下
「まだかな、まだ来ないのかな?」
「『放浪の賢者』様は忙しいんだ。そんなにすぐに来れる訳ないだろ!?」
「でも、早くしないとケンイチさんが言ってた時期が過ぎちゃうよ?」
五番目の勇者が住んでいる村はあまり交通の便のいいとは言えない場所にあるのだが、彰人にとってはそんな事は関係ない。志貴を通して伝言を受け取った彰人は、玄関から出るのと同時に能力を使い、村へと降り立った。
地球原産の米や野菜達は、村を取り巻く環境を大きく変えた。
あまりの貧しさに村を含んだ領土を治めている領主に、毎年決められた量の麦を納めさせるだけで、あとは無視されているような場所だった。もちろん、そんな商売にならない場所にわざわざ足を向ける商人もいない。貧しい中での自給自足で続いてきた村に、最近では領主だけでなく国の、いや他国の施政者達も目を向け、商人達も大商人と呼ばれるような者達が我先にと出向く場所になっている。
これは勿論、これまで存在しなかった米と野菜達、そして志貴と彰人によって貸し与えられた農具やその他の便利な道具の数々の為だった。
毎年毎年、きっちりと定められただけの麦を納めることが領主から村に強いられていた。収穫が増えた年であろうと、収穫が思わしくなかった年であろうと、その量が変わることはない。一年に一度、領主の下へ麦が積み込まれた荷馬車を引いてやってくる村人の顔や姿は、同規模の他の村から訪れた者達のそれよりもくたびれ、薄汚れていた。
だというのに、勇者の神託が世界中に下ってからというもの、彼等の姿は年々豊かさを享受する者のそれとなっていった。顔も明るく、健康的な姿で、あっさりと麦を置いて立ち去っていく。領主のお膝元である街であれやこれやと物を売り、買う姿も目に付いた。
これは何かある、と素早く行動を始めたのは、街に根を降ろす商人達だった。官吏などよりも腰の軽い彼等は村へと向かい、その驚くべき光景を目の当たりにした。
誰一人として表情を暗くなどしていない、皆が笑顔で畑の中、見たこともない野菜などを手にしている光景。
それから商人達は、足繁く村に出入りするようになった。
珍しい野菜は村だけで消費しきれない程採れるらしく、村人達は嫌がる素振りも見せずに売ってくれた。そして、売って得た貨幣で商人達が持ち込むものを買ってくれるのだから、商いを生業とするものとして機会を逃すわけは無い。
それから二年の歳月が経ち、村には嘗て無いほどの活気が満ちている。
それは、彰人が降り立った村の入り口からもはっきりと見て取れることだった。
村の入り口に何台も停められている、商人達の幌馬車。村には宿泊出来る店や余分な建物が無い為、商人も護衛として雇われてきた冒険者達も、村の入り口に夜営するしかない。その様子も、村の入り口には多数残されているのだ。
「あっ!『放浪の賢者』様だ!」
此処も賑やかになったなぁ、なんて年寄りのように感慨深げにシミジミと呟きながら村に足を踏み入れた彰人に、村の子供達が歓声に近い声を上げた。
子供達も変わった。前は、家や村の大人達の手伝いや簡単な仕事に追われ、ヘトヘトになっても碌な食事も取れなかった。町や恵まれている村では簡単にでも子供が教わる読み書きも受けられない。そのせいか、村での生活を嫌って飛び出ていったとしても、碌な仕事に就くことも出来ずに、人には言えないような仕事に落ちていったり、滅多に無いことではあるがそう月日も経たない内に死んだという知らせが来ることになる。知らせが来なかったとしても、生きているのかも分からないような状況だった。
だが、今は違う。『天の御方』によってもたらされた道具が子供の手を不要にし、ケンイチによって子供達は算数を教わった。文字の読み書きも、出入りを始めた商人に頼み教える事が出来る者を招いた。
