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友との別れ、平和な世界の訪れ


 まあ、それにしても大半帰ったとはいえそれなりの数の貴族がいる前で初めて会った時のような対応をされていないだけマシかしら?

 あの頃を思い出すと確かにずいぶん成長されましたわね、ヒメナ様。

 同じ女性があんなに短いスカートを履いて、さらにはテーブルに足を乗せ暴言を吐きながら初対面の他人に土下座を強要。

 それだけに留まらず紅茶を頭にかぶせてくる。

 あの頃を知っている身としては、今日のヒメナ様の成長には涙を禁じ得ないわ。

 

「ヒメナ様、本当に頑張ったのですね。まだまだ足りないところは多いですが、すごく真人間らしく振る舞えるようになって……」

「え?」

「え……?」

「ね、姉様……?」

「かなり失礼なことを言われていたように思うのだけれど、ロゼリア?」

「いえいえ、初対面の時のことを思い出すと、本当に成長されたと思いますわよ」

 

 ヒメナ様がエルキュール殿下に連れられ、半ば強制的に会場から去ったあと公爵夫妻とユシス、アリスにすごい顔で見られた。

 しかし、初対面現場にいたブリジット様が遠い目をしながら「……確かにアレから今日のアレならば……マシにはなっている……のか?」と呟くから全員が困惑の表情になる。

 なぜかハレノ様が顔を真っ青にして「あの節は本当に本当にっ……」と謝り始めたのでハレノ様は謝る必要がないのですよ、と言い聞かせることになった。

 

「ハレノ様はなにも不安に思わなくてもよろしいのよ。ただ、ユリッシュとの未来を考えて、幸福であってくださればよいのです」

「ロゼリア先生……」

「ヒメナ様はわたくしと公爵夫人が、存分に躾けてからお帰しいたしますわ。貴族女性というものがどういうものなのかたっぷりと染み込ませて、淑女というものがどういうものなのかをちゃんと理解してから。ええ、たくさん材料は集めてありますのよ。てっきりこの場でもっと大胆に攻めてこられるかと思っておりましたのに、思いの外弱々しい攻勢でわたくし拍子抜けしているところですの。残念ですわ、初対面の時くらい困らせられてしまうのかと思いましたのに。だからご安心なさって?」

「あ、あれ……? 急に安心する要素がなくなって……?」

「あははははー」

 

 ユリッシュはなにを笑っているのかしら。

 ハレノ様が怯える理由がわからないわ。

 不思議ねえ?

 だって、せっかくお金と人を使ってたくさん情報を集めたんだもの。

 使わなかったらもったいないでしょう?

 なにより、わたくしの可愛いアリスが歌姫になれなかった月があるのよ?

 ハレノ様も元の世界にいた頃からいじめられていたと言うし……それなら理解してもらうのが一番ではなくて?

 

「ほほほ。そうね。しっかりと礼儀作法を覚えて帰っていただきましょう」

「まあ! 公爵夫人もやる気になっていただけて嬉しいですわ」

『………………』

 

 なぜか全員に沈黙をされた。

 不思議ねぇ?

 

 

 

 ◇◆◇◆◇

 

 

 

 エルキュール殿下とヒメナ様の婚約発表後の方が大変だった。

 会場から去ったあと、控え室でそれはもう、ヒメナ様は大荒れだったそうな。

 今まで皮をかぶっていたヒメナ様しか知らないエルキュール殿下と護衛騎士たちは、その荒れっぷりにドン引き。

 ああ、本当に自分たちは騙されていたんだな、と思い知ったそうな。

 気づくのが本当に遅い。

 しかし、そのくらい上手く本性を隠していたということで。

 そこはさすが、と言わざるを得ないでしょう。

 ただし、その本性を見て誰もが公爵家への行儀見習いを急がせた。

 ブリジット様は『元の世界に戻すのは一人一人』と言い放ち、先にハレノ様とユリッシュを送る、と明言したおかげでヒメナ様も歯軋りしながら了承したそうな。

 そしてわたくしはハレノ様が元の世界に帰るまで、多くの思い出作り。

 ドレスやワンピース、帽子や小物を大きなバッグに入れて持たせる。

 一ヶ月なんて、本当にあっという間。

 送還の日、みんなでお見送りするために登城した。

 

