8、様々な秋を楽しむ
(1)収穫祭
文化祭が終わって1週間。厳しい残暑が過ぎ去って、あたりは紅葉が色づき始めてきた。学校やお店もいつも通りで、毎日がまったりしていた時だった。お店の中で静かにジャズ音楽を流していたら、清江さんが店の中へ入ってきた。
「清江さん、こんにちは」
「実はうちの畑で収穫祭を開こうと思っているんだよ」
「いいですね」
「その時にサツマイモ掘りを子供たちにやってもらって、焼き芋をやるってどう?」
「きっと喜ぶと思いますよ」
ひかるさんは、そうは言うけど、実際に村にいる子供たちはそんなに多くはなかった。
「あと、バーベキューをやるのもいいんじゃない?」
今度は笛花が横から口をはさんできた。
「それもいいね」
清江さんのテンションは少しずつ上がってきた。
「参加費は1人1000円で」
清江さんの提案にみんなは同意して終わりとなった。さらに清江さんはおなかをすかせたのか、カツカレーを注文して食べて帰ろうとした時だった。
「待ってください。収穫祭はいつやるのですか?」
ひかるさんに引き留められて「しまった」という反応をしてしまった。
「次の土曜日の午後ってどうかね。ちょうど昼時だし、土曜日なら休みの人も多いでしょう」
「そうですが、ちょっと急すぎません?」
「あんまり遅いと、ハロウィーンと重なってしまうでしょ?」
「確かに……。収穫祭とハロウィーンと一緒にするわけには行きませんよね。わかりました。その日にしましょう。それと告知はどうされますか?」
「駐在さんに断って、張り紙で告知をしておくよ」
「わかりました」
清江さんを見送ったあと、私たちは再び店の手伝いを始めた。しかし、世の中には地獄耳が存在していて、さっそく噂に駆けつけた人がいた。
店のドアを開けてテンションマックスで入ってきたのは、言うまでもなく田川さんだった。
「よ、さっそく話を聞かせてもらったよ。収穫祭をやるんだって?」
「ひろゆきちゃん、情報早いわね。あんた、収穫祭の内容を知っているの?」
ひかるさんは、呆れた表情で聞き出した。
「俺だってバカじゃないんだから、それくらい知っているよ」
「どういう祭りなのか言ってごらんなさい」
「普通に取れたものを売ったりするんだろ?」
「これは一般的なこと。でも、清江さんはみんなに分けるみたいよ」
「太っ腹だね」
「それ、私じゃなくて清江さんに言ってね。それで何を食べるの?」
「じゃあ……」
「ひろゆきちゃんはトンカツ定食だね」
ひかるさんが言った直後、「ちょっと待った」をかけた。
「どうしたの? それともオムライスにする?」
「いえ、トンカツ定食にします」
田川さんがトンカツ定食を食べている時だった。ひかるさんは「当日、男手が必要になると思うの」と言って、田川さんに目を向けた。
「俺は、当日乗務があるから無理だと思うな」
「他に運転手さんいないの?」
「いることはいるけど……」
「じゃあ、他の人に頼んだら?」
ひかるさんに、半ば強引に頼まれて、田川さんは渋々と引き受けてしまった。
「ねえ、クラスの男子も呼んでいい?」
今度は笛花が便乗してきた。
「心当たりあるの?」
「田代たち」
「予定確認しなくて平気なの?」
ひかるさんは、少し不安そうな顔で聞き出した。
「大丈夫だよ。田代たちなら、無条件で引き受けてくれるから」
ひかるさんの不安などお構いなしに、笛花は電話で田代たちに収穫祭に来させようとした。
「もしもし、今度の土曜日の午後ひま?」
「なんで?」
「清江さんの畑で収穫祭あるから来てくれる? 男手が必要なんだよ」
「はあ? 俺、その日忙しいんだよ」
「何が忙しいの?」
「いろいろと……」
「何が『いろいろ』なの? どうせゲームで忙しいんでしょ?」
「そんなんじゃねえよ」
「まあ、いいわ。どうしても来たくないのなら、私にも考えがあるから。このあと醍醐と山口にも話しておくよ。それじゃあね」
電話を切ったあと、笛花は醍醐と山口に電話を入れて収穫祭に誘いこんだ。しかし、結果としては断られてしまったので、笛花は「断ったらすごいことをするから覚悟してちょうだい」と電話を切ってしまった。
迎えた土曜日のことだった。その日は午前中だけ授業があったので、笛花とゆかりは以前、田代たちが自分の店で着けた子供用の前掛け姿の写真をクラスの女子たちにLINEで配信していた。実は全部消したと見せかけておいて、笛花とゆかりは何枚か隠し持っていたのであった。それを見た女子たちは「何これ、マジ受ける」とか「これ、SNSに載せようか」とささやきあっていた。
その一方、何も知らない田代たちは女子たちがなんで笑っているのかも知らずに、スマホに夢中になっていた。
「ねえ田代、今日本当に来られないの?」
「何回も言わせるなよ。今日は忙しいから無理なんだよ」
「じゃあ、由紀子に言おうかな。清江さんの孫だし。由紀子に話すと、村中に噂が広がっちゃうよ。どうする? あと、この間の写真、うっかり消去するのを忘れて私のスマホに残っていたんだよ。それをSNSに載せようと思っているんだよ。何かの拍子に載せちゃうかもしれないよ」
「テメー、まだ懲りてねえのかよ。また駐在さんに言うぞ!」
「いいわよ。どうぞご自由に。ちなみに駐在さんは私たちの味方だから」
「チクショウ、参加してやるよ。その代わり、あの写真さっさと消せよ」
笛花の恐喝に負けて、渋々と参加することになった。
「田代くん、もしバックレをやったら、おばあちゃんに言いつけるからね」
大村由紀子に言われて、とうとう女子たちの捕虜となってしまった。
その日の午後、車に乗ってみんなで清江さんの畑へと向かった。着いてみると、田代たちの姿が見えなかった。もしかしてバックレ? 笛花の頭の中に不安がよぎってしまった。笛花はスマホを取り出して田代につなげようとした時だった。白いミニバンがやってきて、中から田代たち3人と杖を持ったおじいさんが2人が降りてきた。運転席から田川さんが降りてきた。
「よ、連れてきたよ」
「ひろゆきちゃん、ご苦労様」
笛花が少しえらそうに田川さんに言ってきた。
「笛花ちゃん、仮にも年上なんだし、少し言い方には気を付けてくれよ」
「じゃあ、おじさんって呼んでもいい?」
「ちょっと待って。俺はそこまで老けていないから」
「じゃあ、ひろゆきちゃんって呼ぶから」
「好きにしろ」
「好きにするね。今日はこの3人をこき使っていいから」
「了解!」
田川さんが、私の前で敬礼した直後だった。ハーゲンクロイツの腕章を着けたゆかりが「あなたたち、途中でバックレでもしたら、秘密をばらすからそのつもりでいるように」と脅しをかけてきた。
「早乙女、ナチスの腕章を着けてなんのマネだ」
「なんのマネって、今日の私はゲッシュタポ(ドイツの秘密国家警察)だよ」
「ゲッシュタポってなんだ?」
