ノースと沙耶編
暗い静かな宇宙に浮かぶ白い巨大な宇宙船。その中の一室のキサエルの部屋にノースは呼び出されて足早に廊下を歩いていた。
ノースの所属する星獣カオスギャラクシアン配下の軍団であるレギオンは星獣からキサエルの言うことを聞くように言いつかっていた。キサエルが来るようにと言ったらすぐに行くのが当然だと真面目な彼女は考えていた。
目的の部屋にたどりつき、礼儀正しくノックしてから入る。キサエルはいつもの車椅子に座ったお嬢様然とした姿で部屋に来たノースを出迎えた。彼女の話はこうだった。
「地球というあの星では今はお正月というめでたい日で、みんなはお雑煮というものを食べるそうです」
「お雑煮?」
聞きなれないその単語からノースはその食べ物をイメージしてから言った。
「それは象を二匹を食すということでしょうか?」
「それをあなたは食べることが出来ますか?」
「無理無理、絶対に無理です。あんな物を食べようなんて正気の沙汰とは思えません!」
下手に出来ると言ったら自分のイメージしたお雑煮を食べさせられかねないと思ったノースは慌てて断って言った。キサエルは落ち着いた態度のまま言った。
「でしょうね。それを地球の人達はみんな食すというのです。実に興味深く面白そうなことだと思います。そこでそのお雑煮というものが何なのか、あなたに地球まで行って調べてきて欲しいのです」
「はい、お任せください」
「あ、それともう一つ」
「はい」
「バリバリィ、こちらの話は終わりました。もう来ていいですよ」
「はい、キサエル様あん。あなたがこれから地球へ行くノースちゃんねえ」
キサエルに呼ばれて現れたのはレギオン一の美の探究者を自称していると少し噂されている男だった。妙にくねくねした動きと色っぽさを演出した声で話しかけてくる。
ノースは少し引いたが、キサエルの前で取り乱すわけにもいかないのでなるべく我慢した。
「彼はレギオン一の美の探究者バリバリィさんです」
「自称よお~。だけど見る目は確かだから安心してねえ」
キサエルがノースがすでに知っていることを紹介してくれる。バリバリィはそのくねくねした動きでノースの前に立った。
「あなたのその恰好。今の時期にはいただけないわあよねえ」
「むかっ、この服はキサエル様からいただいたありがたい物なのよ! それに文句を付けようなんて何様のつもりなのよ!」
「普段のあなたならそのメイド服でもいいでしょうねえ。でも、今地球はお正月なんだからそれにふさわしい恰好をしないと駄目よおん。このバリバリィがあなたをお正月モードにチェンジさせてあげるわあ」
「キサエル様、この者のいうことなど聞く必要があるのですか?」
ノースは不審を露わにして聞く。キサエルは微笑みながら答えた。
「わたしはそのお正月モードいうものがどんな物なのか見てみたいです」
「わ、分かりました。キサエル様がそうおっしゃられるのでしたら。バリバリィ、わたしをお正月モードにしてください!」
「よし、来たわあ!」
「うわああ!」
ノースは半ば投げやりになった気分で叫んだ。バリバリィは瞬く間にノースをお正月モードにしていった。そして、完成した。
「これがお正月モードよお」
「これがお正月モードですか。なかなかたいした驚きです」
「これがお正月モードのわたし」
ノースは慣れない重い振袖や歩きにくい下駄に戸惑いながら、自分の姿を見下ろした。
「めちゃ動きにくいんですけど、これ。このような恰好に意味があるんでしょうか」
「意味はあるわよん。地球人はこの時期にはみんなこの恰好をしているのよ」
「その恰好で地球の秘密を解き明かしてきてください、ノース」
「はい、お任せください。おっとっと」
慣れない下駄につまづきそうになりながらノースは退室した。廊下を歩き発着デッキまで行き、個人用の小型宇宙艇に乗り込んでエンジンをかける。
さしものノースでも全く知らない人間に物を訊ねるというのは気が乗るものではない。ノースはこの前自分達の仲間になった人間のことを思い浮かべる。
