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当て馬、かませ、モブ!

強盗は出ません。

 オークの村に佇む、眼球魔族。その視線の先には絶命したオーク達の死体がある。



 ――轍を辿って来てみれば、この有り様か……

 ――然程、腐敗していない……

 ――死んだのは一日程前か?



 オークの死体には、二種類の傷があった。

 一つは斬撃による傷。そして、もう一つは小さな金属塊を撃ち込まれた傷だ。



 ――この金属塊、全く魔力を感じられない。

 ――何故だ?

 ――人間の新しい技術か……?

 ――いや、それは無いか……

 ――魔力の全く無い物など存在するはずが無いのだから。

 ――なら、コレは何だ……?



 オークの死体から摘出した金属塊を、触手の上で転がしながら思考する。


 オークの死体は大まかに分けて二ヶ所にあった。

 金属塊による傷のみの死体が多い場所と、斬撃の傷も混じった場所。

 その事から、眼球魔族は『戦闘は二度に分けて行われた』と推察した。



 ――では何故、二度に分けた?

 ――斬撃による傷……援軍を待ったのか……?

 ――まさか、一時停戦にオークが同意したとは思えん。


 ――援軍が来るまで逃げ回った?

 ――魔力の無い未知なる武器を使い、オークを十頭以上殺せる実力を持ちながら逃げる必要があるのか?


 ――仕方ない……

 ――一度、情報を持ち帰るとするか。



 眼球魔族は長考の末、これ以上轍を追う事はせずに引き返す判断をした。

 相手が未知なる武器を使う可能性が高い中、深追いは危険過ぎる。



 ――……だが、その前に少し遊んで帰るか。




 まるで何かを見透かすかのように、視線を村の外へと向ける。

 そこには痩身の男と、それに付き従う男女の姿があった。


 彼らはまだ眼球魔族の存在に気付いていない……




 ※※※




「……オークの村、か」

「マウテア様、やはり一度引き返した方が宜しいのではないでしょうか。

 オーク討伐を終えた騎士団とすれ違ったやもしれません」



 痩身の男マウテアの呟きに、女従者セマカが意見を述べた。それに賛同するように、小肥りの従者ブモも球体の魔具を差し出す。

 硝子のように透き通った球体の魔具には、俯瞰するようなアングルから村の全体映像が映っている。



「このように村の内部には、オークの死体が点々と御座います。

 また拙者の探知魔法にも、半径五百メートル以内に魔族や魔物の反応はありません」

「ありがとう、ブモ。

 …………うん、そうだね。念のため、一度街へ戻ろうか」



 少し思案した後、マウテアはそう決断した。

 正直なところ、村へ入り、より正確な情報を得たいとも考えていた。

 しかし、何故か嫌な予感がするのだ。

 冒険者としての第六感が『早く村から離れろ』と警告している気がする……


 ブモの探知魔法は優秀だ。

 冒険者のランクは総合的な能力や実績により決定される為、第四級冒険者のブモだが、探知魔法にかけては第二級冒険者にも引けをとらないレベルである。

 そのブモをも欺く敵は、今まで会ったこともない。

 彼の言う通り、村に入ってもオークの死体があるだけだろう。


 自らの勘よりも仲間の助言に従う事にしたのだ。





「じゃあ、少し急いで帰ろうか。

 日が暮れる前に森を出よ――ッ!?」



 後ろに控えるブモとセマカの方へ向きながら放った言葉は、突如湧き立った膨大な魔力のプレッシャーによって途切れた。


 ――なんだこの魔力は!?

 ――敵はいないはずだろ!?

 ――それに、この魔力量。勝てる相手じゃない!


 そう瞬時に判断したマウテアが、ブモとセマカに向けて声をあげる。



「戦闘体勢だ! そして隙を見て全力で逃げるぞ!

 ブモは策敵、セマカは防御壁を張れ!」

「応!」

「御意!」



 咄嗟に指示を飛ばしながらマウテア自らも奇襲に備えるべく、セマカの防御壁に重ねる形で土の防壁を造り出す。


 瞬間、槍の如く鋭い雷が、生み出されたばかりの壁を突き抜けた。

 瓦解していく壁。


 その先に、そいつは居た。


 策敵するまでもなく、この身を押し潰さんとする圧倒的な魔力はそこから放たれている。


 ――眼球?