「ああ、授業中居眠りをしている人にはわからないか。難しいことを言ってごめんね。一学期の通知表に<二学期は居眠りをしないように気を付けましょう>って書かれていたよね。でもさ、先週の木曜日の数学の時間も居眠りをしていたし。この分だと、間違いなく二学期の通知表に同じことを書かれるわよ。それと、ゲッシュタポはドイツの秘密国家警察のこと。世界史で習ったでしょ?」
「おい山口、ゲッシュタポって習ったっけ?」
「さあ」
「山口は授業中、スマホに夢中になっていたから、知らないよね。先生に没収されて、放課後反省文と引き換えに、取りに行ったんでしょ?」
「早乙女、テメー!」
山口の怒りは完全にむき出しになっていた。
「おい、山口よせ。うちら、道志と早乙女に弱みを握られているんだ。下手に抵抗すると、こっちが不利になる」
田代に止められても、山口の怒りは収まらなかった。
「では、始めるわよ」
ひかるさんの一声で収穫祭が始まった。しかし、体力のない年よりたちは、用意されたテーブル席でお茶を飲みながら、野菜の収穫の光景を見ていた。
その一方、子供たちはサツマイモの畑で、芋を掘って楽しんでいた。
「よいっしょ!」
子供たちは、そう言いながらサツマイモを次々と掘っていった。
「お母さん、お芋が出てきたよ」
「すごい!」
「これで、焼き芋食べたい!」
「そうだね」
「お、すごい! たくさん取れたね」
横にいた清江さんもにこやかな顔をして言ってきた。
「焼き芋もいいけど、スイートポテトも美味しいよ。あとで作ってあげるね」
そう言った直後だった。清江さんの目線が田川さんや田代たちに向けられた。
「今、寒気がしなかったか?」
田川さんは少し身震いしながら、田代たちに言ってきた。
「田川さん、寒いのですか?」
「ちょっとだけ。なんて言うか、悪寒がするっていうか……」
「大丈夫ですか?」
田代が心配そうに言うと、田川さんは短く「たいしたことないから」と短く返事をした。
「おや、せいが出ていますね。ところで、男性諸君には少し手を貸してもらおうかな」
「何をやるのですか?」
田川さんは少し身構えた感じで清江さんに聞き返した。
「お菓子作りだよ」
「俺さ、料理苦手だから……」
「大丈夫だよ。そんなに難しくはないから。ちょっと力仕事を頼むだけだから」
「力仕事?」
清江さんの”力仕事”と言う言葉に田川さんは、疑問に感じてしまった。
「そうだよ。力仕事だよ。それなら出来るでしょ?」
「そうですね。わかりました……」
田川さんは今一つ納得していなかった。
「清江さん、一つ気になりましたが、バーベキューはどうされるのですか? 一応火を扱うので、大人が必要だと思います」
「バーベキューは少年3人と駐在さんに任せて、田川さんは私と一緒にエプロンを着けて台所へ来てくれる?」
「はい、わかりました」
田川さんは、清江さんと一緒に台所へ行ってスイートポテトを作る羽目となってしまった。
そのころ、田代たちは星音さんと一緒にコンロを用意して、バーベキューの準備にかかった。
食材の準備は私と笛花、ゆかりでやっていたので、田代たちは用意された食材を焼くだけとなっていた。
「なあ、俺たちさっきから動きっぱなしだよな」
肉を焼きながら醍醐はみんなに不満をぶつけていた。
「働かざる者食うべからず」
横にいた笛花が口をはさんできた。
「お前だって、俺が肉や野菜を焼いているとき、スマホに夢中になっていたじゃねえかよ」
「私は、その前に下ごしらえをしたわよ」
「……」
「どうしたの? 悔しかったら、言い返しなさいよ」
そのあとは、田代たちは何も言い返せず、無言のままでいた。
焼きあがったお肉や野菜などは、お年寄りや小さい子供たちに先に配られて、私たちは後回しになった。
「駐在さん、今日ピエロのお姉ちゃん、来なかったの?」
姫夏ちゃんが星音さんの所に不安そうな顔でやってきたので、私の良心が痛んでしまった。
「姫夏ちゃん、ごめんね。今日ピエロのお姉ちゃん、忙しくて来られなくなったの。ピエロさん、姫夏ちゃんに会えなくなって残念がっていたよ。でも、ハロウィーンの時には会えるかもしれないよ」
「本当に!?」
「うん。私がピエロのお姉ちゃんにお願いをしてあげるから」
「約束だよ」
「うん!」
星音さんと指切りをしたあと、姫夏ちゃんは親の元へ戻ってしまった。
「星音さん、あんな約束をして大丈夫なの?」
「うん、大丈夫だよ」
私の不安をよそに星音さんはマイペースに話を進めていた。バーベキューも終盤に差しかかった時、焼き芋用に残しておいたサツマイモを焼き始めた。焼き芋は子供たちだけに配られた。さらに、清江さんと田川さんが作りたてのスイートポテトを使い捨てのタッパーに6個ずつ詰めて、みんなに配り始めた。最後に取れたての野菜を配っていた時だった。
「私、トマト嫌い」とどこかで女の子の声が聞こえた。
「好き嫌いを言っている悪い子は誰かな。そういう子にはスイートポテトを返してもらおうよ」と清江さんが、意地悪そうに言ってきた。好き嫌いを言った女の子は姫夏ちゃんだった。姫夏ちゃんは母さんの背中に隠れて、「スイートポテト、持って行かないで」と震えながら言ってきた。
「姫夏ちゃん、野菜の好き嫌いを言っていると、ピエロさん、来てくれなくなるよ」
星音さんがにこやかに言うと、姫夏ちゃんは「好き嫌いをなくすから、ピエロさんに会わせて」と泣きそうな声で言ってきた。
「じゃあ、清江おばあちゃんに『ごめんなさい』を言おうか」
「好き嫌いを言ってごめんなさい」
「ちゃんと食べないと、大きくなれないよ」
清江さんの一言で姫夏ちゃんは少し元気をなくしてしまった。
「ところで、今日俺たち頑張ったんだけど、何かご褒美はないのか?」
「捕虜には何も出ないわよ」
ハーゲンクロイツの腕章着けたゆかりが冷たく言ってきた。
「じゃあ、俺たちは強制労働にかり出されたってことじゃねえかよ!」
田代は不満たっぷりに、ゆかりに文句をぶつけた。
「それと、気になっていたけど、このハーゲンクロイツの腕章はなんだよ!」
今度は醍醐が文句をぶつけてきた。
「今日の私、ゲッシュタポだから。強制収容所に連れていかれないだけ、マシだと思ってちょうだい」
「その”強制収容所”ってどこにあるのか、言ってみろよ!」
醍醐は怒りむき出しになって言ってきた。
「君たち、この辺にしてくれないかね。人の敷地内でケンカは辞めてもらいたいよ」
清江さんが止めに入ってきた。
「すみません……」
「ゆかりちゃん、もう戦争が終わったんだから、この腕章はしまったほうがいいよ」
「わかりました……」
「やーい、怒られてやんの!」
山口がはやし立てた直後だった。ゆかりの怒りは頂点に来て、山口の顔に鉄拳を入れた。「駐在さん、早乙女のヤツが俺の顔を殴った」
「ここは小学校か」と星音さんは呆れた表情で呟いた。
