攻城戦は資金がかかる
三十路前、美樹は会社を辞めた。人を人とも扱わない上司と言い争い、そのまま辞めた。同じ街に暮らしながら恋人の架純とも会えない。だからこうしてマイクとイヤホン越しに話している。こうしていると、今すぐに会いたくなるが、転職活動中だから自制している。
『今ウォーキング中だけど』
「わたしも歩いてる」
『一緒でうれしい。そのまんま何ならわたしのところに来てくれてもいいのに』
「明日面接。決まれば」
『マジメなんだから』
「また現場でビル建てたいし」
美樹はこうして恋人の架純と話すたびに我慢させている罪悪感が染み込んでくる。美樹は再就活に精を出していた。稼ぐことがすべてではないが、恋人のためにも自分のためにも自分で生活しなければならないと考えている。もっぱら恋人からはマジメすぎると笑われるが、これくらいは当然だと思うし、同棲するにも招きたい派だ。
□ □ □
早く会いたい。
でも彼女を養う力を作らないと。
よし決めるぞ!
空に突き刺さるほど背の高いオフィスビルを見上げた。エントランスの掲示板にはテレビCMでも観る会社がいくつもある。美樹はエレベーターに押し込まれ、何とか十三階のボタンを押して息を止めていた。隣の女の人も息を止めていた。理由は違う。こちらは緊張していて、隣は美樹の放つナフタレン臭いスーツのせいだ。さいわいまず美樹が吐き出されるように降ろされた。彼らはもっと上のもっといい会社で働き、充実しているのだろう。
フロントの前まで歩いた。
履きなれないパンプスが沈んだ。
フロントのキュートな女性は美樹を見て立ち上がると、静かに礼をした。美樹はスマホの画面を見せると、彼女の網膜認証からガラスの引き戸が左右に開き、面接室に通された。
「よく来てくださいました」
また驚くほどの美人が招き入れてくれた。モデルのような姿と振る舞いは、レストランから見た夜景を思わせた。ウエストを締めたパンツルックが似合い、背は美樹と同じくらいだ。
「前は建設業界とのことですね。現場監督をしていたということですね。辞めた理由は?」
彼女はタブレット端末を操作していた。
「国も文化も違う人を使い捨てのようにするのが許せなくてケンカしました」
今でも美樹はヘルメットがコンクリートに跳ねるのを覚えている。発注したゼネコンの現場で使いもできない上司とケンカして辞めた。
「辞められて一年の間何を?」
「実家に熊野に帰郷していました」
「熊野といえば枯木灘?」
まさか枯木灘のことが出てくるとは思ってもいなかったた。エメラルドのような海、断崖に打ち寄せる白く砕ける波、太平洋から吹き上がってくる夏の海風が懐かしい。東京の見知らぬビルの見知らぬ美人の口から出てくるとは驚いた。
「どうかしましたか?」
「いいえ。まさかこんなところで熊野の話が出てくるとはと。故郷を思い出したものでして」
「誰しも故郷は必要ですわ」
「ええ」
相手はタブレットを見せるとき、美しい髪から甘い匂いが流れ、くらくらしてくる。この人は魅了する何かを持っている気がした。ただ美樹自身、仕事を辞めてから無性に甘えたいからそう思うだけなのかもしれないと思った。
「主に公共事業をしてます」
断崖を背にした城が見えた。
「お越しいただけますか?一度現場を確かめてください。すぐ隣ですから」
「隣!?」
ソファから立つように促されて、隣室に案内された。薄暗いところに紫や青の光が塵のように浮かび、何だろうと眉根を寄せると、腰に腕をまわされて豊かな胸に押しつけられた。
「え!?え!?」
闇に包まれた。
□ □ □
夜、生ぬるい風が吹く。
埃臭い。
敵の城は断崖を背にして、二つの三日月と半月に照らされていた。傭兵会社のフレンシアたちを雇ったクロノス軍は、攻めるべき城を前にして丘の上に陣を敷いていた。が、戦場は動かない。社長として彼女は人件費など経費で頭が痛い。
「もう戦争終わらせないと、わたしの次の計画に移れないわ。いつまでやる気なの?」
「お互いバカだと気づくまでじゃないか」妹のヴィンが片刃の剣を肩に呟いた。「にしてもフレ姉、この陣地はヤバいと思うんだけどな。丘の上だけど、攻め込まれたら後ろは谷で逃げられない気がする」
首までの金髪を強い風に揺らして、締め付けた澄んだ白い肌の胸を解放するように上半身の革鎧を緩めて、退屈そうに眺めていた。今はこんな砕けた格好で柵にもたれているものの、いざとなれば、彼女は疾風のように駆ける。
「でもあてがわれた陣地はここなんだもの。とにかく人がいる」
「アテは?」
「あなたたちは攻撃に備えて。戦後復興を見越して人材募集かけるの」
「戦後あるのか。フレ姉も気づいてると思うんだけど、辺境の支城にしては結界レベル凄いよね。これは新しいシステムを導入した気がする。もはや展示会だ」
風が丘の上の数々の旗を揺らしている。
「わたしたちは敵の新システムの実験場に付き合わされてる哀れな傭兵よ。いつまでもこんなことに付き合わされてるのはゴメンだわ」
「僕たちは復興の入札が欲しいから来てるけどさ。僕らの国からするとこんなところいらないよ」
ヴィンは戦場を見渡した。こちらにも結界があるにしても、これだけ丘の上で陣形が間延びしていて、しかも兵はほとんどが寄せ集めだ。城から打って出られて丘陵地で野戦にでも持ち込まれればおしまいだ。
「人材を召喚する。社長は今後を見据えておかないとね。傭兵派遣なんて仮の姿だから見ておいて」
「僕たちはフレ姉を信じてるよ」
フレンシアは両手で黒髪をかき上げて後ろで結んだ。そしてシャツの下の豊かな胸を反らすようにすると、星が冴える夜空を見た。
細い顎が白く浮かんで見えた。
「戦後はさておいて、敵の城には歴戦の傭兵隊長のアマンダ様がいる噂ね。でもこちらの兵力は城の三倍以上いる。あなたならどうする?」
ヴィンは背後に控える兵士たちを見た。城攻めの基本は三倍の兵力で攻める。数だけいればいいというものでもない。仮に城に歴戦の兵などがいれば、数だけの軍など蹴散らされるのがオチだし、城も本国からの援軍がないわけでもないので持ち堪えられるとつらい。
この遠征にもカネがかかる。
しかも持ち出しだ。
丘の裏になるところで各兵士たちがそれぞれを過ごしていた。フレンシアの集めた傭兵たちは、少しムリをして報酬を上げているので、統率がとれてはいるが、他軍はどうだか怪しい。
「我々の二百人は静かだ。それでもそろそろ痺れをきらしている。アマンダくらいの傭兵なら見抜いている。我々は捨て駒だとね」
ヴィンは片刃の剣の刃こぼれを見た。戦場などどこでもよい。家の再興の夢のためには、姉妹はどんなところでも力を合わせていくと決めたことは忘れていない。
「人間界から召喚できそうよ」
「術でムリしないようにね。補助装置があるとしても体に負担があるんだろ?」
フレンシアは妹に微笑んだ。社長たるもの弱音は吐けない。
「言霊を持つ民族と契約する」
フレンシアは背中を見せた。




