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親離れ、子離れ(1)


 人を容姿で見下すなど、なんて情けないのだろうか。

 お父様がそんな方だったなんて。

 ……と、思ったけれど、真横でテーブルクロスを握り締め、わたくしを睨みつける継母を見るとそういえば最初からそんな方だったな、と思い直す。


「なぜご存じないのですか。まったく……。ともかく、ハレノ様は元の世界への帰還をお望みです。国としてもバミニオスを討伐した聖女様に最大の感謝と称賛をせねばならないでしょう。わたくしはハレノ様の後ろ盾として、ハレノ様を支えなければなりませんの」


 だから忙しい。

 暗にそう言って帰ろうとしているのだけれど、継母と顔を見合わせるなり、かなり冷静な顔つきになる。

 あれは、貴族の顔つき。

 ハレノ様を利用しようという、顔。


「そ、それならばラクルテル侯爵家として、ハレノ様を我が家の養子に迎えてはどうだ? 元の世界への帰還がお望みとは言っても、帰る手段などないのだ。エルキュール殿下もそれほどの功績のある聖女様と結婚をしないなどとは言えまい? たとえ元の世界へ帰る術が研究され始めるとしても、本当に元の世界へ帰るのは何年後になることか。それまで我が家の子女として、殿下の妃となれるようサポートすればいい」

「そうよ……。それがいいわ! お前が殿下に婚約破棄された今、その聖女が我が家の娘になれば万事解決じゃない! さっさとその聖女を我が家にお呼びしなさいよ!」

「……はあ……」


 溜息にもならない吐息が漏れる。

 ああ、本当になにも知らないのね。

 肩まで落ちてしまう。

 いけないわ、ロゼリア。

 淑女たるものそのような態度。

 せめて“本当に呆れた”顔をしなければ。

 相手は仮にも実の父と法的な継母よ?


「はあ……。お父様、引退なされた方がよろしいのではなくて?」

「な、なに?」


 気を取り直し、頰に手を当ててわざと大きな溜息を吐く。

 心底、がっかりとしたように見えるよう。

 ただし、言葉自体は本音である。

 お父様がもう少し情勢に敏感である“侯爵家当主”のままであれば、わたくしもこんなことを言わなかった。

 ほんの数ヶ月わたくしが家を留守にしただけで、ずいぶん馬鹿に成り下がってしまったものである。

 やはり隣に置く女がこう(・・)だと、馬鹿が移るのかしら?


「ブリジット様が遠征中に聖女送還の儀の手法をすでに開発されておられますわ。準備に一ヶ月ほど時間がかかるとのことです。それまでに陛下は世界への発表と、ハレノ様への感謝や褒賞をお与えになられるでしょう。お父様……本当にご存じなかったのですね」

「な……っ」

「ねえ、お父様。わたくし、先程忙しいのでもうよろしいかしら、と申し上げましたけれどその意味もわかりませんでしたの? いったいどうしてしまわれたのかしら? わたくし、今回はただお話を聞くだけにとどめようと思っておりましたが……」


 お父様がここまで馬鹿に成り下がったのなら、今ここで、言うしかないわね。

 継母のいないところで、と思っていたけれど。


「本当に、家督をわたくしに譲ってご隠居なされることを真剣に前向きにお考えくださいませ」

「なん……っ!」

「なんですって!? 急になによ!?」

「玄関から思っておりましたが、食堂の椅子もテーブルも調度品も、ずいぶん様変わりしておりますわね」

「話を急に変えるな! 本当に何様のつもりよ!」


 嫌だわ、継母はわたくしの言わんとしていることが通じていない。

 お父様は一瞬で顔色が変わったのに。


「わたくしの遠征手当はラクルテル侯爵家にお送りください、とお願いしていたものですから構いませんわ。家の運用費に当てていただければと思っておりましたもの。ですが、アリスへの歌姫依頼料と――わたくしの“お母様への”研究費や賞与金の横領はいかがなものでしょう?」

「う……っ」

「は? なによそれ……」


 お父様はわかりやすく顔を背ける。

 つまりはお父様の独断なのかしら?

 わたくしの遠征手当は別にいいのよ。

 継母の散財で傾き続けているラクルテル侯爵家の建て直し資金の一助になればいい、と思ってお父様にも託けを頼んでおいたから。

 でも、アリスの歌姫依頼料やお母様へ国から支給されている研究費、先日の論文への賞与金は違うわよね?

 それは二人の努力が認められて与えられているお金だもの。

 特に――お母様への研究費と論文への賞与は、無断で使っていいものなわけがない。

 お母様自身、根っからの貴族令嬢でお金への頓着がないから、そもそも研究費が支給されていることそのものに気づいていなさそうだけれど……。


「な……なぜ……」

「アリスとユシスが昨日言っておりましたわよ。わたくしの留守中に、お継母(かあ)様が屋敷の家具を総入れ替えしたそうですわね。わたくしの遠征手当とアリスへの依頼料だけでは、到底無理な額ですわ。では、他にどこから? と考えたら自然にわかります。まさか借金まではしていないでしょうし」


 と、鎌をかける。

 お父様の顔色がまた悪くなった。

 ……そう、借金も、したのね。

 お父様にお金を貸す相手なんて、お祖父様とお祖母様かしら?

 一人息子のお父様にはやたらと甘いのよね、あのお二人。

 あとはまあ、政略結婚でわたくしのお母様との結婚を無理矢理進めた負目かしら?



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