第10話:銀のペンは、私の運命を書き換える
遠ざかっていくジュリアンの醜い叫び声が、風にかき消されていく。
泥にまみれ、衛兵に引きずられて門の外へと放り出される「かつての婚約者」。
その姿を見ても、私の心にはさざ波一つ立たなかった。
「……終わったのですね」
ポツリと漏らした言葉に、背後から温かな体温が重なる。
ジークヴァルト様が、私の肩を抱き寄せ、その大きな手で私の手を包み込んだ。
「ああ。君を縛っていた腐った鎖は、今、跡形もなく砕け散った」
私は、震える手で愛用の銀のペンを握りしめた。
手帳の白紙のページが、夕日に照らされて黄金色に輝いている。
これまでは、誰かに命じられるままに、ただ事実を追いかけてきた。
けれど、今は違う。
私は、私のために、このペンを走らせる。
「ジークヴァルト様。私、書きたいことがあります」
「……言ってみろ、エルセ」
彼の金の瞳が、期待と、隠しきれない独占欲を孕んで私を見つめる。
私は深く息を吸い込み、ペン先を紙に下ろした。
『三月二十一日。エルセ・フォン・アルメットは、過去のすべてをここに棄却する』
一文字。
書くたびに、私の魔力が銀の光となってページから溢れ出す。
『私は、もう誰の道具でもない。私は、私を愛し、必要としてくれる人の傍らで、新しい歴史を紡ぐことを選ぶ』
その瞬間、王宮の方角から、何かが崩壊するような音が響いた。
――それは、私が十数年かけて無理やり維持してきた「第一王子の虚飾の栄光」が、概念ごと消滅した合図だった。
ジュリアンの記憶からも、メリーナの魔法からも、私の「加護」は完全に失われた。
彼らはこれから、自分たちの実力に見合った「相応の地獄」を歩むことになるだろう。
そして、私は最後の一文を綴る。
『私は――ジークヴァルト・フォン・ローゼルを愛している。この真実は、永遠に揺らぐことはない』
書き終えた瞬間。
手帳がこれまでにないほど強く発光し、その光が私とジークヴァルト様を優しく包み込んだ。
「……っ、エルセ、君は……」
ジークヴァルト様が、驚いたように目を見開く。
冷徹な「氷の獅子」の瞳に、熱いものが込み上げているのが分かった。
「君は本当に、とんでもない女だ。……私の心臓を、これほどまでに狂わせるとは」
彼は私の手からペンを取り落とさせると、そのまま私を深く、壊れそうなほど強く抱きしめた。
重なり合う鼓動。
熱い唇が、私の唇を塞ぐ。
それは、どんな魔法よりも強力な「事象の固定」だった。
「愛している、エルセ。君がそう記した以上……もう、一生離してはやらない。地獄の果てまで、君を私の隣に繋ぎ止めてみせる」
「……ふふ。望むところですわ、私の王子様」
背後では、セラフィナ様が感極まって号泣し、ラピス様が「あああ! 愛の事象が固定された! 歴史的瞬間ですぅぅ!」と叫びながら必死にメモを取っている。
空には、かつてないほど美しい星々が瞬き始めていた。
地味で無能だと蔑まれた一人の令嬢。
彼女が記し始めたのは、誰にも邪魔されない、最高に幸せな愛の物語。
――私たちの真実は、今ここから、永遠に刻まれていくのだ。
(第1章・完)
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
第1章、ここに完結です!
エルセの自立と、ジークヴァルト様への愛の告白……。
最後に「幸せの事象」を確定させたシーンで、皆様の心にも温かな光が灯っていたら、ミラは最高に幸せです。
「第1章完結おめでとう!」
「続きの第2章も絶対読みたい!」
と思っていただけたら、最後にぜひ【☆☆☆☆☆】の評価とブックマークを、ポチッとお願いいたします!
皆様の星の一つ一つが、第2章を執筆するための大きな原動力になります。
第2章では、エルセの力を狙う「隣国の魔手」や、ジークヴァルト様の「さらなる過保護爆発」、
そして没落したジュリアンたちの「惨めなその後」をさらに深掘りしていく予定です。
エルセとジークヴァルトの物語は、まだまだ始まったばかり。
これからも、最高のカタルシスをお届けします。どうぞ、お楽しみに!




