闇の仇花が散る地獄への道標
薄暮から宵闇に染まる隠れ里に、各人が建物や道の灯篭に明かりが灯り始めた。
魔法使いたちやコビットたちの里人が、興奮の坩堝となって喧噪冷めやらぬ中――瑛斗一行がこっそりと抜け出した先は、アーデライードの常宿である。
その宿の扉を開けると、オルソンとマルティンが玄関内に待ち構えていた。
「オッス、お疲れ様ッス」
「どうぞこちらへ。オッス」
二階に上がって部屋に入れば、椅子に腰掛けたソフィアが待っていた。
その傍のベッドに横たわるのは、包帯に巻かれたダークエルフの女である。
「あっ、アデルさん! 戦果は……言わずもがな、ですね」
心配がちのソフィアが全員の無事な姿を見て、ホッと胸を撫でおろす。
「そのままでいいわ。彼女の状態はどうかしら?」
「はい……かなりの重傷ですが、命に別条はなさそうです」
それはソフィア、オルソンとマルティンが確保した、犯人と思しき射手だ。
犯人の身柄を拘束せんと、騎士たちが見張りをしていたのだ。
「ですが最悪、予断を許さない容態もあるので」
ソフィアに受けた弓矢によって屋根から転げ落ち、下半身に損傷を受けている。
右肩と胸の間の矢傷と、腰部と右大腿部に大怪我を負っているようだ。騎士であり医者ではないので分からないが、屋根からの高さから憶測するに骨折であろう。
「この女性だけど、痛みのせいか熱が引けないみたい……」
未だに意識を失ったようだが、身体に熱を帯びているようで呼吸が荒い。応急処置を施したソフィアだったが「私がやっちゃったからかな」と、またちょっぴり不安になる。
「大丈夫よ。『ヒーリング』を掛けておいたから」
「えっ……い、いつの間に?」
自然治療して回復を促す、精霊語魔法『ヒーリング』をした模様である。気まぐれなアーデライードが、説明や事前の相談もなく独断で進めていたらしい。
やがて呼吸が落ち着いてきたダークエルフは、気が付いたか、ゆっくりと目が開く。
「う……ここは……」
「さて、貴女の名前を教えなさいな」
「……カタリーナ」
自らの名をダークエルフは、呼吸が苦しくも観念した様子で呟いた。
彼女はやや長身で豊満な胸を持ち、猫のような目の形をした麗人である。
「カタリーナは、エルヴィーラ暗殺未遂の一味ね?」
「……そうだ」
そのカタリーナと名乗るダークエルフは、躊躇するも素直に自白した。
核心に迫ったドラッセルとソフィアは、言質とともに確信を得たのだ。
「貴女の職業と役割は?」
「狩人だ……鹿や猪を狩る生業とする者……」
彼女の故郷で最も狩りに秀でており、弓矢が得意な射手であるという。
「襲撃を……最初に遂行したのは、前衛の私と精霊使いの男……」
ダークエルフは夜目に利くとされており、暗殺として射手を選択された。
今回の暗殺計画の為、前衛二名、後衛四名に変更していたようだ。
「馭者を弓矢で始末したのは、精霊使いの男?」
「そうだ……私は、エルヴィーラ暗殺に失敗を犯した……」
「当たらなかった、というよりも、わざと逸らしたのね?」
「それは……」
これ以上、訳あって話せないようで、カタリーナは口を閉じてしまった。
「木の幹にある鏃の痕跡と、エルヴィーラが幹にこすり付けた血糊の位置をみるに、標的のエルヴィーラと幹の矢所とは、当たらずと雖も遠からず離れていたわ」
「…………」
「でも、エルヴィーラが放ったマジックミサイルも、貴女に当てていなかった」
淡々と話すアーデライードがしたり顔で推理する。
「聡明なエルヴィーラがカタリーナの目配せに感じ取ったか、古代語魔法が得意な彼女の発した魔法の形跡がそれ以降、まるでみつけなかった……そう、違くて?」
強張った身体を震わせるも、腹をくくったようにこくりと頷いた。
狩人であるカタリーナは、鹿や猪に矢を打てど、人間に当てるのを拒んだのだ。
「ついでに言わせて貰うけど、貴女の胸に刻印があるわね。それは?」
「それは……言えない」
「それを言えないのは……誓約だから?」
小麦色の肌であるカタリーナのたわわな左乳房の上にあった刻印――誓約。
