一方、勇者パーティーは
「いいお湯だったわねー」
賢者はローブをめくり、満足げに腕を撫でる。
一晩経ってもツルツルすべすべだ。
「このままここに永住したいぐらい!」
普段口数の少ない彼女がここまで饒舌だということは、相当上機嫌であることを示している。
「そうだな! 温泉に浸かりながら見る夕日は絶景だった」
パラディンも賛同する。
ふたりともよほど温泉が気に入ったらしい。
「魔王を打ち滅ぼしたら、またみんなで来よう!」
勇者が明るい声で笑う。
馬だけでなく勇者たちも、あんなに揺れる船で航行するのは初体験だった。
港に降り立っても尚、体が揺れる感覚が続きフラフラだった一行を癒したのが温泉だ。
旅を急ぐよりもまず回復。
温泉に浸かっては食べて寝るを繰り返し、温泉宿に二泊して今朝出発した。
先代の勇者と同じルートを辿る旅。『勇者伝』によれば、次の目標地点はエトフォ鍾乳洞だ。
サナリャ港からエトフォ鍾乳洞へ向かう道すがら、おさらいする。
「エトフォ鍾乳洞にいるのは岩石亀だ。無害そうな見た目だが放置しておくと無限に増える」
斥候の説明に皆が頷いた。
「俺たちの剣で斬れるだろうか……」
パラディンが己の剣と勇者の剣へ視線を交互に走らせる。
そう、相手は岩石だ。しかも大量にいるという。
「眞核さえ上手く攻撃できればバラバラになるはずだ。ただ、実際に見てみないと魔核の位置がわからない」
斥候が顔をしかめる。
魔核の位置が頭ならいいが、甲羅の中にあると厄介なことになるだろう。
「その時は私の出番ね」
相手が硬すぎる場合は物理攻撃よりも魔法攻撃で対処するほかないだろう。
賢者は氷のロッドを握り直した。
ほどなくして鍾乳洞の入り口に到着した。
「まずは俺が見てくる」
馬から下りた斥候が気配を消して鍾乳洞を覗き、浮かない顔をして戻ってきた。
「マズいな。魔核は体の中心、つまり甲羅の中だ。試しにナイフを突き立てみたが相当硬いぞ……」
勇者パーティー全員の顔つきが引き締まった。
「それでも行くしかない。あの鍾乳洞の最奥にある『ヒクイドリの羽』を手に入れないことには、先に進めないからな」
勇者が緊張した面持ちで言うと、全員が頷いた。
「まずは、剣が通るか確認だな」
「私は鍾乳洞の湿気を利用して雷魔法を使ってみるわ。うまくいけば一網打尽にできるかもしれない」
作戦を申し合わせた勇者たちは、鍾乳洞へと入っていった。
一刻後――。
ついに賢者が膝を折った。
「……ごめんなさい。魔力切れ……」
肩で息をする彼女の顔は、貧血を起こしたかのように真っ青だ。
賢者は宣言通り、雷魔法や氷魔法を駆使して岩石亀を制圧しようとしたのだが、数に負けた。
倒しても倒しても鍾乳洞の奥からこれでもかと湧いてくる。
勇者とパラディンも剣で援護を続けていたが、すでに刃こぼれが酷くあまり役に立っていない。
一番の目的はヒクイドリの羽なのだから、どうにか岩石亀たちの合間を縫って最奥までいけないかと斥候が試みてみたが、それも失敗に終わった。
「撤退だ!」
勇者パーティーは鍾乳洞から脱出した。
岩石亀たちは追ってはこない。
好戦的な性格ではないのは幸いだが、とにかく防御力が高くて難儀する。
夜行性だと聞いていたが、日の高い時間帯でも攻撃されれば活動が活性化されて動き回るのも厄介だ。
凶暴性がないのなら放置してもいいかと言えばそうでもない。
岩石亀の大好物が源泉から湧き出る湯の花で、夜になると温泉の噴出口に集まるという。
最近ではその数が増えて噴出口を塞いでしまうため、温泉の湯量が減って対応に苦慮しているようなのだ。
魔物がらみで現地の人々の困りごとを解決しながら進むことが勇者としての務めだ。
だからなんとしてでも岩石亀問題を解決したい。
意気消沈しているメンバーたちを、勇者は明るい声で励ました。
「よくやった。かなり善戦したじゃないか! ひとまず鍛冶屋を探して剣を磨いてもらおう。今日の反省点を話し合えば、きっと打開策は見えてくる」
「そうだな」
斥候も賛同する。
「賢者をゆっくり休ませてやろう。温泉宿があればいいんだが」
パラディンに支えられていた賢者は「温泉」という言葉に敏感に反応した。
「温泉! 入りたい!」
急に目を輝かせる賢者の様子に皆が笑い、失望感が払しょくされる。
「トライアンドエラーでいこう。とりあえずまずは、温泉宿と鍛冶屋だな!」
勇者パーティーは、エトフォ鍾乳洞から立ち去った。