 スローモーションのように崩壊していく壁の先に居たのは、眼球に数多の触手を生やした異形だった。

 その異形が、壁の破片と同じように、やたら緩慢な動きで触手のうちの一本を掲げる。


 ――やばい。

 ――防御……いや、回避!



「跳べぇぇぇえええ!!」



 マウテアの切迫した叫びと、眼球の異形が触手を振り下ろしたのは同時だった。


 魔力を足に籠め、人の限界を越えた跳躍をした三人。

 その彼らが一瞬前まで立っていた場所を、触手から放たれた漆黒の刃が深々と抉った。

 その威力たるや、大地に数メートルの切れ込みをつくり、衝撃によって、体重の軽いマウテアとセマカが後方へ吹き飛ばされた程だ。



「ぐっ! “硬空”!」

「“変重”!」



 吹き飛ばされたマウテアとセマカ、それぞれが魔法を発動した。


 “硬空”により空中を足場にし、なんとか踏み止まったマウテアが、続けて四本の燃え盛る剣を宙に形成する。

 その剣が弾丸のように眼球の魔族に襲いかかった。


 そして、その剣に混じり眼球魔族へと迫る影が一つ。

 重力の強さとベクトルを変化させたセマカだ。


 だが、燃え盛る四本の剣は眼球魔族へと迫る軌道上で、氷の杭に(ことごと)く撃ち落とされてしまった。

 氷の杭を紙一重で躱したセマカも、次に迫る岩の弾丸に掠り、勢いが削がれた。




「チッ!」



 眼球魔族の驚異的な魔法発動速度に舌打ちしながらも“変重”を解き、次の攻撃のために魔力を練りながら着地するセマカ。

 彼女の目に、巨大な炎柱が映った。遅れてビリビリと大気を震動させる轟音と身が焦げるほどの熱風。


 ――あれはブモの……!


 思わず魔力を練る事も忘れ、空へと伸びる炎柱を見上げた。


 セマカがあの炎柱を見たのは、これで三度目だ。

 一度目は街を襲う魔族との戦闘で、二度目は少し前にあった魔族との戦争で。

 ブモのこの魔法を前に、灰塵にならなかった敵はいない。

 探知魔法以外にも爆発系の魔法に適性のあったブモの最後の切り札だ。


 ――でも、こんなタイミングで発動するなんて……


 この切り札は万全から一気に枯渇寸前まで魔力を消費する。

 そして、ブモ自身も満身創痍のダメージを負うのだ。

 退避を前提とした戦いで使う技ではない。


 ――じゃあ、ブモは……!