みんなは清江さんからのお土産(収穫した野菜と作ったスイートポテト)を持って、それぞれ家に帰っていった。
「疲れたー」
部屋着姿になった星音さんはソファーにドカっと座り込んで、テレビのスイッチを入れて適当にチャンネルを回していた時だった。
「雫ちゃん、のどが渇いた。何か持ってきて」
「私はウェイトレスじゃないよ。自分で持ってきてちょうだい」
「それが居候の言うセリフか」
「じゃ、ビールでもいいんだね」
「それ以外で」
私は冷蔵庫からサイダーとコップ2つ用意してテレビを見ながら飲むことにした。
「雫ちゃん、悪い。台所から袋詰めのチョコを持ってきて」
返事をする気力をなくした私は、無言の状態で台所へ言って、袋詰めのチョコをテーブルの上にドサっと置いた。
「もしかして、怒っている?」
「疲れただけ」
「それって、世間では『機嫌が悪い』と言うんだよね」
「大人げない所を見せて、ごめんなさい」
「気にしないで。それより今日の夕食、何にする?」
星音さんは少し疲れ切った顔で、私に言ってきた。
「疲れたから、作るのパスしていい?」
「そう言うと思った。ひかるさんに何か作ってもらう?」
「ひかるさんも疲れているはずよ」
「大丈夫だよ」
私の心配など、お構いなしに星音さんはマイペースに話を進めていた。さらにスマホを用意するなり、私に「何が食べたい?」と聞き出す始末。
「ここには軽食屋さんのメニューないですけど」
私が少し不機嫌な感じで言ったら、星音さんはマイペースで「雫ちゃんが覚えているんじゃない?」と言ってきた。
「そもそも宅配やってくれるの?」
「大丈夫でしょ。じゃあ、電話するわよ」
星音さんはスマホを取り出すなり、ひかるさんの店に電話をした。しかし、何回も呼んでも出なかったので、今度は家の固定電話をつなげて、ナポリタンのスパゲティを二つ注文して電話を切ってしまった。「ひかるさん、本当に申し訳ございません」と心の中で謝罪し、スパゲティが来るのを待っていた。
ひかるさんが玄関に来た直後、私は「疲れているとき、本当に申し訳ございません」と一言謝ったら、「気にしないで」と返事が来た。
「食器は明日洗って、お店に届けますので」
星音さんはそう言ってドアを閉めた。この人には罪悪感があるのでしょうか。私の頭の中に疑問が湧いてきてしまった。
食べ終えて食器を洗ったあと、玄関に置いて寝ることにした。一日がこんなに長く感じたのは久々に思えた。
(2)田舎のハロウィーン
収穫祭から一週間。私の村でもハロウィーンがやってきた。村全体での企画となっているので、大盛り上がり。ある親は学芸会の衣装と勘違いしているのか、子供に地味な衣装を作り出す始末。また、別の家では子供がアニメキャラクターがいいと、駄々をこねて両親を困らせる結果となってしまった。
そのころ姫夏ちゃんの家では、ひかるさんに作ってもらった私と同じピエロの衣装を着て、家の中を走り回っていた。
「姫夏、少し落ち着きなさい」
母さんの注意もお構いなしに、姫夏ちゃんは言うことを聞かずに興奮して走り回っていた。
「姫夏、ちゃんといい子にしていないと、ピエロさん来ないわよ」
母さんの厳しい一言を聞いた姫夏ちゃんは、電車が急停車したように止まって、おとなしくなってしまった。
「じっとしていないと来ないよね」
「そうだよ。だから、家の中を走り回っている悪い子の家にはピエロさんは来ないんだよ」
「わかった、じっとする」
姫夏ちゃんは、自分の部屋で絵本をとりだして読み始めた。小学生になったと言えども、まだ漢字の読み書きが満足にできない年齢なので、絵本を読むことになった。当日まで何日かあるのに、姫夏ちゃんの頭の中はすっかり当日となっていた。絵本を読み終えて、玄関を出てみると、偶然にも星音さんに会ってしまった。
「姫夏ちゃん、こんにちは。もしかして今からハロウィーンの格好しているの?」
「うん。会えるの楽しみ!」
「でもね、今日はハロウィーンじゃないから、ピエロさん来ないんだよ」
「なんか残念……」
「ごめんね。ちゃんと会えるようにお願いをしてあげるから」
「本当に!?」
「うん!」
「駐在さん、ありがとう」
「姫夏ちゃん、この服今から着ると汚れるし、ハロウィーンまで着ないでしまっていようか。ピエロさんなら『そうしてほしい』と言うはずだよ。じゃあ、私はお仕事に行くからね」
「駐在さん、またねー」
手を振って見送ったあと、姫夏ちゃんは自分の部屋に戻って、普段着に着替え始めた。「そうだ、また手紙を出そうかな」と言って、引き出しからハートの絵柄のついたピンクの便箋を一枚取り出した。
「なんて、書こうかな……」
姫夏ちゃんは鉛筆をくわえなら、ボウっと時間を過ごしていった。窓から入ってくる秋のそよ風が心地よく感じて、そのまま寝てしまい、その日は書かずじまいとなってしまった。
買い物から戻ってきた母さんが、姫夏ちゃんの部屋に入るなり、開いている窓を閉めて、寝ている姫夏ちゃんをベッドに移した。目を覚ました姫夏ちゃんは自分がなんでベッドで寝ていたかも知らないまま、ゆっくりと起き上がって廊下を歩いてみると、台所に母さんがいることに気が付いて、眠そうな顔をのぞかせた。
「起きたんだね」
「母さん、帰ってきたの?」
「そうだよ。今、ご飯を作っているところなの」
「何を作っているの?」
「姫夏ちゃんの大好きなハンバーグだよ」
「本当に!?」
「だから、もう少し待っていてくれる?」
「私も何か手伝う!」
「お願いをしたいところだけど、お母さん1人で大丈夫そうだから。それより何か書いていたんでしょ?」
「あ、そうだった。手紙を書こうとしていたの」
姫夏ちゃんは自分の部屋に戻って、手紙を書き始めた。
<ピエロさん、今忙しいですか? もうじきハロウィーンなので、会いたいです(実際は全部ひらがなとカタカナだけ)>と短く書いた手紙を封筒に入れたあと、机の上に置いて、ご飯を食べ始めた。
「そういえば、もうじきハロウィーンだけど、着ていく衣装あるの?」
「私、軽食屋さんに作ってもらったピエロの衣装を着ていく! あとねあとね、私ハロウィーンの時にピエロさんと握手をしたり、一緒に写真にも写りたいの」
顔にご飯粒を着けながら、姫夏ちゃんはテンションを高めて返事をした。
「そうなんだね。それより顔にご飯粒がついているわよ」
「あ、いけない」
食事を終えて、風呂に入って寝ることにした。
翌朝、姫夏ちゃんはいつもより早めに家を出て、駐在所に立ち寄って、星音さんに手紙を渡した。
「姫夏ちゃん、このお手紙は?」
「ピエロさんに渡してあげてほしいの。ダメかな……」
「いいわよ。きっとピエロさん喜ぶと思うよ」
「ありがとう」
「姫夏ちゃん、早く行かないと学校に遅刻しちゃうよ」
「うん、わかった。駐在さん、行ってきまーす!」
姫夏ちゃんは星音さんに大きく手を振って、学校へ走っていった。
