第8話:偏執の魔導師と、銀のペン
「……はぁ、はぁ……っ! どこですか!? その『生きた奇跡』はどこにいらっしゃるのですか!?」
静かな離宮の廊下に、およそ貴族の屋敷には似つかわしくない絶叫が響き渡った。
私がジークヴァルト様と共にお茶を楽しんでいたサロンの扉が、勢いよく跳ね飛ばされる。
現れたのは、ボサボサの栗色の髪に、分厚い丸眼鏡をかけた小柄な女性だった。
彼女は、引き止めるセラフィナ様の腕をすり抜け、猛然と私の方へ突進してくる。
「え、えっ……あ、あの……?」
「その銀髪! その透き通るような灰色の瞳! ああ……間違いない!
貴女が、あの大地を一瞬で再生させたという『万象記す者』、エルセ・フォン・アルメット様ですね!?」
彼女は私の目の前で急ブレーキをかけると、地面に這いつくばるような勢いで私の手を握りしめた。
「ラピス、無礼だぞ。その手を離せ」
ジークヴァルト様が、氷点下の声で警告する。
けれど、ラピスと呼ばれたその女性は、王子の殺気など全く耳に入っていないようだった。
「殿下、そんなことは後です! 見てください、この指先!
ペンを握り続けたことでできた、この愛おしい『書記のタコ』!
これこそが、世界を記述し、真実を固定し続けてきた聖なる印……っ! ああ、吸いたい、その指先を吸わせてください……!」
「――セラフィナ。こいつを今すぐ、不敬罪で地下牢に叩き込め」
「はっ、承知いたしました! ラピス、大人しくしなさい!」
セラフィナ様に首根っこを掴まれ、ズルズルと引きずられていくラピス様。
けれど、彼女は必死に手を伸ばし、叫び続けた。
「エルセ様ぁ! 貴女のインクは、どこのメーカーのものですか!?
まさか、ご自身の魔力を血液に変えて記述しているのですか!?
ああ、その手帳の切れ端だけでいい、私に……私に研究させてくださいぃぃぃ!!」
……嵐のような人だった。
「……失礼した、エルセ。あれはラピス。
性格には難があるが、魔導研究においては国内右に出る者はいない『マッド・クロニエラー』だ」
ジークヴァルト様が、不機嫌そうに私の腰を引き寄せ、耳元で溜息をつく。
どうやら、私の力が広まるにつれて、こうした「厄介な崇拝者」も増えていくらしい。
「でも……あんなに熱心に、私の『記録』を評価してくれるなんて」
「評価どころではないな。あいつは、君を神として祀り上げかねん。
……あまり、あいつには近づくな。君を解剖して中身を調べたいと言い出しかねないからな」
ジークヴァルト様の腕に、ぐっと力がこもる。
その独占欲が、少しだけくすぐったい。
数分後。
セラフィナ様によって(物理的に)鎮圧されたラピス様が、正座をして私たちの前に座らされていた。
丸眼鏡の奥の瞳は、まだ爛々と輝いている。
「……失礼いたしました。ですが、エルセ様。
貴女の力は、単なる農地の再生に留まるものではありません」
ラピス様は、懐から古びた石板を取り出した。
それは、どの魔導師も起動させることができなかったという、古代遺物の欠片。
「この国に眠る古代の守護兵器。これらはすべて、千年以上前に『記録』が途切れたことで、動かなくなっています。
世界がその動かし方を『忘れて』しまったからです」
ラピス様が、震える指で石板を私に差し出す。
「ですが、万象を記す貴女が、ここに一筆……『この兵器は、今も正常に稼働している』と記せば、どうなるか。
……わかりますか? 失われた神話の時代を、貴女はこの現代に『再定義』できるのですよ!」
サロンの中に、沈黙が落ちた。
もし、その言葉が本当なら。
私がペンを動かすだけで、この国の軍事力も、歴史も、すべてが書き換わる。
「……エルセ。君がそれを望むなら、私は世界を敵に回してでも、君を書きたいように書かせてやる」
ジークヴァルト様が、私の手を取り、その甲に深く口づけを落とした。
「だが、忘れるな。君が何を記そうと……君自身の幸せだけは、私がこの手で『確定』させてみせる」
その頃。
王宮では、ジュリアン第一王子が、起動しなくなった「古代の防衛結界」を前に立ち尽くしていた。
エルセがいなくなったことで、国を守るための『記憶』までが、この土地から消え去ろうとしていた――。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
新キャラ・変態天才魔導師ラピス様、いかがでしたでしょうか?
「エルセ様を崇め奉りたい!」という彼女の狂気(?)は、今後物語を意外な方向へと加速させます。
「ラピスいいキャラしてる!」「古代兵器の再起動、ワクワクする!」
と思っていただけたら、ぜひ【☆☆☆☆☆】の評価やブックマークをいただけると、ミラも執筆の筆が止まりません!
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次回、第9話は「『返せ』という傲慢な来訪者」。
ついに、焦り散らかしたジュリアンが、自ら離宮へと乗り込んできます。
ジークヴァルト様による、最高に冷酷な「追い返し」にご期待ください!