魔法『ギアス』とは、神聖魔法や暗黒魔法で扱う呪文である。
神官や魔術師が戒律を破戒する代償として、対象に否応なく特定の命令を与える強力な誓約魔法のことだ。懺悔として強制的に従わせるが、背くと精神的なダメージを被る。
『善であれば、咎人に贖罪を義務として誓約となす』
『悪であれば、常人を隷属に服従させて呪詛となす』
神官ならば罪を犯した者に、贖罪を促す名目として誓約させることだ。
だが邪悪なる魔術師ならば、無辜な者に強制的に隷属させる呪詛ともいえる。
「数十年前……私は、島の住民だった……」
怪我を負ったカタリーナが、痛みに耐えながら訥々と話し始める。
「私の島は、為す術なく暗黒教に支配され、この有様だ……」
全てを抱えて堪えていたカタリーナだったが、身体が動けずに涙を拭えなかった。
積年と恨みとともに、自らの恥辱と悔恨が波のように入り混じってくる。
「そんな……なんて酷いことを!」
「罪なき者を、奴隷化させるって魂胆か!」
ソフィアに続いてドラッセルらも憤慨する。
今回の首領であるザルディゴートが、強制的に暗殺を仕向けさせたのだろう。
「最後に一つ。貴女の、その島の名は?」
「……呪われた島、カーディス」
「はぁっ?! 邪竜・オルニディクスの棲む場所じゃない!」
「えっ……ええええっ!」
部屋の中にいる者たちが、声を出すほどに驚いた。
邪竜・オルニディクスと言えば、『オーディス火山の決戦』の元凶だ。
「アデリィ、それはどういうことなんだ?」
「そりゃまぁ、邪竜と遣り合ってね……結局、赤竜が邪竜と決闘して、すったもんだでオーディス火山から追い出されたオルニディクスが隠伏したのが、カーディス島」
「…………???」
アーデライードの要約が端的し過ぎて、全員が全員、ちょっとよく分からない。
「ああもう、とにかく話は後にしましょう。それよりも……」
「あ、あの……あなたは、もしや……う、うう、ぐぅっ!」
驚きとともに深刻な顔を見せたカタリーナだったが、胸を押さえて苦しみ始めた。
「ぐっ……ぐぐぐぅ……ああっ、あああーっっ!」
突然に部屋の中で響き渡る叫喚で、カタリーナは苦しんで身悶える。
心配した全員が、怪我人の彼女が寝ているベッドに前のめりになった。
身体的は元より、精神的ダメージを負ったカタリーナの意識が遠のき始める。
「ああっ、あああっ……ア……ア……ルム……」
カタリーナがそう呟くと、力なく首がカクリと落ちて気を失ったようだ。
その彼女の豊満な胸にあった刻印が、いつの間にか消えてしまっていた。それを垣間見たアーデライードが、分別ありげな顔でそう呟く。
「ふぅん……あの呪詛の刻印が消えたという事は、つまり――」
◆
隠れ里の宿の現場にて、ほんの数分前のことである。
渓谷である隠れ里の崖下、急峻なる渓流の暗い河原に二人がいた。よもや一敗地に塗れたサルディゴートと、その従者と思しきフードを被った子供である。
やっとの思いで転移魔法の魔術巻物を使用し、辛くも河原の向こう岸まで落ち延びたのだ。
「クソッ!! 何たる失態ぞ! 役に立たん俗物どもが……!!」
嘗て“死神の使徒”ザルディゴートと呼ばれた男が、こうも落魄れるとは。
隠れ里に奇襲作戦を強行せんと死霊使い十二名をかき集めたが、この様な俗物どもとは思わなんだ。
危険性や失策はあれど、元はと言えば、最も忌々しくは六英雄の長耳な小娘だ。
「そもそも儂を護衛するための女は、一体どうしたのだ!」
「いいえ、お師匠様。尖兵であるカタリーナに職責を越えます」
「ええい、減らず口を! いちいち盾突く痴れ者めが!」
激情にかられるサルディゴートは、従者と思しき子供の頬を叩いた。
「して彼奴は! 残り三人の合体ゴーレムは、また合成できんのか!」
「それは……」
恐らく件のゴーレム化された、ダークエルフの三人組のことである。
彼らは実験材料として弄ばれ、即席で乱雑にしてぞんざいに扱われていた。
「さては小僧……彼奴を回収して懲罰を与え、捨て駒となる手筈であろうが!」