「ハレノ様、どうぞお元気で」

「はい! 色々、本当に色々……ありがとうございました! ロゼリア先生!」

「ハレノちゃん! 絶対絶対! 幸せになってね! ユリッシュ様となら絶対大丈夫だとは思うけど……」

「うん! うん! もちろんだよ、アリスちゃん! 私、絶対みんなのこと忘れません……! 絶対!」

「大丈夫ですわ! 力が戻った女神ソアリアの祝福を授けたのです! ハレノはわたくしを解放してくれた特別な聖女。未来永劫、幸せ確実です!」

「……うん、ありがとう、フィアナちゃん」

 

 みんなと抱き合い、一人一人と挨拶を交わす。

 この世界に来た時、ハレノ様は不安でいっぱいだったと言っていた。

 けれど今は、大勢の人に見守られ、惜しまれながらも祝福された“門出”となっている。

 

「そろそろ儀式を始めるぞ」

「は、はい」

「お兄様、ハレノ様とお幸せに!」

「必ずや、聖女様を幸せにして一生お守りするのだぞ! 心変わりなどパシュラール公爵家の名の下に許さぬからな!」

「もー、わかっています! フィアナも、息災でね」

「ええ」

 

 あれほどのシスコンがこれほどあっさりと手を合わせて別れを告げる。

 なんだか中身が変わってしまったんじゃと疑うほどに爽やか。

 ユリッシュも恋をして変わったということなのかしら?

 なんにしても、兄妹の今生の別れにしてはとても簡素。

 いえ、ユリッシュのことだから、家でたっぷり別れを惜しんだのでしょう。

 そう思うと、ユリッシュもおとなになったのね、と。

 

「魔方陣の真ん中へ。ジッとして、飛び出さないように」

「はい」

「では始める」

 

 ブリジット様が詠唱を始める。

 一ヶ月かけてブリジット様が溜めてきた魔力の魔石が少しずつ光を強めていく。

 わたくしたち以外に、数名の魔法師団の魔法師が同じ呪文を唱え始めると膨大な魔力が溢れんばかりに魔法陣に流れていく。

 驚くことに、魔力が濁流のように流れているのにどんどん魔法陣の中に吸収されてどこかに消える。

 異世界に通じているのね。

 この魔力がハレノ様への世界に道となって導くのだと思えば、この消費量も頷ける。

 どうかハレノ様が無事に、元の世界に帰れますように。

 必要ならわたくしの魔力だって、使ってもよかったのに。

 

「ロゼリア先生!」

「え」

 

 光が集まる。

 そんな中で名前を呼ばれて顔を上げると、ハレノ様が顔をくしゃくしゃに歪ませ、涙を浮かべながらもう一度口を開く。

 

「一番最初に、信じてくれて……ありがとう!」

 

 光に包まれるハレノ様とユリッシュ。

 収縮し、いつの間にか二人の姿は消えていた。

 ハレノ様とユリッシュは、無事に行けたのだろうか?

 

「ロゼリア先生、泣かないで」

「え? もちろんよ、フィアナ……あら?」

 

 袖を引かれ、上半身を屈めると顔からなにか落ちる。

 涙?

 わたくし泣いていたの?

 驚いて目許を拭うと、ブリジット様が柔らかな眼差しでわたくしを見つめていた。

 まあ、ずるい方。

 

「大丈夫ですよ、フィアナ。友人の輝かしい未来を思えば、寂しさは今だけですもの」

「そう?」

「ええ。やるべきことが山のようにあるのですもの。泣いて別れを惜しんでいる場合ではありませんわ」

 

 フィアナが女神ソアリア様と同化したことやバミニオスが討伐されたことを国内外に大々的に報告しなければならない。

 ラクルテル侯爵の爵位をわたくしに譲渡する手続きや、親類への根回し。

 新たにいただいた繋ぎの爵位の使いどころ、学校建設のための法整備。

 ブリジット様との結婚準備。

 公爵夫人とともにヒメナ様の教育も行わなければならない。

 あら? 本当にやることが多い。

 忙しすぎない? わたくし。

 

「そうね。やることはいっぱいあるわね。でも約束するわ。女神ソアリアの名のもとに、これからは女神に見守られて平和な世界を享受することになるのだから」

「まあ」

 

 幼くともすでに女神の自覚が出てきたのか、フィアナが小さな胸を張ってそう言う。

 平和な世界。

 そうね、もうバミニオスはいない。

 障兵も現れない。

 人間には人間の争いがあるけれど、女神ソアリア様の名の下に平和な世界があるのなら信じよう。

 

「ですがそれはそれとして公爵令嬢としてのお勉強は頑張りましょうね」

「………………………………もちろん」

 

 あら、なんだかすごく長い間があったわね?

 気のせいかしら?







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