そのころ、私は店で常連客を相手に仕事をしていた。
「ありがとうございました」
お客さんを見送って、テーブルを拭ていた時だった。
「そういえば、もうじきハロウィーンだけど、雫ちゃんもなにかやるの?」
「私は、ピエロの姿になって子供たちの引率をしようかと思っているの」
「あの、ホラーの姿で?」
笛花は少しドン引きした表情で私に聞いてきた。
「だって、姫夏ちゃん、この姿を楽しみにしているんだよ」
「わかるけどさ……。他の子供たち、怖がらない?」
「確かに……。姫夏ちゃんがフォローしてくれると思うよ」
「子供をあてにしてどうするの」
笛花の突っ込みに何も言えなくなってしまった。
「姫夏ちゃんだけ私と一緒って、どう?」
「それも不自然だと思うよ」
私の提案に今度はひかるさんが却下してきた。
「じゃあ、私や駐在さんが子供たちをフォローするから、うまくやってみなよ」
「わかりました」
「当日は、雫ちゃんと駐在さんで子供たちの引率ってどう?」
「そうします」
「そういえば、笛花は当日、なんの衣装にするの?」
今度は笛花に話題を振ってきた。
「特に考えてないな」
「魔法少女ってどう?」
「あのピンクの衣装? ちょっと派手じゃない?」
「そんなことないわよ」
「そうかなあ」
笛花はどうやら気乗りしなかった。
「そういえば、ゆかりちゃんは何にする?」
今度は、ゆかりに聞き出した。ゆかりは少し困った顔をして考えてしまった。
「決まっていないのなら、笛花と同じ衣装にする?」
「私も魔法少女にするの?」
再び困った顔で返事をした、ゆかりに対して「可愛いと思うよ」とマイペースに返事をした。さらに、ひかるさんは「笛花がピンクだから、ゆかりちゃんは青がいいね」と話を進めてしまった。こうなってしまっては、ひかるさんに大人しく従わざるを得ない結果になってしまった。
「ところで魔法少女って、どんな衣装なの?」とゆかりが質問すれば、「どんな衣装がいい?」と聞き返したので、笛花とゆかりに厚みのかかった資料を見せた。
「いろんな衣装のデザインがあるんだね」
ゆかりが独り言のように呟いていた。ページをパラパラとめくっていくと、スカートがフワっとしたデザインの衣装があったので、そのデザインに決めて、付箋を貼って、ひかるさんに資料を返した。
「ねえ、こっちのほうが可愛いと思わない?」
ひかるさんが指を刺したのは、露出の多い派手な衣装だった。
「母さん、この衣装着る勇気ある?」
「私はもう、こんな年齢だから無理があるけど、あなたたちなら、まだいけるんじゃないの?」
「なら、これは却下ね。私たちだって、こんな露出の多い衣装着る勇気がないから。言っておくけど、自分の娘をさらし者にする親がどこにいるの?」
「おっしゃる通りです……」
笛花の厳しい言葉に、ひかるさんは何も言えなくなってしまった。
さらに、ゆかりから「自分が苦手なものを相手に押し付けないでね」と、とどめを刺すような言い方をされたので、ひかるさんは何も言えなくなってしまった。
衣装が決まって、客も少なかったので、ひかるさんは私たちを上野原にある布屋まで連れて行こうとした時だった。店のドアが開いたので、てっきり客かと思えば、自治会長の臼井茂さんがやってきた。
「これからお出かけですか?」
「いえ、そんなことはありません。何にされますか?」
「そうだな、オムライスにしようかな」
自治会長はカウンター席に座って、オムライスを注文した。
「今年のハロウィーンのスケジュールが決まったよ」
そう言って、ひかるさんに日程の書かれたA4サイズの紙を、クリアファイルから一枚取り出して渡した。
「午前中、<子供たちが各家庭からお菓子をもらう>って書いてありますが、訪問先の家は決まっているのですか?」
ひかるさんは、少し疑問に感じて、自治会長に聞き出した。
「ルートも訪問する家も決まっていますので、ご安心ください。それと、こちらが訪問する家のリストになります。参加するお子さんと引率者も決まっていますので」
「あの、私にもリストを見せて頂けますか?」
私は自治会長から受け取ったリストを眺めていた。すると、グループは3つで、子供たちは1グループ5人となっていた。さらに私と星音さんが担当するグループの名前を見ていたら、姫夏ちゃんの名前が入っていたので、思わずほっとしてしまった。
「実を言うと、前の日に駐在さんが私のところへやってきて、『沢田姫夏ちゃんを私と峠時雫のグループに入れてほしい』と頼んできたんだよ」
オムライスを食べながら、私に話してきた。
「あの、私がピエロであることは……」
「大丈夫、話していないよ」
「ありがとうございます。実を言うと今年の夏にやった肝試しのあと、姫夏ちゃんの前では正体を明かすことができなくなったから……。できることなら、夢を守ってあげたいと思っているのです……」
「なるほどね……。数日前、姫夏ちゃんが嬉しそうに私の前を通っていたのを見たんだよ。私が声をかけたら『これから駐在さんのことろに行って、ピエロさんあての手紙を渡すの』って言っていたのを覚えているんだよ」
「そうなんですね……。だったら、なおさら夢を壊さないように気を付けないといけないわね」
ひかるさんも気難しい表情で、相づちを打っていた。
「一つ気になりましたが、なんで手紙を駐在さんに渡そうとしたのかしら?」
今度はゆかりが疑問に感じて、口に出してしまった。
「たぶん、雫ちゃんが駐在さんと一緒にいることが多いから?」
笛花も横から口をはさんできた。
「だとしたら、姫夏ちゃんはピエロの正体が雫ちゃんって知っているはずだと思うよ」
「それなら、私に『ピエロの姿になってちょうだい』と言うはずじゃん」
ゆかりの考えに私は思わず、反論してしまった。
「とにかく、正体が知られてないなら、それでいいんじゃない?」
めんどくさくなったのか、ひかるさんは無理やり話をまとめて終わらせた。
「まだ、すっきりしてないけど、正体が知られてないなら駐在さんじゃなくて、親とか郵便屋さんに渡すはずでは?」
納得してないゆかりは、話を掘り起こしてしまった。
「この話は終わりにしようか。どうしても納得できないなら、姫夏ちゃんに直接聞いてもいいんじゃない? 私はそろそろ行くよ」
「ちょっとまって、午後のスケジュールは?」
「あ、すまない。午後はこうなっているよ」
クリアファイルからもう一枚紙を取り出して、私たちに渡した。内容としては、会場で仮装して歓談や撮影を楽しむことになっていた。小さい子供に限ってお菓子がもらえたり、仮装コンテストも行なわれる感じになっていた。渋谷のハロウィーンの教訓を生かし、酒類の提供はやらなことになっていた。
自治会長は会計を済ませて店を出たあと、それと入れ替わるかのように、今度は姫夏ちゃん親子が店に入ってきた。