「しかしその彼らは、治験中の身であり、まだ実験材料に程遠いかと」
フードを目深に被る子供は、怒りを抑えて我慢せんと下唇を噛む。
「まさか、まだ治験中だと? 小僧、何を悠長なことを……!」
「いいえ。恐れながら、彼らはもう死霊術実験の失敗作なのです」
両ひざをついた子供は、身体を縮こませるも首を振った。
「この役立たずが! どれほど失態を演じれば気が済むつもりだ!」
「でも……その彼らを戯れで弄り倒したのは、お師匠様ではありませんか」
限界を超えたフードの子供は、つい本心を晒してしまった。
だがそれは、慎重に慎重を期すべき魔術師に於ける、恥の上塗りである。
「キエエェッ! 黙れ、黙れ、黙れ、黙れェェェーッッ!!」
その辺にあった木の枝を拾うと、従者と思しき子供を叩きつけた。
それは、いつも使っていた高級な魔法杖を失っているからである。
「小僧も小僧だ、役立たずのゴミ虫どもめが!」
「お師匠様! お赦しくださいませ、お師匠様!」
しかし木の枝がポキンと折れ、さらに怒りに震えたか。
サルディゴートは素手を使って、殴る蹴るの暴行を加え始めた。
口出しできない従者らしき子供は、痛みに耐えかねて、のたうち回るしかない。
「おのれ、いずれあの寒村なぞ、呪術を以て餌食にしてくれる……!!」
息切れした老体のザルディゴートは、隠れ里の崖を見上げて吐き捨てた。
目にものを見せてくれるわと、怒りの形相で怨嗟と嫉妬の濁り目で睨め上げる。
「おい、もう念仏は終わったのか?」
「……ハッ!」
森の闇の奥――知らぬ間に、巨躯の男が後ろに立っていた。
鬼気迫る形相。背中に巨大な大剣を携えた大男である。
「い、いつの間に……!!」
「地獄へ堕ちろ、ザルディゴート」
上段からの一刀両断。まるで彼岸花の如く、大地は真っ赤な血で染まった。
堕獄の騎士の一撃必殺により、有無を言わさず頭からかち割って屠ったのだ。
「これで一人……こんなものとは、呆気ないものだな」
地獄へ堕ちろ――堕獄とは、悪業によって地獄に落ちること。
二つ名は“堕獄”である、偉丈夫なる傭兵・ランドルフである。
「おーお、派手に殺りやがった~ぁ、なぁ?」
ランドルフにくっついてきたロヴネルは、いつものように軽口を言う。
「ほらな、ランドルフ。コイツぁビンゴだぜぇ……!」
珍しくビンゴなる言葉を口にする男は、知っている人物だ。
その名は、ロヴネル――自分を小僧だと呼んでいた、治療魔法を施した時の男。
「おおっと、コイツだけは、絶対に放さねぇよ」
「コイツは暗黒教徒と線を結びつける点……崖っぷちの橋渡しだからな」
ぐったりとしていた従者と思われる子供――小僧の腕を引っ張り上げた。
ザルディゴートに打ちのめされていた小僧が、辛うじて口を開いた。
「ロヴネル……何故、ここだと分かった……」
「そらぁまぁ、こんなこともあろうかと尾けといた」
ニヒルな笑みを浮かべて「一応、猛獣使いなんでね」と口角を上げる。
腕に巻き付いていた小さなイタチのような生き物がいた。素早くてくるくると動き回ると、ロヴネルの腕の袖へと隠れる。イズナと呼ばれる怪物の一種である。
「調教した怪物どもが「全滅」だの「全部パァ」だの、ほざきやがって」
「ヒヒヒッ、これこそ最後の「奥の手」ってヤツさぁ……さて、と」
腕っぷしのランドルフが、小僧の背中に腕を押さえつけて動けなくさせる。
そして手捌きの良いロヴネルが、小僧の腕を縄で固く結び付けた。
「ムッ、コイツ金貨三枚も持ってやがる」
「おっ、いただきぃ~! コリャ儲けたぜぇ~」
「か……返せよ……」
「はン、やなこった。テメェだってボッタクリしやがって!」
ついでにフードを引っぺがされると、苦悶に浮かべた顔が曝け出された。
この小僧はダークエルフであり、顔や身体に怪我が多数あれど、まだあどけなく睫毛の長い端正な顔立ちであった。この少年らしき従者は、悔しそうに横を向いて顔を隠す。
「おい、この小僧の首と鎖骨の間を見てみろ」
「おっ、本当だ。見たことのねぇ紋章だな……なんだこりゃ?」
「これはもしや……誓約か?」