「神崎次郎太、あいつに訊いてみるか」
目的地は決まった。ノースは勢いよく宇宙艇を発進させていった。
田舎の村にも正月はやってきた。
「あけましておめでとう」
「「おめでとう!」」
その年は沙耶にとっては幸せなお正月だった。友達になった飛鳥がいて、大好きなおじいちゃんの兵衛門がいて、弟の次郎太がいて、一緒に田舎の村で新年を祝う。これを幸せと言わずに何と言おう。
「次郎太、何かお姉ちゃんに言うことはない?」
「うん? あけましておめでとうってさっき言ったよね?」
「そうじゃなくて。・・・もう、張り切りがいがないなあ」
「沙耶ちゃん、似合ってるわよ」
「ありがとう」
沙耶が落胆しながらこたつに入ると、飛鳥が代わりに言ってくれた。今日の沙耶は張り切って振袖を着てお洒落をしていた。結果はご覧の通りだった。
「まあ、753みたいだとか言われるよりはマシかあ」
そんなことを呟いていると、台所からおじいちゃんが声を掛けてきた。
「お雑煮が炊けたぞい。そろそろご飯にしよう」
「おせち用意するわ」
飛鳥が積んでいる重箱を取りに立ち上がろうとする。そんな時、空から何かが近づいてくる音がした。こんなことには鋭い兵衛門が一早く察知する。
「これは、奴らか?」
「わたしが出るわ」
「あたしも行く」
飛鳥が出て、沙耶も後についていく。
「僕も行くよ」
遅れて次郎太も外に出ていった。
空から宇宙艇が降りてきて玄関先に着陸する。土地が広い田舎とはいえ、近所迷惑なことには代わりはない。
「降りるなら駐車場を借りて降りなさいっての」
機嫌を悪くする沙耶の前で、宇宙艇の主が器用にコクピットから飛び降りて着地した。現れたのは前に見たメイド服姿ではなく、妙にお正月らしくお洒落をしたノースだった。沙耶は少し負けた気分になった。
「神崎次郎太、久しぶりね」
「また次郎太を狙いに来たの? あんた達は!」
沙耶が次郎太を背にかばって叫ぶ。ノースはいきなりのその剣幕にややたじろぎながら言い返した。
「まだ理解していないようね。神崎次郎太はカオスギャラクシアン様と契約を交わしてわたし達の仲間になったのよ。キサエル様がそうおっしゃってたでしょ?」
「そんなの無効よ! 次郎太からも言ってやってよ。あいつにお正月のファッションなんて似合わないって!」
「え? 似合ってると思うけど」
「次郎太~!」
「いてて! ちょ、沙耶姉!」
喧嘩をする姉弟から鋭い視線をノースに向けて飛鳥は訊ねた。
「それで何をしに来たの? わたし達の暮らしをおびやかそうっていうなら容赦はしないけど」
「訊ねたいことがあって来ただけよ。神崎次郎太にね」
「そんなこと言って! 次郎太をたぶらかしに来たんでしょ! そんなおめかしして来ているのが何よりの証拠よ!」
沙耶はびしいっと指を突きつける。
「なっ、これはキサエル様に言われたから。何でわたしが神崎次郎太をたぶらかさないといけないのよー!」
ノースはわけが分からなかった。自分が命令を受けたのはお雑煮のことだけだ。どこから神崎次郎太をたぶらかすなどという言葉が出てくるのか全く理解出来なかった。
沙耶は気に入らなかった。次郎太が明らかに自分の振袖姿よりもノースの方に気を取られたことが。
喧嘩を始める沙耶とノースを見て、飛鳥はそっと息をついてから隠し持っていた銃から手を離した。
「何を玄関先で騒いでいるのじゃ。早くしないとお雑煮が冷めるぞい」
兵衛門が出てくる。その単語にノースが反応した。
「お雑煮! そう、わたしはお雑煮を調べに来たのよ!」
「あんたに食わせるお雑煮なんてない! おじいちゃんからも言ってやってよ!」
「ほう、これは綺麗なべっぴんさんじゃ。お雑煮ならあるぞい」
「もう! おじいちゃんまで!」
「沙耶姉、お正月ぐらいみんなと仲良くしようよ」
「次郎太~、くうう、今年こそ絶対に誰よりも強くなってみんなを見返してやるんだからねー!」
正月でいつもより賑わう田舎の村で沙耶の叫びが木霊した。




