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生首の神饌  作者: 西季幽司
第四章「死者からのメッセージ」
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幕切れ⑤

「難しい質問ですね」圭亮がまた考え込んだ。

 動作を止める。俯瞰的演繹法だ。圭亮の頭の中で仮説がふつふつと泡のように湧き上がり、渦巻き、結論を導き出そうとぶつかりあっているのだ。

 新幹線の車中のように長考する時があるが、今回は直ぐに結論に辿りついたようだ。圭亮が口を開いた。「これは単なる仮説です。宝来直樹氏が原因かもしれません。直樹氏の遺体は碇屋恭一により海に沈められ、未だに発見されていません。誰にも供養もされずに朽ち果てようとしている。それが後藤さんには許せなかった。碇屋恭一の胴体も同じように、人知れず朽ち果てなければならない。それが後藤さんの狙いかもしれません。後藤さんは東野正純の遺体を背負って山を走り回ったような人です。それが碇屋恭一の胴体を隠すのに車を使っています。それだけ見つかり難い場所まで運んだということでしょうね」

「なるほど、宝来直樹氏の遺体が見つからない限り、後藤は碇屋恭一の胴体をどこに隠したのか口を割らないという訳ですね。確かに、鬼牟田さんの説は一理あるような気がします」

 会議室に沈黙が訪れる。事件の全容は明らかになった。名残を惜しむかのように生長が尋ねた。「後藤にとって、美嶽瑠璃子はどういう存在なのでしょう?」

「愛しているのでしょうね。男女の愛情とかではなく、そう、家族愛のようなもの。後藤さんは家族の愛情に恵まれなかった人です。それが美嶽家で、家族の一員として大切に扱われた。後藤さん、食事は何時も自室に運んでもらって食べていました。使用人としての立場をわきまえようとしていたのかもしれませんが、わざわざ食事を別にする方が面倒くさい。わがままを聞いてもらっていただけです。そのことが後藤さんにも分かり過ぎる程、分かっていた。瑠璃子さんに限らず、美嶽家の人々は後藤さんにとって何ものにも代え難い、命がけで守らなければならない、大事な、大事な存在だった。きっとそうだと思います」

「・・・」生長は何も答えなかった。

「じゃあ、また」と生長と浅井が名残押しそうに挨拶をしてテレビ会議は終わった。

 会議を終えた圭亮は、ぐったり疲れ切った様子だった。無理もない。

「先生。お疲れ様です。コーヒーを煎れてきます。暖かいコーヒーでも飲んで、元気を取り戻してください」

「ありがとうございます」

 西脇は会議室を出た。今日は久美に頼まなかった。自らコーヒーを煎れて会議室に戻った。美味しそうにコーヒーを啜る圭亮に西脇が言った。「先生。今度の事件、何だか源平の昔の事件の焼き直しのような事件でしたね」

「僕もそう思います。宝来直樹氏が現代の高階経章だった。美嶽奈保子さんの子供だったのですから、高階経章の子孫になりますしね。現代の高階経章が殺害されたことで、この事件が始まった」

「そして、宝来家、碇屋家、東野家の子孫が殺害された」

「西脇さん。週末の番組、どうなるのでしょう?」

「ダメでしょう。うつろい易い世の中です。近日中に、警察から事件の概要が発表され、週末には皆、忘れています。世間の関心は次の何かに移っています」

 西脇はお手上げの仕草をして見せた。

「そうですね。良かったです」

「良かっただなんて、随分ですね。先生」そうは言ったが、西脇にも圭亮の気持ちが分かった。今井町であれだけ瑠璃子たちの世話になった。美嶽一家が世間から好奇の目に晒されるのは耐え難かった。「まあ、無駄にはしません。悔しいが別の報道番組に今回、取材した結果を引き渡すことになります。報道局長はご満悦です。週末にうちの番組で特集を組みましょう。ああ、それに藤代さんがローカルニュースで特集を組んでくれるそうです。うまく行けば週末まで話題を独占できるかもしれません」

「そうですか」と圭亮は上の空で答えた。

「先生。覚えています?」

「何をです?」

「瑠璃子さんが事件について言ったことを」

「事件について?どんなことです?」

「あの子があんなことにならなければ――そう言ったのです」

「そんなこと、言いましたか?」

「ええ。あの子って誰だろう? 随分、被害者と親しかったのだな。碇屋恭一のことかな? 東野正純のことかな? 宝来宗治はないよなって考えたので覚えています。あれ、宝来直樹のことだったのですね」

 傍若無人に見えて、意外に細やかだ。ひょっとして西脇は圭亮よりも観察眼に優れているかもしれない。

「瑠璃子さん、気がついて欲しかったのかもしれませんね。自分の犯行だということを。捕まるのなら僕らが良い。そう考えたのかも・・・僕はそれに気づけなかった。僕がもっとしっかりしていれば・・・」

 圭亮が顔を歪める。心優しい圭亮は美嶽家の人たちを思い、心を痛めているのだ。事件を解決することは、時として加害者家族を地獄に突き落としてしまうことになる。そのことを改めて思い知らされ、圭亮は苦しんでいた。

 西脇は話題を変えた。「ところで、先生。どうでした? 初めての取材旅行は」

「今井町、いや振袖町はいい町でした。空気が澄んでいて、山も海も近い。瀬戸内の温暖な気候で、こちらほど寒くありませんでしたね。そう言えば――」

「そう言えば、何です?」

「そろそろ振袖祭りの季節じゃないですか? もう終わっているのかも」

「そうですね。藤代さんに聞いてみましょうか。美嶽社長、奥さんが殺人を犯したとなると、これから大変でしょうね」

「美嶽社長は大丈夫ですよ。奥さんの陰に隠れてしまっていますが、なかなかの人物だと思います。厳しかった先代社長に見込まれた人です。きっと、この難局を乗り越えてくれるでしょう」

「奈保子さんは? 人生、これからという時期なのに、お母さんが殺人者になってしまいました。それに、無二の親友のお兄さんを殺している。美羽さんとの関係にヒビが入ってしまうかもしれませんね」

「あの二人の仲は永遠だと思いたいですね」圭亮は優しい。

「奈保子さんの苦しい時期に力になってあげられなくて残念ですね。先生」

「僕がいなくても碇屋象二郎さんがいますよ」

「碇屋象二郎? 彼が? 奈保子さんと親しいなんて聞いていませんよ」

「何でしょう。ふとそんな気がしたのです。彼、なかなか骨のある人物のように思えました。残念ながら、僕は西脇さんみたいにイタコの末裔ではありませんから、僕の感なんて当たるとは思えませんけど。はは」

 圭亮は寂しそうに笑った。

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