第26話:新婚旅行は、神の住まう浮遊島!?
「……あ」
視界が、真っ白なノイズに塗り潰される。
足元から重力が消え、身体が浮き上がる感覚。
掌に残っていた火傷の熱が、一瞬にして凍てつくような冷気へと変わった。
消滅したはずの「白き巫女」が残した、一通の招待状。
それが、私の意志も、ジークヴァルト様の拒絶も無視して、強引に世界の「外側」へと私たちを引きずり込んでいく。
「――逃がさんと言ったはずだ、エルセ」
意識が遠のきそうになる瞬間、腰を砕かんばかりの強い力で引き寄せられた。
ジークヴァルト様だ。
彼は私の髪に顔を埋め、黄金の魔力を爆発させる。
その熱量だけが、この異常な転送の中で、唯一の「現実」だった。
「どこへ行くつもりか知らないが、地獄の底まで付き合ってやる。……目を開けろ、エルセ。私がお前の隣にいる」
彼の低い、傲慢なまでに力強い声に導かれ、私はゆっくりと瞼を持ち上げた。
そこは、王宮の寝室ではなかった。
どこまでも続く、抜けるように青い空。
足元には、雲の上に浮かぶ大理石の回廊と、見たこともない極彩色の花々が咲き乱れる空中庭園。
空気は不気味なほど清浄で、魔力の密度が離宮の数十倍はあろうかという、異常な空間。
「……ここが、神々の遊戯場?」
「フン。庭の手入れだけは行き届いているようだが……。趣味が悪いな」
ジークヴァルト様は、私を抱きかかえたまま周囲を警戒するように見渡した。
彼の剣は既に抜かれ、その黄金の刀身が神聖な空気を鋭く切り裂いている。
『――ようこそ。愛ゆえに神の座を蹴り飛ばした、不届きな管理者候補よ』
頭上から、何重にも重なったような残響を伴う声が降ってきた。
空の向こう側に、巨大な「瞳」のような紋章が浮かび上がっている。
『貴殿はシステムの一部となることを拒んだ。ならば、その資格があるかをここで証明せよ。
これより始まるのは、七人の管理者候補による、世界の再定義のための聖戦……』
「うるさいな。……私の女を勝手に呼び出しておいて、長々と講釈を垂れるな」
ジークヴァルト様が、空の紋章に向かって、一切の躊躇なく黄金の斬撃を飛ばした。
衝撃波が空を揺らし、神の声が「……ッ!?」と絶句するのが分かる。
「エルセは疲れているんだ。……まずは休憩が必要だ。ここは新婚旅行の宿泊地としては及第点だが、サービスが最悪だな。……おい、一番いい部屋はどこだ?」
「ジ、ジークヴァルト様、相手は神様というか、システムの方ですよ……?」
「神だろうと何だろうと、お前の安眠を妨げる権利はない。……エルセ、ペンを出せ。今すぐここにベッドを創れ。お前が記せば、ここも私の離宮になる」
ジークヴァルト様のあまりの不敵さに、私は毒気を抜かれてしまった。
そうだ。この人は、世界が滅びるよりも私の幸せが大事だと言い切った人だ。
神様を相手に「部屋を用意しろ」と脅しをかけるくらい、彼にとっては当然のことなのだろう。
私は、震える手で銀のペンを握り直した。
先ほどまでの恐怖は、彼の腕の中にいるだけで、心地よい「挑発心」へと変わっていく。
『……不敬な。一個体が管理者の意思に抗うなど――』
「抗うのではない。……支配すると言っているんだ」
ジークヴァルト様が、私の手首を優しく、だが逃がさないように握った。
「書け、エルセ。……この空中庭園は、今日から私の独占領地だと」
私は頷き、空中にペンを走らせた。
『三月二十六日。神々の遊戯場は、ジークヴァルト・フォン・ローゼルの傲慢によって、一時の休息所へと書き換えられた』
銀の光が、大理石の回廊を駆け抜ける。
神聖な結界が弾け飛び、豪華絢爛な、それでいて離宮と同じ落ち着いた内装の寝室が、空中庭園の真ん中に具現化した。
「な……!? 神域を……神域の定義を塗り替えただと!? ただの人間が……っ」
「……少しは静かになったか。さあ、エルセ。まずは茶でも飲もう。お前の好きなハーブは、この庭に自生しているようだからな」
ジークヴァルト様は、泡を食っている神の声を完全に無視して、私を再建されたばかりのソファへとエスコートした。
神々の試練。命を賭けた聖戦。
そんな殺伐とした言葉が、ジークヴァルト様の「過保護」によって、ただの騒がしいバカンスの余興に成り下がっていく。
けれど、その平穏を破るように、庭園の入り口からパチパチと乾いた拍手の音が聞こえてきた。
「あはは! 面白い! 神様を宿泊施設の管理人扱いするなんて、最高にクレイジーだね!」
現れたのは、真っ赤なドレスに身を包んだ、派手な金髪の少女。
その手には、エルセのペンとは異なる、巨大な「黄金の定規」が握られていた。
「初めまして、『失敗作』のエルセ。そして、その飼い主さん」
彼女は、定規をバトンのように回しながら、挑発的な笑みを浮かべる。
「私は第四候補のベアトリクス。……ねえ、その男、私に譲ってくれない? 神を切り裂くその牙、私の『新しい世界』の番犬にぴったりだわ!」
その瞬間。
私の隣の空気が、絶対零度まで凍りついた。
ジークヴァルト様の黄金の瞳が、これまでにないほど深く、暗い殺意を宿して少女を射抜く。
「……譲る? エルセ、今、この小娘が何と言った?」
ジークヴァルト様が、私の肩を抱く腕に力を込める。
その顔は、もはや王子ではなく、愛するものを奪おうとする外敵を根絶やしにする「魔王」のそれだった。
「……どうやら、この島には害虫が多すぎるらしい。……まずは、駆除から始めるか」
新婚旅行(強制)の第一日目。
ジークヴァルト様の嫉妬と独占欲は、ついに「神」と「他の候補者」へと牙を剥き始めた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
強制転送された先でも、ジーク様は相変わらずのジーク様でした(笑)。
神聖な領域を「宿泊施設」扱いし、エルセ様を狙うライバル候補を「害虫」呼ばわり……。
この人の前では、神々のシステムも形無しですね!
そして現れた新たな「候補者」ベアトリクス。
ジーク様を「譲って」なんて、一番言ってはいけない地雷を踏んでしまいました……。
「ジーク様のブレない過保護が頼もしすぎる!」「ライバル令嬢、速攻で消されそう……w」
と思っていただけたら、ぜひ評価【☆☆☆☆☆】やブックマークをお願いいたします!
皆様の星の一つ一つが、ジーク様の独占欲をさらに次元越えさせるインクになります。
次回、第27話は「お茶会のルールは『死の宣告』」。
ベアトリクスが仕掛ける「管理者候補」としての初戦。
しかし、ジーク様がマナーもルールも物理で粉砕します。お楽しみに!