「こんにちは。今日は何を食べる?」
私がにこやかに聞いたら、姫夏ちゃんは「エビフライ!」と元気よく答えてくれた。
「私はカツカレーにしようかな」
「少々お待ちください」
料理を待っている間、ゆかりは気になって仕方なかったのか、思わず姫夏ちゃんに質問をしてしまった。
「こんにちは。ハロウィーン楽しみ?」
「うん、楽しみだよ。だって、もうじきピエロさんに会えるから、ママの言うことを聞いていい子にしているんだよ」
「普段から、そうしてくれると助かるんだけど……」
「お母さん、今はちょっと……」
「あ、失礼」
「姫夏ちゃん、ピエロさんへのお手紙なんだけどさ、なんで駐在さんに渡しているの?」
「……」
姫夏ちゃんは思わず考えてしまった。
「ごめんね。いやだったら、無理して言わなくていいんだよ」
「あのね、ピエロさんが駐在さんと仲良くしているところを見たら……」
「それで、駐在さんにお手紙を渡すようになったんだね。ありがとう」
納得したゆかりは、2人が食事をしている光景を眺めていた。食べ終えたころを見計らって、ひかるさんは冷蔵庫からオレンジジュースと人参のケーキを取り出して、姫夏ちゃんに差し出した。
「よかったら食べてちょうだい」
「ありがとう」
2人が店を出て、少し落ち着いた時だった。時計を見たひかるさんは「今日は買い物無理そうだから、明日臨時休業にして、みんなで出かけようか」と言って、早めの店じまいをしようとした時、今度は田川さんが入ってきた。
「あれ、もう店じまい? まだ30分くらいあるよ」
「ひろゆきちゃん、こんな時間に来るなんて珍しいじゃん」
「今日は忙しかったんだよ」
「回送で?」
「違うよ、午後担当する運転手が休んだから、この俺様がピンチヒッターになって……」
「回送で走り回ったんでしょ?」
「最後まで言わせろよ。ピンチヒッターになって乗務したんだよ」
「それは、ご苦労様。……で、何にする?」
「トンカツ定食」
ひかるさんに突っ込まれたあと、田川さんはトンカツ定食を注文した。
「ひろゆきちゃんは、ハロウィーンに参加するの?」
ひかるさんは、顔をにんまりとして聞き出した。
「その日は運休にして参加する予定」
「っていうことは、ひろゆきちゃんも参加するで、いいんだね」
「まあね」
「なんの仮装するの?」
「それは、当日までの秘密だよ」
「もしかして、女子高生のコスプレでもやるの?」
「するか!」
「それとも、彼女たちが着ているメイド服でも着てみる?」
「遠慮するよ。っていうか、俺になんのキャラを求めているんだよ!」
「べーつに」
2人の会話のやり取りを見て、私たちは思わず笑ってしまった。田川さんが店を出て数時間後、店を閉じて家に帰ろうとした時だった。「ちょっと待って」と、ひかるさんに呼び止められてしまった。
「どうしたのです?」
「明日の午後、時間取れる?」
「どうしてですか?」
「明日の午後、みんなでドライブをかねて上野原まで生地を買いに行こうと思っているの。どう?」
「いいけど、お店は?」
「午後から臨時休業にするから」
「そういうことなら、喜んで」
「じゃあ、決まりだね」
「ちなみに、笛花さんとゆかりさんは?」
「あの2人なら大丈夫だって」
「そうなんですね」
「じゃ、そういうことだから。あと、明日は朝迎えに行って、帰りには家まで送るから」
「悪いですよ」
「いいの。普段、お店で頑張ってくれているから。じゃあ、明日よろしくね」
ひかるさんの一方的な話で終わって、家に帰ってしまった。
翌日の朝、駐在所の前に軽のミニバンがやってきて、運転席からひかるさんがやってきた。ドアチャイムを鳴らすなり、ドアを開けた星音さんに「おはようございます」と元気よく挨拶をした。
「駐在さん、おはようございます。雫ちゃんは?」
「ちょっと待って」
そう言ったあと、星音さんは私の部屋に入るなり、身支度をしている私をせかした。
「ひかるさん、おはようございます。少し早くないですか?」
「そう? ま、いいわ。じゃあ、車に乗ってちょうだい」
「お願いします」
私が助手席に座ったあと、車はゆっくりと走り出した。
午後になって、店を臨時休業にしたあと、笛花とゆかりが学校から戻ってくるのを待っていた。
「遅いわね。これじゃあ、今日も行けなくなるじゃない」
ブツブツと独り言を言いながらスマホを取り出して、電話をしようとした時だった。制服姿の2人が店に入ってきたので、ひかるさんは椅子から立ち上がって、車を出し始めた。
「母さん、私まだ制服のままだよ」
「いいから早く乗りなさい。時間がないんだよ」
ひかるさんはイライラしながら2人を後ろの座席に乗せたあと、国道411号線で上野原まで走り続けた。
「なんで今日遅くなったの? 午前中で終わるはずだったよね?」
ひかるさんは、イライラしながら笛花に問い詰めた。
「……」
「どうしたの? ちゃんと言いなさいよ」
「掃除当番があって、そのあと先生に呼ばれたから……」
「なんで、先生に呼ばれたの?」
「授業中に居眠りをして……」
「呆れた。夜更かしをしているからでしょ? 今日から早く寝なさい」
車が上野原に入ったころには、ひかるさんのイライラもいく分収まっていた。
布屋に着いて車を駐車場に入れた後、店の中に入った。中は広々としていて、思わず迷子になりそうな広さになっていた。私たちが厚手の布の売り場に行こうとした時だった。5歳の女の子が泣きながら私たちのところへやってきた。
「こんにちは、どうしたの? もしかして迷子?」
私が腰を低くして、声をかけたら女の子は黙って首を縦に振った。
「お名前言える?」
私の質問に女の子は「つぐみ」と返事をした。
「何つぐみって言うの?」
「醍醐つぐみ」
その時だった。「つぐみちゃん、中学生のお兄ちゃんいる?」と笛花が声をかけてきた。
「いるよ」
「そのお兄ちゃんの名前って、啓介?」
「そうだよ」
「そうなんだね。今日は誰と一緒なの?」
「お兄ちゃんとお母さん」
「一緒に探そうか」
笛花の頭の中では「一つ”貸し”を作ることができた」と思っていた。
「つぐみ、探したわよ」
「お前、急にいなくなるなよ。マジでびびったよ」
「醍醐、あんたもハロウィーンに参加するの?」
「そうだけど、何か文句あるのかよ」
「べーつに。それより、あんたの妹さん、こっちが保護したんだから何か言うことあるんじゃない?」
「なんだよ。その恩着せがましい言い方は」
「あ、そ。そういう言い方をするなら、こっちにも考えがあるわよ」
「そんな脅しには乗らねえぞ」
「いいのかな。私にそんな言い方をして。こっちには”これ”があるんだよ」
笛花はスマホを取り出して、軽食屋での恥ずかしい写真を醍醐に見せた。
「なら、あとで駐在さんに話しておくよ」
「どうぞ、ご自由に。それより、妹が迷子になるんだったら、紐でつなげるとか、迷子札をつけさせるとか、何か対策でもした方がいいわよ」
