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重厚感のある執務机は、長年使い込まれた木目の艶が味わいとなっている。
この部屋にあるアンティークな家具は、ルーキス=オルトゥス家の当主が代々愛用してきたものらしい。
広い部屋の片隅に作られた応接スペースで寛ぎながら、出された茶で渇きを潤す。普段はコーヒーを好む忍だが、シャールの侍従が淹れた茶は好きだ。茶葉が違うのか、淹れた人の腕なのか、もしくはその両方なのだろう、茶の香りに仕事後の疲れも癒される。
「彼らは魔石鉱山へ送られました」
転勤でどこそこへ飛ばされたらしいよ。的な言い回しでシレっとモノをいうのは、肩先にかかる黒髪を後ろで束ねた、紫水晶の瞳を持った妖艶な青年だ。自分より3歳上の彼の姿は、実年齢のそれよりもずっと年若い。だが、彼が纏う雰囲気と落ち着いた物腰が年相応の、それもこの辺境を束ねるやり手の領主だと言う事を思い起こさせる。
「そりゃさぞ可愛がって貰ってるんだろうなぁ、特にあの奴隷商なんかは」
「屈強な者が多い魔石採掘現場ですからね。シノブの言うとおり、存分に可愛がれと伝えました。勿論それについては黙認するとも」
魔石鉱山では、奥深く危険な場所での採掘や様々な労力として多くの犯罪奴隷が使役されている。奴隷の中でも重犯罪者達が主となる為、彼らには逃亡防止の足かせと三次元測位を組み込んだ首輪がされ、死ぬまで魔石堀りに従事するのだ。
とはいえ、貴重な労力を損なわない為に辺境伯領の魔石鉱山では、労働時間や食事、健康管理に於いてしっかりと監督されているし、ストレスや喧嘩が原因で病気や怪我をしないよう環境管理も徹底している。勿論それらは鉱山の生産性が落ちない為の処置なのだが。
それでも汗臭い男所帯ともなれば、下半身事情が問題になってくる。
リンチや強姦等は取り締まっているものの合意の上でならある程度自由だ。あくまで当人達が主張する合意であるのだが、特に鉱山内でも軽度な仕事を与えられた奴隷達はその対象になる場合が多いらしい。
「あのガタイじゃどうせ魔石鉱山でも軽度な労働力にしか使えないんだから、そっちで役に立つしかないだろう」
「ええ、現場のストレス軽減に繋がればいいのですが」
雫の拉致誘拐事件の犯人であるセルウス商会とその船に乗っていた船員達は、ノクスの地で裁判が行われ魔石鉱山へと送られた。
特に優れた体力があるわけでもないギルバルト・セルウスは、鉱山内でも軽度な労働力して扱われるだろう。そこで、鉱山管理を任せる武官へは「他の労働者達の夜の相手をする事についての推奨はしないが、彼らがギルバルト・セルウスをどう扱おうと黙認せよ」と命じた。本来、鉱山内でのレイプは取り締まっているが、死なない程度には勝手に扱っていいよと告げたのだ。
彼らが魔石鉱山へ送られて半月、ギルバルド・セルウスはどれだけの男を咥え込んだだろうか。
「ま、これまでしてきた諸行を思えば、そのくらいは罰にもならんな」
「あそこは衛生管理もしっかりしてますから、簡単に性病を患ったりしませんし、それこそ死ぬまで可愛がって貰えるでしょう」
「老後は後ろが緩くなって大変そうだなぁ」
流れるような美しい所作で、ティーカップに口をつけると、【魅了】の効果を上乗せした微笑を向けるシャール。
「シズク達は随分と頑張っているようですね。徐々に反響が上がってきています」
「反響がなくちゃ困るだろ?いくらセスが魔族国で宣伝しようと、それなりのモノになってないと意味がない」
「彼はその容姿と才能で名の通った演奏家ですよ。セスレシア・ルチーフェロが曲のアレンジを行い、強く押すアイドルなのですから、宮中でも良い話題になるでしょう。先ほど、彼のパトロヌスであるフェロー男爵からも魔導特級回線がありました」
「特級って…男爵クラスがそれ使ったのか?」
「はい、それ程気に入って頂けたのでしょうね」
魔導回線の中でも特級回線は使用する魔石(魔力)の消費量から緊急を要する場合か、かなりの上位貴族しか使用しないのだ。
「一度こちらへ伺いたいそうですので、その目途が付いたらご連絡します」
「旦那様がノクスにいらっしゃるのですか?」
シャールの言葉に口を挟んだのは、忍の隣に座っていた少年だ。年のころは16か17位だろうか、少年と青年の中間に位置する彼には、シャールや忍にはない初々しさがある。黒い髪は伸ばしているというよりは、伸びてボサボサだが、その深い蒼の瞳は理知的な印象を与えていた。
「ええ、新しいアイドルの誕生を是非その目で御覧になりたいと」
貫頭衣の様な服はカイトの仕事着なのだろう、所々に絵の具らしき汚れが模様となっていた。
魔人族の彼はセスと同様のパトロネスを後ろ盾に持ち、現在はノクスでシャールの肖像画を手懸けている新進気鋭の若手画家だ。
最近は、没頭すると食事も睡眠も忘れて絵を描き続けるカイトの為にと、シャールからこの画家の整体も依頼されている。
「カイト……カイトのパトロネスってどんな方なんだ?」
「んー。シノブさんはセスさんから聞いてないですか?」
「いや……聞くには聞いたが、余り参考にならなかった」
確か15歳以下の少年しか興味がない変態だったはずである。
ともすれば、このカイトなどはど真ん中なのではないだろうか?
「物腰の落ち着いた紳士ですよ。芸術方面に多大な尽力されている素晴らしいお方です」
「……セスも後見してもらってたらしいな」
「はい、既に成功して独り立ちした後でも、ノクスの別邸を使わせて頂いたりしていますよ」
ノクスにはそのフェロー男爵の別邸があるらしく、セスが滞在していたのもその別邸だ。
「シノブはそれが面白くないんですよね」
くすくすと笑いながらシャールが冷やかす。
「まあ、その男爵様がノクスへいらっしゃったら嫌でも会わなきゃならんからいいか。ところでカイト…セスをモデルにした絵。完成したら見せろよ」
「はい、是非」
セスの下の毛まで処理させて描いた絵とやら、楽しみにしておこう。




