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これが最後(2)



「――――」


 わたくしがブリジット様を見上げたのを、殿下はどう思ったのか。

 目を見開いたあと、ゆっくりと俯いた。

 唇をかみしめる。


「では殿下、しっかりと歯を食いしばってくださいませ」

「あ……」

「これが最後ですよ。わたくしはもう、殿下を叱ったりはいたしません。もう殿下に、なにも期待しないので」

「――――ッう」


 身体強化魔法を発動。

 わたくしが今まで殿下にかけてきた時間も、情も、なにもかも。

 これで最後。


「ふん!」

「ぐう!」


 渾身の右ストレート。

 ソファーの背もたれにぶつかってそのまま沈むように座り込む。

 あなたが自分で切り捨ててしまったのは、その痛みではとても……抗えるようなものではないでしょう。

 可哀想に、エルキュール殿下。

 あんな、たった一人の性悪女のためにあなたはわたくしとユリッシュだけでなく、他にも多くのものがあなたのもとを去ったし、失ったでしょう。

 可哀想な方。

 もうヒメナ様と結婚するしかないのに、当のヒメナ様はユリッシュを篭絡すべく公爵家に行儀見習いを申し出た。

 あなたが惚れ込んだ女性は、顔を見ただけで他の男に乗り換えようとしている。

 その乗り換え先は、とっくに愛する人を見つけてその人の世界に共に行くと決めているのだ。

 それを知ったヒメナ様は殿下のところに戻ってくるだろう。

 でも、もうその時点で殿下のことをなんとも思っていないとわかってしまったでしょう。

 わたくしとしてはここまで接してきてもなお、他者になんの情も抱かないのは逆にすごいと感じてしまうわ。


「失礼いたします。エルキュール殿下、ロゼリア様、ブリジット様、バミニオス討伐の褒美についてお聞きしたいと陛下がお呼びでございます」

「まあ、今ですか?」


 扉がノックされて開く。

 呼びに来たのは陛下の近衛騎士の一人。

 寂れたパーティー会場に戻るのは嫌なのだけれど……。


「パーティー会場に残っているのは高位貴族のみです。逆に都合がいい、と」

「なるほど」

「ふむ。陛下らしいな」

「殿下は動けますか?」

「……ああ」


 わたくしの拳は一応身体強化で強化した拳。

 殿下の頰にはバッチリ痕跡がある。

 その顔で陛下の前に出られないでしょう、と治癒しようとすると、手首を掴まれた。

 ブリジット様が殿下の手を掴み、無理やりわたくしの手から外させて頰の怪我を治癒すると殿下はブリジット様を睨みつける。


「その痛みは胸に刻むといい。でなくばロゼリアが手を痛めてまであなたを殴った意味がない」

「くっ……」


 まあ、それはそう。

 しっかりと胸に刻んでいただかねば。

 そのために殴ったのだから。

 近衛騎士は目を閉じて『なにも見ていない』アピール。


「――ふっ」


 パァン、と立ち上がるついでに殿下が自分の両頬を叩く。

 目を見開いた殿下の顔はだいぶマシになった。

 でも、わたくしもう殿下を信用はできない。

 見た目はさっぱりしているように見えても、中身はさっぱり反省していないかもしれないもの。


「大丈夫だ。ヒメナは俺が手綱を握る」

「そうですか? ……まあ、殿下が結婚する方ですもの。わたくしもぜひ、ヒメナ様には立派な淑女になっていただきたいですわ。助力は惜しみませんので、ヒメナ様にもそのようにお伝えくださいませ。――元の世界に帰る術があるとご存じな上で、この世界に残り殿下の妻となることを決めたということですら……今更帰るとはおっしゃらないでしょうけれど……それでもやはりお帰りになりたいと心変わりなさるかもしれません。その時は、殿下」

「ああ。その時は……ヒメナの気持ちを優先しよう」


 ハレノ様にはユリッシュがいる。

 ユリッシュはあれで女性を見る目はあるから、ヒメナ様に籠絡されることなどありえない。

 そのユリッシュが一緒にハレノ様の世界に行くのだもの。

 なにより、ハレノ様は強い。

 ヒメナ様が今更ちょっかいをかけたところで、ハレノ様は揺るぐことなどないでしょう。

 で、ヒメナ様はどのように身を振るつもりなのかしら?

 淑女の皮を被っていても、ユリッシュが自分のものには絶対にならないと知ったら本性を現すのではないかしら?

 それとも、それでも淑女の皮を被り続けるかしら?

 どんな反応をするのか楽しみね。

 というか、用意していたモノがなに一つ使えていない。

 このまま使わなくてもいいのだけれど……。

 ユリッシュに即、反応していたところを見るとなにか一つか二つは使うことになるかもしれないわね。


「面の皮の厚い女だ。このままでは引き下がらないだろう」

「ええ。よりにもよって上位貴族しか残っていないあの場で、どのくらいできるのでしょう? 楽しみですわね」


 にっこり微笑むと、ブリジット様が満足そうに微笑み返してくる。

 ずいぶんわたくしを観察して、わたくしを理解してくださっている様子。

 でもそれが自分でも存外嫌ではない。

 殿下と殿下の護衛騎士たちとともに部屋を移動し、公爵様たちとハレノ様に合流する。


「アリスとユシス、フィアナは帰ってもいいのよ?」

「い、いいえ。もしかしたら、わたしの証言が必要になることがあるかもしれないでしょう? わたしたちも同行させて、お姉さま」

「俺からも、頼みます。姉様」

「……そう。わかりました。その時はお願いね」

「わたくしも!」

「仕方がありませんね」


 あまりあの場に未成年を連れて行きたくはないのだけれど。

 フィアナは女神様の記憶を得たおかげでだいぶ、なんか……性格が明るく……ええまあ、いい意味でね? ……明るくなったような。




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