「うるせー、大きなお世話だ!」
「笛花ちゃん、つぐみを見つけてくれてありとう。啓介、あんたもお礼を言いなさい」
醍醐のお母さんにお礼を言われたあと、私たちも衣装づくりの布や小物探しに専念した。ここの布屋さんは、生地や裁縫道具だけでなく、ちょっとした被り物や手袋などもそろえていた。
「お母さん、カラコンも買って」
「カラコン買うのはいいけど、大丈夫?」
「実は結構着けているし、眼科で指導を受けたから大丈夫だよ」
「じゃあ、ハロウィーンが終わったら、着けたカラコンは捨てると約束してくれる?」
「うん、約束する。それより、ゆかりもカラコンやるでしょ?」
「うん……」
「ゆかりちゃんも眼科の指導受けたの?」
「少し前に……」
ゆかりが遠慮がちに返事したあと、ひかるさんはピンクと水色のカラコンを二つ買うことにした。
「一つ気になったけど、ブーツはどうするの?」
「ブーツカバーでいいんじゃない?」
笛花の質問に、ひかるさんは淡々として答えていた。すべて買いそろえて、店を出た頃には、太陽が少し傾き始めていた。帰りの車の中では疲れ切ったのか、笛花とゆかりは後部座席で眠ってしまった。ひかるさんは、音量を控えめにして、ジャズの音楽を流し始めた。
村に着いた頃には完全に真っ暗になっていて、時計を見たら7時を過ぎていた。最初にゆかりの家に行って、そのあと私の家で降ろしてくれた。
「今日はお世話になりました」
「こちらこそ。駐在さんには、よろしく伝えてください」
ひかるさんと笛花が乗った車を見送ったあと、私は中に入った。
「ただいまあ」
「おかえり。今日は遅かったじゃない」
「ひかるさんと一緒に上野原まで布を買いに行ってきたの」
「そうなんだね。ご飯、先に食べたから、何か適当に食べてよ」
しかし、満足な食材がなかったので、炊飯器に残っているご飯で、おにぎりを作って食べることにした。
翌日以降、ひかるさんは衣装づくりに専念するために店を臨時休業することにした。その間、私は清江さんの畑で種まきを手伝ったり、ハロウィーンの会場づくりの手伝いをしていた。
「そういえば、雫ちゃんはコンテストには参加するのかね?」
杉村さんが私に声をかけてきた。
「私は遠慮させていただきます」
「そうか……」
「その分、子供たちの引率に力を入れますので……」
その時だった。「雫ちゃんもよかったら、参加しなよ」と後ろから星音さんの声が聞こえた。
「星音さん!」
「そんなにビックリしなくてもいいじゃん。実は私の同僚が元ギャルだから、話をしたら、制服とルーズソックス、ウィッグを貸してくれるみたいなの。もちろん、メイクは私がするよ」
「でもサイズが……」
「似たようなもんでしょ。じゃあ、当日楽しみにしていてよ」
「だとよ。よかったな。雫ちゃん」
星音さんが自転車で走り去ったあと、自治会長の臼井さんがやってきて、私の肩をポンっと軽く叩いてきた。
「正直、乗り気ではありません」
「どうしてだい? せっかくのハロウィーンなんだから、楽しもうよ。衣装だって駐在さんが用意してくれるんでしょ?」
「ただ……、私の正体が子供たちに知られるか心配で……」
「正体と言うと?」
「ピエロの正体が……」
「そのことか。心配するな。雫ちゃん専用の更衣室を設けておくから、そこで着替えなよ」
「ありがとうございます」
「子供たちの夢を守るのもピエロの務めだもんな」
自治会長は缶コーヒーを飲みながら、独り言のように呟いた。
「さてと、私はもうひと頑張りをするよ」
そう言って会場の奥へと行ってしまったので、私も飾りつけの手伝いを続けることにした。
そして、迎えたハロウィーン当日。私は星音さんが運転してきた車からピエロ衣装一式を取り出して、自治会長に案内された部屋で着替えることにした。中を見渡すと広々としていて、ヨーロッパの街並みや地中海付近の絵画が飾られていた。さらに別の位置には西洋人形も飾られていたので、思わず見とれてしまった。
「雫ちゃん、子供たちが見えたから早くしてね」と星音さんに言われたので、慌てて着替えて子供たちの前に現れた。
「みんな、今日は私とこのピエロさんが、みんなと一緒にお菓子をもらいに行くから、ちゃんと言うことを聞くんだよ」
星音さんの一言で子供たちは「はーい」と元気よく返事をしてくれた。「言っておくけど、私の言うことを聞かなかったり、ピエロさんに意地悪をしたら、逮捕しちゃうからね」と言って手錠を見せた瞬間、子供たちはビクっと反応をしてしまった。なんていう大人げない人だと、私は心の中で呟いてしまった。
「あ、ピエロさんだ!」
私の目の前に現れたのは、姫夏ちゃんだった。「姫夏ちゃん、今日はよろしくね」と私が握手を求めたら、両手で私に握手をしてきた。出発の時間になって、姫夏ちゃんは「ねえ、手をつないでもいい?」と私に言ってきたので、手をつないで歩くことにした。話題がないのか、それとも緊張しているのか姫夏ちゃんは終始無言のまま私と手をつないで歩いていた。
「最初の家に着いたわよ。みんなで『トリックオアトリート』と言いましょうね」
星音さんが一言言ったあと、子供たちは元気よく「はーい」と返事をした。玄関のドアチャイムを鳴らしたあと、出てきたのは70歳くらいのおばあさんだった。
「あら、駐在さん、ご苦労様です。今日はなんのご用件で?」
「こんにちは。ハロウィーンでやってきました。ほら、みんな『トリックオアトリート』は?」
星音さんの一言で子供たちは「トリックオアトリート」と元気よく言ったので。おばあさんは、きれいにラッピングされているお菓子の袋を子供たちに配り始めた。
「みんな、おばあさんに『ありがとう』は?」
私に促されて、子供たちは「ありがとうございます」と元気よくお礼を言った。その後も、いろんな家を回って飴玉やチョコレート、パウンドケーキなど、子供たちが持っているかぼちゃの器にはお菓子がたくさん。最後に回った家はなんと、清江さんの家だった。ドアチャイムを鳴らしたとたん、清江さんの迫力に子供たちは少しビビッてしまった。
「みんな、トリックオアトリートは?」
星音さんがそう言うと子供たちは少し震えた声で「トリックオアトリート」と言ったので、奥から虹色の包み紙に入っているチョコレートを配り始めた。
「ハロウィーンなんだから、持っていきな」
「ありがとうございます」
清江さんの家を出て、子供たちから出た声は「あのおばあさん、怖かった……」と言う感想だった。
「確かにそうだよね。でもね、本当はすごく優しいんだよ」
「じゃあ、なんで怖い顔をしていたの?」
子供たちの意見はもっともだった。
「あの、おばあちゃん、照れ屋なんだよ。なんていうか、あまのじゃくって言うか……。だから、許してあげてよ」