対象に否応なく特定の命令を与える強力な誓約魔法である。
贖罪を促す誓約か、もしくは、強制に隷属化する呪詛か。
「これは暗黒魔法による邪教徒への誓約だろう……だが小僧が誓約に従わなければ、精神はおろか生命をも邪神へと流出し、やがて死へと導く道標になる」
「おーおー、怖ぇ怖ぇ。くわばらくわばら!」
暗黒魔法で仕組んだ仕業は、ザルディゴートで間違いなかろう。
「恐らく……呪術回路が複雑に入り組んでいるようだが、これ以上は関知できん」
「へぇ~、そんなとこまで知ってんのか、ランドルフ?」
ギロリと睨むランドルフに、ロヴネルだって流石にたじろぐ。
「いやいやいや、そんなものオレだって知るわけもねぇって!」
「暗黒魔術の知識なんぞ、ほんの齧った程度だ……」
ロヴネルは「オレなんて、たかが猛獣使いだぜ?」とはぐらかす。
だが「齧ってはいたんだな……」と、顔は見せずに心の中でほくそ笑む。
「おい、小僧……立て!」
うつ伏せになっていた小僧を、ランドルフが持ち上げて胸倉を掴んだ。
「お前の名は、何という?」
「……アルム」
「おほーっ、このクソガキ。漸く喋れるようになったじゃねぇか」
「いいから口を噤んでろ、ロヴネル」
ウザがらみのロヴネルに、ランドルフが更にギロリと睨め付ける。
またまた堕獄の騎士に怒られちまったと、ロヴネルは手を塞いで目を逸らす。
「オマエは、サルディゴートの敬愛なる信奉者か?」
「う、うう……オレは……」
「だとしたら容赦はせん。オマエの命を奪ってやる」
「……違う!」
脅迫めいたランドルフに、アルムという小僧が叫ぶように断言する。
「違う……オ、オレは……う……うう、う……」
苦痛に歪んだ顔を見せたアルムが、我慢できずに呻き始めた。
「ううっ、うう……うぐぁぁああぁぁぁぁあぁぁぁ……ッッ!!」
「おいおい、生きてんのかオメェ。自滅するんじゃねぇよなぁ?」
アルムの顔を見るに、額から丸い汗が噴き出して苦しい様子である。
困り顔のロヴネルが頬杖を突いて退屈そうに眺めていたが、横目もくれずに凝視してランドルフに投げかけた。
「おいおい……旦那ぁ。ギアスの刻印ってのが、消えやがったぜ?」
「フン。これで小僧は自由の身となったようだな……」
恐らくザルディゴートの死によって、誓約は解除となったようだ。
誓約でもあり、呪詛でもある――ザルディゴートの魂は呪詛返しとなって、邪神への供物となり無残にも貪られよう。
「そういうモンなんかねぇ……邪教徒ってのは」
ロヴネルが「難儀なもんだな」と、七面倒臭そうに独り言つ。
息が荒く、目が虚ろに意識が遠のくアルムに対して、ランドルフが問いかける。
「これでオマエは自由だ……これからどうするつもりだ」
「オレ……は……」
「オマエのことは、オマエの勝手だ。あとはオマエが決めろ」
聞き取った汗びっしょりのアルムは、精根尽き果ててガクリと気を失った。
アルムの顔を目もくれないランドルフは、それ以上は何も言わずにその場を離れた。それを見ていたロヴネルが「おやおや、お優しいこって」と、心の中でまたほくそ笑む。
「さぁてと……復讐の味ってなぁどうですかい、旦那ぁ」
「些末な序章に過ぎない。だが一人は屠った……あと二人だ」
「へっ! そりゃあ、頼もしいこって!」
大仰にポーズをとるロヴネルは、宵闇の河原で高笑いする。
「だがなぁ、ランドルフさんよ。忘れてやしませんかい?」
「……何の話だ?」
「引き返せねぇ復讐の旅路だぜ。血塗れの鎮魂歌でさぁ……!」
狡猾で狂気めいた笑みのロヴネルが、すぐにニヒルな顔付きに立ち戻る。
「なーんてな! オレぁしがねぇ平民だ。単なる繋ぎ役にしかならねぇ!」
「何が望みだ、ロヴネル」
「脇役は脇役で弁えるつもりでさぁ……ま、根こそぎ人脈を仕切ってやんよ」
「フン……タヌキが……」
帰らざる死出の旅路か、それとも再興と栄達の黄金へと導くか。
小狡くて立ち回りが上手く権謀術数に長けるロヴネルは、薄笑いを浮かべた。
「そうさ、あらゆる災厄を撒き散らしてやるさ……全てを賭けてな」




