鬼牟田圭亮④
別に宮崎と仲が悪い訳ではない。皮肉屋なのは西脇の性格だ。「早速、系列の山口放送局と連絡を取って、神社の歴史に詳しい人物がいないか聞いてみます」
「是非お願いします。何か分かれば僕にも教えて下さい」
「勿論です。先生に教える為に調べるのです。分かったことは全て伝えます。フケでも、つまらないジョークでも、何でも飛ばしてもらって結構ですので事件を解決して下さい。期待しています」
「つまらないとはひどいなあ~」
圭亮が顔をしかめる。西脇は「はは」と丸めた台本で手を叩きながら高笑いした。二人の会話が終わるのを待っていた宮崎が近づいて来る。
「じゃあ、先生、後程」西脇が逃げて行った。
「かつて、町は振袖村と呼ばれていました」と藤代は言った。
藤代修は山口放送局の報道ディレクターだ。ローカル局からの中継で世話になっている。昨年も岩国の錦帯橋から桜の中継をしてもらった。今回の事件について色々、情報を提供してもらっている。貴重な情報源だ。
鬼牟田圭亮からの依頼もあり、西脇は会議室に籠って藤代とビデオ通話をしていた。
「振袖村ですか。優雅な名前ですね」
「北西部に広がる大笠山から町を見下ろすと、丘陵地帯に平地が振袖の形に広がっているように見えることから振袖村と呼ばれましたそうです。地元住人は今も今井町という地名より振袖村という地名に愛着があるようです。町には振袖アパートや振袖食堂といった振袖を冠する場所がたくさんあります。振袖村は平安の昔より三つの勢力家により支配されて来たと言われています」
「おやおや、時代がかった話になってきましたね。鬼牟田先生が好きそうだ」
「西脇さん。田舎なんて、大体、そんなものですよ。因習だ、しきたりだと、いまだに騒がしい」と藤代が言って笑った。
低音ボイスで顔を見るまで渋い中年男性を想像していた。だが、画面の向こうにいるのは度の強い眼鏡をかけた丸顔の中年男だった。温泉饅頭を想像させる。
「それで、村を支配して来た三家はどうなったのです?」
「その一つが碇屋家です。碇屋家は振袖の唯一の対外窓口と言っていい、振袖港を代々、支配して来た網元です。水産加工物の需要の高まりと共に碇屋家は網元としての地位を確立して行きました。漁業は今でも今井町の重要な産業のひとつです。その碇屋家の跡取り息子が――」
「被害者の碇屋恭一ですね」
「流石、西脇さん。ご明察。漁協の組合長を務める父親が体調を崩しているようで、最近は父親に代わって漁協を切り盛りしていました。百八十センチを超える堂々とした体躯で、筋肉隆々、腕は薪のようにブチ太かったそうです。学生時代は手のつけられない乱暴者で、町一番の不良としてブチ有名だったと聞きました」
ブチは地元の方言だ。英語のVeryと同じ使い方をする。後に続く言葉を強調している。
「人の恨みを買っていた可能性がある訳ですね」
「ブチ敵が多かったそうです。事件当夜、港にある食堂で食事をした後、神社に向かったことを突き止めました。被害者、食堂で、女将に妙なことを言っていました」
「妙なこと?」
「事件に関係あるのかどうか分かりませんが、女将に、マゴに会ったと言ったそうです」
「孫?孫がいる年じゃなかったはずですが?」
「二十七歳、独身です。孫どころか子供もいません。女将にも、あんた、孫なんていないじゃないと言われたそうで、碇屋恭一は何も答えずに、へらへらと笑っていたそうです」
「兄弟は?」
「長男です。下に弟と妹がいます。どちらも独身です。すいません。マゴの件は事件に関係ないかもしれません。忘れて下さい」
「いえ。何処に重要なヒントが潜んでいるか分かりません。藤代さんが取って来てくれた貴重な情報です。残らず鬼牟田先生に伝えます。それで、残りの二つは、どういう家なのですか?」
「振袖村を支配して来た残りの二つの家は、村のほぼ中央を流れる今井川から東側一帯の農地を支配する東屋と川の西側、かつては村の庄屋だった西ノ庄です」
「東屋に西ノ庄ですか?」
「はは。時代錯誤でしょう。屋号です。東屋の屋号で呼ばれる東野家は今でも東側一帯の田畑に山林を領する町一番の富農です。東屋の三男坊が行方をくらましているという噂があるみたいです。警察で行方を追っていると聞きました」
「その三男坊の仕業なのでしょうかね?」
「まだ、分かりません。もうひとつ、西ノ庄の屋号で呼ばれる宝来家は振袖村、全てを支配する庄屋でしたが、ブチ落ちぶれてしまっているようです。今は、町を支える重要な産業の柱、セメント会社を経営する美嶽家が実質、村のトップです。そうそう、西脇さん。ご依頼のあった神社の歴史に詳しい人物なのですが、調べてみると美嶽社長が郷土歴史家としてブチ有名だそうです。地元の歴史に詳しいみたいですよ」
「社長さんですかあ~良いですね~是非、お話をお伺いしたいものです」
「美嶽社長に当たってみます」
「色々、助かります」
「何でも言って下さい。出来る限り協力します。その代わりって言っては何ですけど・・・」
「交換条件ですか?何です?」
「うちの情報から導き出された鬼牟田先生の推理を番組で使わせてもらいたいのです」
圭亮の推理がよく当たることは、ローカル局まで知っている。
「お安い御用です。鬼牟田先生の推理が出たら、真っ先に藤代さんに連絡します」
「西脇さん。これだけ世間を騒がす大事件です。鬼牟田先生に来て頂いて、推理してもらう訳には行きませんか?現地取材です。そうすれば、お互い、ブチ助かると思うのですけど。無論、西脇さんにもご同行して頂いて」
「鬼牟田先生に現地に取材に行ってもらうということですか⁉」
「どうです?」
「面白そうですね。報道局長に掛け合ってみましょう」
「お願いします。じゃあ、こちらでお会いできることを楽しみにしていますよ」
藤代とのビデオ通話を終えてから西脇は椅子から動かず、無精髭を撫で続けていた。