星音さんは苦しい言い訳を並べて子供たちに納得させた。さらに姫夏ちゃんは怖かったのか、私にしがみついて「ピエロさん、あのおばあちゃん、怖かったよ」と言い出す始末だったので、私は「大丈夫、もう怖くないよ」と安心させた。
会場に戻って、私は一度姫夏ちゃんと別れて、誰もいない部屋で衣装を脱いでお面を外したあと、星音さんが用意したセーラー服に着替えた。しかも、星音さんの同僚が現役の頃に着ていた本物の制服だったので、少し緊張してしまった。さらに、ルーズソックスを履くのも初めてだったので、少しぎこちなくなってしまった。着替え終えて、カラコンを着けたあと、星音さんがメイク道具を用意して私の顔を茶色にして、白いルージュに目の周りもパンダぽくして、大きめのつけまつげを着けて、最後に金髪のウィッグを被せて終わりとなった。
「これで完成。どう?」
星音さんは鏡を用意して、私に確認させた。
「なんだか、すごいメイク」
「私のころは、これが普通だったの。メイクに時間をかけて、制服のまま夜遊びをしたり、学校をサボってお出かけをしていたから、警察や補導員のお世話になっていたんだよ」
「これ、借りものなんですよね? ちょっと緊張します……」
「大丈夫よ。そんなに気を使わなくても。あとでクリーニングに出して、返しておけばいいから」
「一つ気になったけど、借りるなら星音さんか笛花さんの制服の方が気楽でよかったかもしれない……」
「ぜいたくを言わない。ぜいたくを言ったら逮捕するわよ」
「すみません……」
「冗談よ。私の制服なら、今度着させてあげるから」
「ちなみに、星音さん制服はセーラーとブレザー、どっちですか?」
「セーラー服だよ。それもスカーフで結ぶタイプ。着てみる?」
「いいのですか?」
「かなりテンション上がるわよ」
「あとで着させてもらっていい?」
「いいわよ。れいの屋根裏部屋にあるから。じゃあ、ピエロの衣装は一度しまおうか」
車のトランクルームにピエロ衣装一式を入れて、私と星音さんは会場へと向かった。会場はすでに多くの人でにぎわっていた。
「あれ、ピエロさんは?」
私の近くで、今にも泣きそうな姫夏ちゃんがピエロになった私の姿を探し回っていた。
「ねえ、駐在さん。ピエロさん知らない?」
「ピエロさんは、おうちに帰ったよ」
「えー! もっと一緒に遊びたかった」
「ごめんね。ピエロさん、『姫夏ちゃんと一緒にハロウィーンができて、楽しかった』と言っていたよ。『姫夏ちゃんがさみしがっているから、また会ってあげて』とお願いをしてあげる」
そう言うと姫夏ちゃんは少し笑顔になった。
「駐在さん、このチョコレートをピエロさんに渡してあげて」
「ありがとう。でもね、これは姫夏ちゃんが食べて。ピエロさんだったら、そう言うかもしれないよ」
「わかった……」
姫夏ちゃんと別れたあと、私と星音さんは笛花たちの所へ向かった。
「こんにちは。笛花ちゃんたち可愛いね。もしかして、この衣装って魔法少女なの?」
「駐在さん、こんにちは。実はそうなんです。ゆかりは私の水色バージョンなんですよ」
笛花は少しテンション上げながら、星音さんに自慢していた。
「駐在さん、今年のコンテストは私たちが優勝するからね」
今度はゆかりが自信満々に言ってきた。
「一つ気になりましたが、駐在さんの横にいる女の子は誰なんですか?」
不思議そうに私を眺めていた笛花は、星音さんに質問してきた。
「この子、雫ちゃんだよ」
星音さんが言い出した瞬間、「えー!?」という反応が会場に響いてしまった。それもそのはず、時代遅れのヤマンバ(ガングロ)メイクの姿だったので、誰も気が付かなかった。
「一つ気になりましたけど、この制服は?」
今度はゆかりが気になって、星音さんに質問してきた。
「この制服、私の同僚が高校生だったころに着ていたんだよ」
「思い出がたくさん詰まった、制服を簡単に借りてよかったのですか?」
「多分ね。彼女元ギャルだったの。だから、もっと派手なメイクをしていたみたいだったよ」
「そうなんですね……」
ゆかりは、今一つ納得していない顔をしていた。さらに空気の読めない3人組がやってきた。その3人組とはアニメの格好をした田代たちだった。
「よ、お前たちなんの話をしていたんだ?」
「別に」
田代の質問に笛花は少し冷たく返事をした。
「なんだよ、その態度は。感じが悪いな」
「普通に返事しただけよ」
「お前の『普通』ってなんなんだ?」
「普通は普通でしょ」
「ちょっと、ケンカするんだったら、家に帰ってちょうだい」
今まで黙っていた、星音さんが口をはさんできた。
「すみません……」
笛花も注意されて、おとなしくなってしまった。
「ごめんなさい……」
田代も一言ボソっと謝ってきた。
「他のお祭りなら多少目をつむってあげてもいいけど、今日はハロウィーン。小さい子供たちが主役なんだから、その辺ちゃんと考えてちょうだい。あなたたち、もう中学生なんでしょ?」
その一言で何も言えなくなった。
「お前たち、こんな場所まで来てケンカか? まったく情けねえな」
今度は田川さんまでが口をはさんで、2人にとどめを刺してしまった。しばらく重たい空気が流れてしまったので、田川さんは田代たちを連れて、星音さんは私や笛花たちを連れて、会場を回ることにした。
「そういえば、みんなは仮装コンテストにエントリーした?」
星音さんの質問に笛花とゆかりは「しました」と短く返事をして、私は「まだ」と返事をした。
「雫ちゃん、まだなの? 早くした方がいいよ」
「うん、わかった」
受付でエントリーを済ませたあと、番号札を受け取って、自由に会場を歩くことにした。会場のいたるところに近所の人たちが手作りのお菓子を配り歩いていたので、私たちも何かもらおうとした。
「駐在さん、ご苦労様です」
「杉村さん、こんにちは。このお菓子、ご自分で作られたのですか?」
「はい。近所の人たちに手伝ってもらいながらですけどね」
「色が黄色いところを見ると、これってかぼちゃのパウンドケーキ?」
「そうなんです。よかった召し上がってください」
私たちは、杉村さんから受け取ったパウンドケーキを食べながら、再び歩くことにした。
「あ、村長さん、こんにちは」
「駐在さん、それにみんなも。ハロウィーン楽しんでいるかね?」
「はい、楽しんでいます。村長さんは仮装されないのですか?」
「私は、もう年だし。君たちのような若い人の中に入ってしまうと、水を差すだけだから、遠慮しておくよ。その代わり、コンテストの優勝賞品は期待していてくれ」
「賞品は、なんですか?」
「それは秘密だよ。じゃあ、頑張って優勝してくれ」
村長さんは、それを言い残していなくなってしまった。そのあとはみんなで撮影を楽しむことにした。
「笛花ちゃんとゆかりちゃんの衣装、改めて見るとクオリティが高いよね」
「そんなのことないですよ」
笛花は少し照れながら答えた。