「セマカ!」



 天を衝く炎柱に目を奪われていたセマカを呼ぶ声が聞こえた。マウテアだ。

 セマカの手を強く握り、炎柱とは反対方向(・・・・)へと駆け出した。


 そのマウテアの背中は、ブモが身命を()して作った隙を無駄にするなと物語っていた。




 ※※※




 ――この程度か……

 ――遊びにすらならん……


 空を焦がす炎柱に包まれた眼球魔族は呆れていた。

 この程度の炎は、火魔法に耐性の無い眼球魔族でも身体を魔力で膜のように包むだけで簡単に防ぐことが出来る。


 片や、その魔法を発動したブモと呼ばれる男は、苦悶の表情だ。


 ――人間にしてはそこそこの威力だが、自らもダメージを負うとは何と憐れな事か……



「……“○◆▽”」



 眼球魔族の心底つまらなそうな詠唱と共に、ブモは跡形もなく消滅した。

 それに伴い、猛々しい炎の柱も急激に細くなっていき、消え失せた。


 残ったのは円形に炭化した大地と無傷の眼球魔族。

 その視線は、無様に背を向けて逃げるマウテアとセマカの姿を捉えていた。



「“○◆▽”」



 再び魔法を唱え、その二人の前に転移する。

 空間を歪めながら突然現れた眼球魔族に、マウテアとセマカの表情が恐怖に染まった。



「……そんな……無傷だなんて……」

「ブモ……」



 仲間が命懸けで放った魔法を受けても傷一つ無い。それどころか、勇者を含めても使える人間は十人にも満たないと謳われる転移魔法を易々と使う異形の姿に足が竦む。



「うがぁぁぁあああ!!」



 逃げる事も出来ず、死ぬ以外の選択肢が無い中、マウテアが自暴自棄に地を蹴った。

 敵わないと知りつつも剣を掲げ、眼球魔族に肉薄する。


 マウテアの上段からの一撃を、触手の一本で軽くいなす。

 魔力を全身に巡らせ最大限まで身体能力を強化したマウテアは、腕の筋肉がブチブチと切れる音を感じながらも、いなされた剣の軌道を無理矢理変える。

 横からの一撃。


 それを再度いなそうとする触手が、剣へと至る直前に地面へと引き付けられた。

 セマカの“変重”による重力操作だ。


 そして、マウテアの横薙ぎが眼球魔族の本体を裂いた。

 だが、浅い。


 残心するマウテアを貫かんと触手が伸びる。

 それを防ぐ為、セマカが防御壁を張った。



 しかし、その防御壁が完成するよりも先に、触手がマウテアの身体を貫いた。



「……ぐっ! ぁが……」

「マウテア様!」



 血を吐きながら苦痛に満ちた声を溢すマウテアに、セマカが駆け寄る。



「マウテア様! マウテア様!」

「……馬鹿……早く、逃げ……」

「嫌です! 今、治癒魔法を!」



 血を滴らせる触手を抜いた眼球魔族は、何を考えているのか、寄り添う二人の人間をただただ見つめている。

 マウテアによる傷もいつの間にやら完治している眼球魔族なぞ眼中に無いかのように、一心不乱に治癒魔法を施すセマカ。

 それに対し、マウテアが息絶え絶えに逃げろと急かす。


 ――泣かせる主従関係だな……

 ――ワタシに一撃を見舞ったのだ。

 ――ならば、褒美をやろうか……



「“◆××□◎▽”」



 傷口に手を(かざ)し治癒魔法を掛けるセマカと、うわ言のように逃げろと繰り返すマウテアに向け、眼球魔族が詠唱を施した。



「……え?」



 最初に、疑問の声がセマカからあがった。

 傷口に翳した両腕が、意思とは関係無くマウテアに絡み付いたのだ。

 マウテアの腕も、セマカを抱き寄せるように動く。


 一瞬、状況も忘れて視線を通わせる二人。

 その呆けた顔も、次には絶望に染まった。


 両者の腕が間接を無視して、嫌な音を立てながら相手に絡み付く。

 重なりあった二人の両足が、腕と同様に、骨を砕き肉を千切りながら絡み合う。


 絶叫する二人だが、それも長くは続かなかった。

 首が伸び、同じように絡まり合ったのだ。


 ベキベキブチョブチョと肉体が歪な音を奏でながら融合していく様子を、静かに見つめる眼球魔族。


 ――死にたくなかったのだろう?

 ――いつまでも二人でいたかったのだろう?

 ――ならば、その願いを叶えてやろう。


 やがて、音が消えた。

 マウテアとセマカだったモノが、ゆっくりと立ち上がる。


 ソレは筋骨隆々の肉体に四本の腕を備え、人の倍はあろうかという長い足、頭部は一つだが、全身に目玉を浮かべた化け物だった。



「……MEGYaaaAAAaaaAAA!」



 化け物があげる産声に、眼球魔族が一つの命令を下す。


 ――『魔力を有していないものを探せ』

 ――『とりあえずは、ここから近い人族の街だ』

 ――『その眼に映る人間は皆殺しにしろ』


 命令を受けた化け物が、叫びと共に地を蹴った。

 それだけで大地がひび割れ、風圧で木々が道を空けるように薙ぎ倒れる。


 狂ったように走り去る化け物を見送った眼球魔族は、踵を返した。



 ――さて、帰るか。

 ――つまらん遊びだったが、玩具を作れただけでも満足するとしよう。

次はようやく街に着くので、強盗四人が強盗らしく強盗する予定です。

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