食事も充分過ぎる程得られる環境に、子供達は表情を輝かせながら日々を過ごせている。
彰人の存在に気づいた今も、この二年で見られるようになった、手伝いと勉強の合間に村の広場で遊んでいる所だったらしく、彰人の周りに子供達がわらわらと集まってきた。
「…やぁ、ケンイチさんは何処かな?」
『放浪の賢者』と呼ばないで欲しい、と言おうとして彰人だったが、どうして、なんで、という子供達の純粋な目での疑問攻撃が待ち構えていると予想が付いたので、それは止めた。そして、彰人を村まで呼んだケンイチの居場所を尋ねたのだった。
「呼んでくる!」
彰人としては、ケンイチの居る場所を教えてさえ貰えれば、自分でそちらに向かう筈だった。なのに、子供達は彰人の問い掛けにパッと顔を輝かせ、子供達の中で顔を見合わせると数人が大声で告げて駆け出していった。彰人が制止しようにも、子供達は戸惑いの混ざった彰人の声よりも早かった。
「彰人君。ごめん、ごめん、呼び出しておいて待たせてしまって」
「いや、今来たばかりですよ」
五人目の仮・勇者ケンイチは野舘健一という、ある商社に勤めて10年になるサラリーマンだったらしい。三十の後半に差し掛かろうとしている外見は、同じ日本人である彰人からすれば順当なものなのだが、村人達からは今だに半信半疑なのだと、初めて会った時に人の良さそうな顔で苦笑していた。実家が農家だから米作りや畑作業についても知識があり、それを生かして村で生きていこうとしていた彼は、彰人が持ち込んだ志貴の提案と契約を大喜びで受け入れた。それからというもの、志貴や彰人と話し合いながら村の発展に努めている。
だから、今回の呼び出しも、そういった村を豊かにする為の何かに関することなのだろう、と彰人は考えていた。
「実は、僕ではなくて、この子達が頼みたい事があるんだ」
「この子達って」
周囲を取り囲む子供等は全員、キラキラと目を輝かせて彰人を見上げている。
そして、せぇーの、という声を上げたかと思うと、彼等は一斉に声を上げた。
「「「お祭りがしたいです!!!」」」
『放浪の賢者』様、お願いがあります。そう言って切り出した頼みは、彰人も予想していなかったことだった。お祭り?どういうことだ、と健一を見た。
「米を収穫している時に、収穫を感謝するお祭りがあるっていう話を子供達にしたんだよ。それで、お祭りについて聞かれて、立ち並ぶ屋台を回るのが楽しかったって事を話しちゃってさ。それから…」
「『放浪の賢者』様。お祭り、出来ませんか?」
たこ焼き、焼きそば、リンゴ飴。
わたあめ、じゃがバタ、カキ氷。
射的、輪投げ、サメ釣り。
子供達がそれぞれに、健一の話に聞いた定番の屋台を歌っているように、ウキウキと大きな声にした。
わぁ、懐かしいなぁ。彰人はその言葉の数々に懐かしさと、どうしようかという戸惑いを覚えた。
が、ある事を思い出して表情を一変させ、ポンッと手を打った。
その反応に、子供達は期待が篭った目を彰人に向け、そして息を飲んで声を潜めた。
「たこ焼きとたい焼き、カキ氷、あとわたがしは何とかなるかも」
それらを作るのに必要な鉄板や型、カキ氷機の何故か業務用、わたがしを作る機械が志貴の家にはしまいこまれていた。それを整理と掃除をした彰人はしっかりと目にしている。材料さえ揃えれば、それらはどうにかなるだろう。
「材料というと、小麦粉は米を主食にしてから余っている分があるし、そのまま再現しなくてもある材料で作ってみればいいかなと思っているんだけど」
「前、海の方に行った時に、勇者の一人が海苔作ってたよ。タコっぽい食べ物もあったし。氷は上の、冷凍庫で作れないかな?」
戸惑いはしたものの、実は彰人は祭りと聞いて乗り気になっていた。懐かしいそれの雰囲気を少しでも再現出来れば、楽しいだろうなという思いに駆り立てられる。
