もない。
「動物だろ」
「気にするな」
再び椅子を見る。
石の表面を触る。
冷たい。
しかし。
妙に馴染む。
「これ」
「座るための椅子だな」
「そりゃそうでしょ」
榊原はしばらく見つめる。
そして。
肩をすくめた。
「まあ」
「試すか」
ゆっくり座る。
石の椅子。
体が収まる。
その瞬間。
空気が変わった。
洞窟が静かになる。
水滴の音も。
消えた気がする。
「……今」
「寒くなりませんでした?」
助手の声が震える。
榊原は答えない。
何か違和感。
背後。
気配。
振り向こうとする。
だが。
「カメラ」
助手が言った。
洞窟の入口に置いたカメラ。
遠くに見える。
その画面が。
光っている。
「録画だろ」
「違います」
榊原は目を細める。
小さく。
数字が見えた。
視聴者数
1
「……?」
「え?」
カメラの画面。
文字が出る。
〈見てる〉
榊原は笑う。
「誰だ」
「スポンサーか?」
返事はない。
沈黙。
そして。
背後から声。
「最初だ」
榊原は振り向く。
そこに。
人影が立っていた。
暗い。
顔が見えない。
ただ。
人の形。
影の男。
助手は気付いていない。
榊原だけが見ている。
「……誰だ」
影の男は椅子を見る。
そして言う。
「これで」
「観測が始まる」
「何の話だ」
影の男は小さく笑う。
「そのうち」
「分かる」
カメラ。
視聴者数
1
チャット
〈見てる〉
榊原は影を見る。
しかし。
次の瞬間。
影は消えていた。
何もない。
「どうしました?」
助手が首をかしげる。
榊原は椅子の上で
少し笑う。
「……いや」
「なんでもない」
カメラを見る。
遠くの画面。
視聴者数
1
榊原は小さく言う。
「誰だか知らんが」
「見てろ」
洞窟は静かだ。
ポタ……
ポタ……
暗闇の奥で。
観測が
始まった。
(番外編① 終)
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