少し経って、会場のステージにはBGMが流れ始めて、若い女性の司会者がステージに立って進行を始めた。
「お待たせしました。いよいよ、ハロウィーン仮装コンテストが始まります。今年は誰が優勝するのか楽しみです。優勝者にはなんと、ウエハースとビスケット1年分が授与されます。さあ誰が優勝されるのでしょうか」
若い女性の司会者は実行委員から渡された、紙を広げて読み上げた。
「では、発表します。エントリーナンバー28番、魔法少女シスターズ!」
「ねえ、笛花ちゃんとゆかりちゃんじゃない?」
星音さんに言われ、2人はステージに上がった。
「おめでとうございます。今の感想を聞かせてください」
「とてもうれしいです」
笛花はマイクを向けられて少し緊張して答えていた。
「私も、まさか優勝するとは思わなかったので、驚いています」
ゆかりも少しぎこちない感じで答えていた。
「こちらが優勝賞品です」
司会者から受け取ったお菓子は大きめの段ボールに入っていたので、ひかるさんに頼んで運んでもらうことになった。
翌日、2人はコンテストでもらったお菓子を私と星音さん、ひかるさんの分も入れて、5人分にして食べることにした。「このお菓子、輸入食品になっているよ」と笛花がパッケージを見ながら不満をぶつけていた。
「どこの国?」
ひかるさんに聞かれた笛花は「ビスケットがボリビアで、ウエハースがアルゼンチンと書いてある」と言ってきた。
「中国や北朝鮮、ロシア、イスラエルじゃないだけマシだと思ってちょうだい」
ビスケットをくわえながら、ひかるさんがツッコミをいれてきた。
しかし、笛花としてはメイドインジャパンのお菓子がよかったので、今一つ納得しない顔になっていた。
「そろそろ、お店を開けるから、準備にかかってちょうだい」
「今日、お店やるの?」
「当たり前でしょ?」
「ハロウィーン明けの日曜日なんだから、休業にしない?」
「会社や学校じゃないんだから、文句を言わない。他の人は外で片付けをやっているんだから」
「そういえば、雫ちゃんとゆかりは?」
あたりをキョロキョロしながら、私やゆかりがいないことに気が付いて、ひかるさんに聞き出した。
「あの2人なら会場の撤去作業に行ったわよ」
「えー! 私もそっちに行きたかった」
「あなたに力作業ができるの? それに散らかしたゴミを回収するんだよ」
「こっちで手伝います……」
「もうじき、撤去作業を終えた人たちが来ると思うから、今日一日奴隷のように動いてもらうわよ」
「はーい」
笛花はすっかりやる気をなくしていた。その日は店を貸切にして、村外からやってきた人が入ってこない状態にしていた。ひかるさんが大皿に大量の料理を載せていた時だった。店のドアが開いたので、客だと思って、ひかるさんは「申し訳ございません、今日は貸切なんです」と断ってしまった。
「私だよ」
入った来たのは、たすき姿の清江さんだった。
「清江さん、すみません。まだ準備中なんです」
「だから、手伝いにきたんだよ。もうじき撤去作業から戻ってきた連中がここにやってくるんでしょ?」
清江さんは厨房に入って、ひかるさんの手伝いに入った。清江さんという鬼が加わり、笛花のテンションは余計に下がってしまった。笛花は料理が苦手だったため、料理運びやテーブル拭きなどをメインにやっていた。しかし、やることがなくなった瞬間、スマホいじりをやっていたため、それを見たひかるさんと清江さんは両方で怒鳴りつけてきた。
「笛花ちゃん、やることがないなら、こっちで何か手伝ってちょうだい!」
清江さんの雷に笛花はビクっと反応して、厨房に入ってしまった。
「スマホを出して」
「なんで?」
ひかるさんがスマホを催促してきたので、笛花は面白くない表情になってしまった。
「準備が終わるまで、母さんが預かっておきます」
「自分で持っているよ」
「どうせ、隠れてスマホをいじるんでしょ? みんなが来るまでの間、母さんが預かっておきます。早く出してちょうだい!」
ひかるさんの強い口調に、笛花は渋々とポケットからスマホを出して、ひかるさんに預けた。
「あなたもこれを機に、少し料理を覚えてもらうよ」
「私、料理苦手」
「だからでしょ? いつまでも料理が苦手のままでは困るの。じゃあ、最初はお肉を焼いてもらおうかな。それくらいなら簡単に出来るでしょ?」
ひかるさんに言われるままに笛花はフライパンで肉を焼き始めた。
「笛花ちゃん、肉を焦がしちゃだめだからね」
さらに清江さんに横やりを入れられて、笛花にとってはやりにくい環境になってしまった。
撤去作業を終えた人たちがやってきて、テーブルに着いたので、ひかるさんは約束通り笛花にスマホを返してあげた。
「みなさん、お疲れ様です。手元に飲み物はいきわりましたでしょうか。これから乾杯に入る前に、みなさんに一言注意させて頂きます。プロ野球のビールかけ、大リーグのシャンパンファイトではありませんので、くれぐれも乾杯のあとに手元の飲み物をかけないでください」と、ひかるさんが言った直後、店の中で笑い声が広がってしまった。
「では、乾杯に入ります。ハロウィーンお疲れさまでした。かんぱーい!」
ひかるさんの一言でみんなは飲んで食べて、大騒ぎをしていた。
「あれ、杉村さん、ビール飲まないのですか?」
自治会長は杉村さんがビールを飲んでいないことに気づき、疑問に感じてしまった。
「今日、車なんですよ。それに駐在さんもいるし……」
「そういうことなんですね」
「大人のみなさんの中で、今日車や自転車でお越しになった人、くれぐれもアルコールは飲まないでくださいね。飲んでしまった人は、申し訳ないけど、置いて行ってもらうか、運転代行をお願いしてください」
星音さんの一言で、大人たちは了解のサインをだした。
そのころ、私たちはスマホで写真を見せあって盛り上がっていた。
「そういえば、今日姫夏ちゃんは?」
疑問に感じた笛花は私に質問してきた。
「わからない。多分、日曜日だし、親とどこかへ行っているんじゃない?」
「そうなんだね」
飲んで食べて騒いだあとは、お開きとなってしまった。
みんなが帰ったあと、残った私たちは片付けに入った。
「みんな、疲れているのに申し訳ないね」
ひかるさんは、申し訳なさそうな顔をして、みんなに謝っていた。
「いえ、大丈夫です」
私が短く返事をしたあと、星音さんも「私も大丈夫ですので、気にしないでください」と返事をした。
片付けが終わって、余った料理を使い捨てタッパーに入れて手提げ袋に入れたあと、私たちはそのまま家に帰ることになった。
帰宅後、星音さんは駐在所に戻って書類の整理をして、私は特にやることがなかったので、居間で適当にテレビを見て時間を過ごしていった。夕食も、ひかるさんの店で出た料理の余りで済ませたあと、私は布団を敷いて眠ってしまった。
9話に続く