「うん。もうちょっと詳しく話し合いますか」
彰人は健一と共に、彼が住んでいる家へと向かった。
外で話をするには、子供達だけでなく商人の目や耳がある。それに、此処では志貴に連絡が取れないのだ。道具を借りるにしても、持ち主である志貴に許しを取らないことにはどうにもならない。
付いて来たそうな子供達に断りを居れ、二人は家の中に入った。
そして、彰人は志貴と連絡を取る為の道具を荷物から取り出した。
「志貴君。あのさぁ…」
それはトランシーバー。
上空を漂っている志貴の家と、地上を移動している際の連絡手段として、これまた三つの部屋から発掘したものだった。距離としては20~30キロが受信出来るものらしいのだが、それ以上に離れている場所でもしっかりと使用できている。多分、天使達がどうにかしているのだろう、と彰人は考えないようにして使用していた。ちなみに、このトランシーバーは買ってみたのはいいものの日本の法律に引っ掛かってしまう品物だったことを弁護士をしている親族に指摘され、使うことも出来ずに部屋に放り込んでそのまま、という新品だったらしい。
《なんだ?》
返事が返ってきたのを確認し、彰人は事の話を説明した。そして、機械を使う許可と何かアドバイスを貰えないかと問いかけた。
《…好きにすればいい。壊すなよ?》
「壊したら、ドワーフさん達にちゃんと直して貰ってから返すよ」
《壊すこと前提だと?》
「いや、だって。屋台をやるなら、村の人達に手伝って貰わないとでしょ?初めて見るものを初めての機械で作るんだから、絶対トラブルがあると思うんだよね~」
《なんだ。プロを連れて来るんじゃないのか》
トランシーバーからの志貴の言葉に、彰人も健一も首を傾げた。
祭りの屋台のプロって?
《裏社会で勢力を増していっている、勇者の集団が居るだろう。あれらなら、テキ屋は慣れたものだろう》
「あっ、そっか。でも、そうなると彼等をこの村に連れてこないといけないよね?」
彰人も、健一も、眉をしかめてトランシーバーを見つめた。
借金取り達に、それに追われた人。
彼らは勇者としての力を手に、こちらでも社会の裏に属する立場を築き上げた。やはりというか、異世界などにある意味で慣れている青少年達とは違い、若い頃から荒れ暮れた道を進んできた彼らは理解することにさえ時間がかかり、理解しきれぬ内は戸惑いが強く絶望しかけたいた。そんな彼らを救ったのが、借金を返すことが出来ず彼らに終われていた男だった。男によって絶望を避けた彼らは一致団結して、今では知らぬもののいない一大勢力となっている。複数の勇者が力を合わせている組織、裏社会だけでなく、その名は轟いた。
同じ地球人。
だが、ヤクザと聞いてしまうと、関わりになりたくない、と彰人も健一も思うのだ。怖い人、乱暴をされて村に酷い被害が出るかも知れない。
《天使達によれば、全ての勇者が村に興味を持っているらしい。まぁ、隠す気もなく堂々と、大規模に米や野菜達を作っているんだ。それも仕方ないだろう。》
勇者の一人が関わっている米作り。
どれだけこの世界に馴染もうと、故郷の味を忘れられるわけがない。
《下手に企まれて干渉されるよりも、堂々と招けば被害は少ない》
世界で唯一ともいえる和食の完全再現が可能な村を巡って、勇者達がどんな争奪戦を繰り広げるか。
トランシーバーの向こう側で志貴が『暴走』を始めた気配を感じたが、彰人はそれをトランシーバーをしまうことで無視した。
「志貴君の所から機械は借りれることになったし、彼の言う通りテキ屋はプロに任せるとして。あとは…」
刀に銃、それらの改良などを頼んで以来懇意にしている、『契約』済みでもあるドワーフ達に頼んだらどうだろう、と彰人は提案した。
射的に輪投げ、それに必要な道具から商品まで、彼等なら出来るだろう、と。
下なのに、まだ終わらないです。