第13話:偏執の魔導師と、失われた記憶の断片
「……茹で上がりましたわ! 見てください、この完璧なアルデンテをぉぉ!!」
離宮の魔導研究室に、ラピス様の狂喜乱舞する声が響き渡った。
大きな鍋の中で踊っているのは、紛れもなく「ヴォルガ帝国の最高級鋼」だったはずの物体。
それが今や、美味しそうな湯気を立てる極太のパスタへと成り果てている。
「エルセ様! 貴女が『パスタと同等の強度』と記した瞬間、この鋼の炭素構造がデュラムセモリナ粉の組成へと置換されました。
これはもはや魔法ではありません……『存在そのものの定義書き換え』ですわ!」
ラピス様は、フォークでパスタ(元・剣)を突き刺し、うっとりと眺めている。
後ろでセラフィナ様が「食べるなよ。絶対に食べるなよ」と、引き攣った顔で牽制していた。
「あ、あの、ラピス様……そんなに詳しく調べなくても……」
「いいえ! 重要なんです!
普通の書き換え魔法なら、魔力の供給が止まれば元に戻るはず。
でも、エルセ様の記録には『持続魔力』の痕跡が一切ない……。
まるで、世界そのものが『最初からパスタだった』と思い込まされているような……そんな異常な挙動なのです」
ラピス様が丸眼鏡を光らせ、私にぐいっと顔を近づけてきた。
その瞳の奥に、研究者特有の鋭い光が宿る。
「エルセ様。貴女、小さい頃に『何か大きなもの』を消したり、あるいは創ったりした記憶はありませんか?」
ドクン、と心臓が鳴った。
……記憶。
ジークヴァルト様を救った時のことは、おぼろげに覚えている。
けれど、それより前のこと。
私が初めてこの銀のペンを手にした時の記憶が、なぜか霧に包まれている。
「……思い出せません。気づいた時には、このペンは私の手にありました」
「ふむ。やはりそうですか……。
実は、エルセ様が大地を再生させた際、私の観測器が奇妙なログを拾ったのです」
ラピス様が、一枚の古い羊皮紙を広げた。
そこには、複雑に絡み合った魔法文字の波形が記されている。
「エルセ様が『記録』を確定させる瞬間、一瞬だけ、この世界の『外側』から力が流れ込んでいる。
……まるで、貴女自身がこの世界の『管理者』であるかのように」
「私が……管理者……?」
「ラピス。それ以上、彼女を不安にさせるな」
背後から冷たい風が吹き込み、ジークヴァルト様が現れた。
彼は迷わず私の肩を抱き寄せ、ラピス様から引き離すようにして自分の方へ引き寄せた。
「エルセが何者であろうと、私の愛する女性であることに変わりはない。
余計な詮索をして彼女を怖がらせるなら、その眼鏡ごとパスタにしてやるぞ」
「ひっ、お、落ち着いてください殿下! 私はただ、この至高の謎に興奮しているだけで……!」
ジークヴァルト様は私を抱きしめる腕に力を込め、私の頭を優しく撫でた。
「大丈夫だ、エルセ。君が何者だろうと、君の居場所はここにある。
たとえ君がこの世界の神だろうと、私は君を離さないし、ただの一人の女性として愛し抜くと決めている」
「ジークヴァルト様……」
彼の言葉に、胸の奥の不安がすっと溶けていく。
そう、私が誰であっても、今のこの温もりだけは「真実」なのだ。
しかし、ラピス様がボソリと呟いた一言が、私の耳に残った。
「……でも、不思議ですわね。
世界の『管理者』がこの地に降りているということは……今の王室が持っている『王の権能』は、一体誰に許可を得て使っているのかしら?」
その頃。
王宮の地下深く、歴代の王だけが入ることを許される聖域にて。
ジュリアンの父である現国王は、崩れ始めた「王の玉座」を前にして、震える声で叫んでいた。
「……消える……消えていく! 我が一族の繁栄の記録が、あのアカ(・・)の娘に吸い取られていく……っ!」
エルセ・フォン・アルメット。
その血脈に隠された、王家を根底から覆す「真の歴史」が、今まさに目覚めようとしていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
パスタになった鋼でアルデンテを語るラピス様(笑)
でも、その変態的な分析が、物語を「一令嬢の物語」から「世界の根源を巡る戦い」へと引き上げました。
「エルセ様の正体が気になる!」「ジーク様の『神でも離さない』宣言が男前すぎる!」
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次回、第14話は「王家の血、隠された簒奪の歴史」。
ついに、エルセの実家であるアルメット家が、なぜ彼女を「無能」として扱っていたのか……その残酷な理由が明かされます。お楽しみに!




