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勇気をくれる人


 入室した途端、滑り込むように土下座してきた。

 なんなら半分くらい泣いている。

 わたくしとユリッシュだけがいるのならば問題ないけれど、今は公爵ご夫妻やハレノ様、ユシスとアリスまでいるのに。

 さすがに止めた方がいいわよね。

 

「まあ、殿下。このようなところでそのような姿を晒すものではございませんわ。いくら“約束”があるとはいえ、それは時と場合によるでしょう? お話なら聞きますから、まずは座ってくださいませ」

「う、うう……」

 

 とはいえ、殿下の言いたいことはなんとなくわかる。

 だってわたくしたちが煽ったのだもの。

 あんなに簡単に釣れるとは思いませんでしたが。

 一応公爵家の使用人にお茶を頼み、隣の部屋に持ってきてもらえるように頼む。

 とはいえ二人きりになるのは嫌なので、ブリジット様とエルキュール殿下の護衛騎士三人にも同行してもらった。

 

「それで……ヒメナ様を説得してほしいとはどういうことですの?」

「ユリッシュと結婚したいと言い出したんだ……!」

「まあ……。淑女として努力しておられると聞いておりましたが、やはり中身は変わっておられなかったのでしょうか? ユリッシュの顔にあっさりと釣られたということですわよね?」

「そ……それは……わからないが」

 

 わからないわけないでしょうに。

 現実逃避はやめていただきたいものだわ。

 いえ、でもエルキュール殿下にとっては初恋、というものなのだもの。

 家が決めた結婚相手の幼馴染と違って、自分自身で選んだというのは大きいだろう。

 まあ、それにしても見る目がない。

 一応、人を見る目の教育も受けてきているはずなのだけれど……。

 

「わからないではありません。本当はわかっているのでしょう? 甘えたことをおっしゃらないで」

「ぐ……だ、だが……」

「殴らないと身が入りませんか?」

 

 聞いてみると、ますます渋い表情。

 殴るのはいいのよ。

 いや、本当はよくないのだけれど。

 殿下の護衛騎士たちも、なんとも言えない表情。

 わたくしと違ってずっと殿下とともにあるのだもの、複雑でしょうね。

 

「殿下、わたくしラクルテル侯爵家の当主になることにしましたの。婿にはブリジット・ジヴェ様が来てくださることになりましたわ。ですから、あなたの側室になるつもりもありませんの」

「ッ!?」

「わたくし、これでも反省しておりますのよ。喝を入れるという名目の元、殿下に注意を促してきました。ですがたった四ヶ月ばかりお側を離れただけでこのざまですもの。甘やかしすぎたのではないかと思ってしまいますわ」

 

 殴っても定期的に元に戻るのだもの。

 婚約者だからこそ、幼馴染だからこそ、わたくしは殿下を叱るという形で支えてきたのです。

 あなたの努力を一片でも無駄にしないために。

 

「確かにヒメナ様は努力をなさっていたのでしょう。それは今日のヒメナ様の立ち居振る舞いを見ていてよくわかりました。しかしそれはこの国のほとんどの令嬢が同じことをしています。わたくしは一度申し上げたはずですわ。そして、ヒメナ様と距離を置いてくださいませ、とも。なぜ距離を置いてくださらなかったのですか?」

「そ、それは……彼女の方が積極的に話しかけてきて……。む、無碍にすることなどできないだろう……!?」

「そうですわね。ですが、王太子として関わり合いになりたくないものとの距離の取り方はとうの昔に教わったでしょう? 城の中にいては遭遇してしまうというのであれば、それこそ行儀見習いに城から出せばよかったのです。お考えにならなかったとは言いませんわよね?」

「そ……それは……ま、まあ……」

 

 自覚したうえで受け入れているのではないの。

 それではわたくしの忠言を無視したということではない。

 頬に手を当てて、溜息を吐く。

 もう片手に、急に温もり。

 驚いて隣を見ると、ずっと黙って聞いていてくださったブリジット様が微笑む。

 急に、胸がスッと軽くなった。

 なんだろう、この不思議な感覚。

 わたくしを信じて本当に黙って一緒にいてくださる。

 この方が隣にいてくだされば、わたくしは――。

 

「正直に申し上げて、わたくし殿下とヒメナ様は婚約なさらないと思っておりましたわ」

「は……!? な、なぜだ!?」

「彼女には元の世界に戻る術が見つかったからですわ」

「な、なに!?」

 

 その反応に眉を寄せる。

 どういうことかしら?

 ブリジット様を見ると、わたくしと同じ反応。

 まさか、と思って殿下の後ろの騎士たちを見ると静かに目を見開いている。

 知らなかったというの?

 なぜ!? ブリジット様は確かに報告していたはず!

 

「殿下、発言をお許しください」

「あ、ああ」

「私は王宮に『聖女を元の世界に戻す方法』について、すでに報告書を上げております。殿下がご存じなかったのは意外ですが、バミニオスを討伐したのはさすがに聞き及んでおりますよね?」

「それは、さすがに父上に聞いているが……」

 

 ブリジット様と顔を見合わせる。

 なぜ殿下に入る情報に齟齬が出ているの?

 

「発言をお許しいただけませんか、殿下」

「なんだ?」

 

 そこに入ってきたのは護衛騎士の一人だ。

 そうだわ、殿下と常に一緒にいる彼らなら、なにか知っているのでは?

 

「ヒメナ様はご存じでした。意図して元の世界に帰る儀式について、殿下には話さなかったようです」

「な、なに!? ヒメナは知っていたのか!?」

「ヒメナ様の護衛騎士を担当していた騎士に聞きました。結婚するのだから帰る方法が見つかったなどという話を殿下にして不安にさせたくない、とおっしゃっていたと。騎士はその思慮深さに感心しておりましたが……」



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