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忍兄の口から語られたのは、1ヶ月…いやもう1ヶ月半も前の出来事。
いきなり異世界に放り出された我が家が、このノクス町内会へ入るまでの簡潔な説明だ。
兄の声にじっと耳を傾けていたセスさんの頭に、ぽんと軽く手を置いた忍兄は、宥めるようにその蜂蜜の髪をくしゃくしゃと乱した。
うわぁ……妹の前でいちゃつかないで欲しいわぁ。静姉がいたらネタにされるよ?まあ、いなくても私が報告しますがね。
「シノブさん。では魔族国の渡り人について調べれば、お2人が元の世界に帰れる可能性が高い訳ですね」
忍兄の話しを聞いて黙り込んでしまった3人とは違い、元よりの状況を理解しているアル君がその可能性を示した。
でもねぇ、魔族国かぁ。簡単に入国出来ないのが当面の課題です。セッカとコウを送り届けるためにも、なんとかして魔族国に行きたいんですがね。
「―――雫…いなくなるのか?」
今まで静かに私達の話を聞いていたコウがポツリと漏らす。セッカも私の膝に座りお腹の前でまわされた私の腕をしっかりと掴んでいる。そんなに強く腕を掴まなくても、す
ぐにいなくなるわけじゃないから大丈夫なんだよぉ。
「シノブは…魔族国に行きたいんだね」
「―――セス」
元の世界への帰還は新しく築いた人間関係、友人や恋人との別れだ。それをよく理解してる忍兄はこちらで大切な人を作ってしまった。
恋人(忍兄)の出身地(世界?)詐称。確かに現在は良い関係を築いちゃいるが、自分へ近づいた目的が魔族国の情報収集だと薄々気付き始めちゃいますよね
ぇ。それだけじゃない!!私もコウには東大陸出身だと思わせたまま、訂正してないからなぁ~。あぁー、視線が痛い、突き刺さるぅぅ。
「えーと、コウ…話そうと思ってたんだけどね」
「帰るのか?」
「シズクおねー様…」
そんな目で見ないでぇ…。
「しのぶは…元の世界へ帰るために、魔族国に行きたいんだね」
「あー…セス」
うわぁーこっちも修羅場?アル君に助けを求めてみたが、ぷるぷると横に首を振りその目は「無理」と雄弁です。
「確かに魔族国へ行って、渡り人の情報が欲しい」
「……帰るた…め?」
はぁぁぁと忍兄が大きく息を吐いた。
「セス――――帰れないのと、帰らないのは違う」
はっきりと告げる忍兄を水色の瞳が見つめている。その手は忍兄の膝の上で固く握り締めて次の言葉を待つ。
「元の世界へ帰る方法があるなら探す。当たり前だ」
兄の言葉を聞いて、セッカが私の首に腕をまわして抱き付いてきた。
帰りたくても帰れない現状の彼らからしてみたら、私達兄妹の心境は理解できる部分があるはずだ。だからこそ「帰らないで」とは口にしない。
セッカの細く小さな背中に腕をまわし、互いの身体が密着するように抱きしめた。
「この世界に来て、まあ、それなりに楽しくやってはいる。が――――――元の世界へ帰る手段があるならば、その手段は押さえておきたい」
「――――っえ??」
あれ?忍兄なら「帰る」と断言するかと思ってた。
「今は平和だが、この先、この世界、この国で大きな戦争が起こらないとは断言できないだろ?西は長い戦乱が続いているわけだし」
「へ、辺境伯領が戦乱になる可能性は低いですよ」
「まあ、シャールはやり手だからな。早々物騒な事は無いだろう。だが、アヴァンディール王国が戦火に巻き込まれないという保障はないし、何も戦争の事だけを懸念してい
る訳じゃないんだ。俺達がいた日本だって平和な国だが楽園じゃぁない」
まあ、こちらで奴隷商人に誘拐された私が言うのもなんですが、確かに日本だってめちゃくちゃ治安が良い訳じゃないし、自然災害だってありますよ。
「ただ、こちらで戦争や大災害で生きにくい様な事態が起こった場合。俺は兄として雫を日本へ送り返す」
「―――シ、シノブは?」
セスさんの問いに答える事をせず、忍兄は無言で困ったような笑みを向けた。
「日本へ戻れるなら、こちらへ来る事だって不可能じゃないだろう」
「忍兄…行き来するつもり?」
「出来ないとは限らない」
忍兄が言うと「この人ならやりそうだ」という気になるから不思議だ。
「それになぁ………………上の妹が結婚するんだよ」
「っ!!な、な、な…嘘ぉぉ聞いていないよぉぉぉ」
「父親の代わりに、バージンロードを歩いてやるって約束したからなぁ」
何?何なの?静姉が結婚するなんて聞いてないよ!!
約束破るとあいつは怖いと愚痴る忍兄は、だから、静姉の結婚式までには帰るのだと言っている。
いや「ちょっと帰省してくる」って感じに言われても…。
「わかった…シノブ」
忍兄の言葉を受けて、セスさんが静かな微笑でトンでもない事を断言した。
「それなら、妹ちゃんの頑張り次第で魔族国内に入国する方法があるよ」
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