鬼牟田圭亮②
「まるで視界が、ぱあっと開けるような感じです」
圭亮は俯瞰的演繹法により、結論に辿り着いた時の様子をそう例える。
自分がシャーロック・ホームズのような人並み外れた観察眼を持ち合わせていないことを圭亮は自覚している。洋服に付いた糸くず一本から、その人物の日常を推理することなどできない。そもそも服に糸くずが付いていることすら気が付かないだろう。鋭い観察眼は持ち合わせていないが、物事を俯瞰的に見る力に長けているのだ。
メタ認知と呼ばれる能力だ。
生来の才能のようで、物事を俯瞰的に眺めることができる人間は意外に多くない。一流のサッカー選手はプレー中に味方や相手の位置を俯瞰的に把握することができるという。その能力に近いのかもしれない。
物事を俯瞰的に見る力と、後は誰よりも逞しい想像力が圭亮の推理の原動力だ。
よく当たると圭亮の推理が評判になると、捜査の参考にする為に、警察の関係者が「サタデー・ホットライン」を見ているという都市伝説が広がった。番組の視聴率はじりじりと上昇を続けており、西脇の目論見は成功したと言えた。
「そう言わずに、名探偵の鬼牟田先生。先生の慧眼で、事件の真相を暴きだして真犯人を見つけ出して下さい。先生の好きそうな猟奇的な殺人事件です」
「別に僕はりょうき的な殺人事件が好きなびょうきな人間ではありません。ようきでげんきなおじさんです。西脇さん、本当、何時も強引なのだから・・・」
「ああ、先生。もう駄洒落は結構です」
西脇の事件の概要をまとめた資料を圭亮に渡した。拝む仕草をして資料を受け取ると、圭亮は黙々と読み始めた。やはり事件に興味があるのだ。
「まだ、事件の詳細が分かっていません。系列局のディレクターの話だと、山口県の今井町という小さな町で神社に生首が供えられていたという話です。どうです?生首ですよ。いかにも先生の好きそうな事件でしょう?」
「止めて下さい。まるで僕がサイコキラーか何かみたいじゃないですか。僕はようきでげんきでやるき満々なおじさんです」
「先生。もう結構ですって!」
「はは。その事件、昨日、ネット・ニュースで読みました。神社で切断された男性の頭部が発見されたとだけ、書いてあった気がします。生首がお供えされていたなんて書いていませんでした。大袈裟なのではないですか?」
「本当です」西脇はむっとした様子で答えた。「山口放送局のディレクターに確認したのですから間違いありません。警察は、まだ発表していないようですけど、第一発見者の老人から直接、聞いたそうです。老人によると、生首がまるでお供え物みたいに拝殿に置かれていたということです」
まだ概略しか分かっていない。事件は山口県熊毛郡今井町という小さな町で起きた。今井町は人口六千人ほどの小さな町で、瀬戸内海に迫り出した室津半島の丘陵地を今井川が削り取ってできた僅かばかりの平地にある。三方を小高い山に囲まれ、残りの一方は海になっている。山陽本線が山間部へと迂回してしまったため、町に鉄道が通っていない。鉄道敷設に当たって、住民の反対があったという噂だ。鉄道創成期にはそういう町が多かった。陸の孤島だ。海岸沿いを国道が走っているが、めぼしい観光資源がないので、国道を利用するドライバーは町を通り過ぎて行ってしまう。
町外れの山裾にある「山申神社」という神社に男性の生首が供えられていた。
被害者の名前は、碇屋恭一、二十七歳。毎朝、散歩の途中に神社に寄って参拝することを日課にしている近所の老人二人が生首を発見した。
発見されたのは生首だけで胴体部分は見つかっていない。
碇屋恭一は独身で、飲み明かすことが多かったらしい。家族は家に帰ってこないことを、さほど心配していなかった。
「西脇さん。何故、犯人は生首を現場に残したのでしょうね?」
「それを推理するのが鬼牟田先生の仕事です」
「僕の仕事って・・・ばらばら殺人の場合、普通、遺体の処理に困ってばらばらにするか、或いは頭部や指紋を採取できる手首部分などを持ち去って、被害者の身元の特定を遅らせることが目的でしょう。そうすることで、捜査を混乱させたり、逃亡の時間を稼いだりするためです。ところが、今回の事件では、運ぶのに厄介な胴体部分を持ち去っているのに、被害者の身元が特定できる生首を、わざわざ目立つ形で残していっています。となると・・・」
「となると――なんですか?」
「ひとつは胴体部分に特徴的な傷跡がついてしまったことが考えられます。特殊な凶器を使って殺害した場合、凶器が特定されてしまうと身元が判明してしまう。そういったケースですね。ですがどうでしょう。そうなると、わざわざ首を切断して頭部を残すことに意味がない」
「そうですね。わざわざ頭を切断する意味がない。そのまま遺体を隠してしまった方が良い」
「となると、被害者に対する強い恨みを感じますね。殺害の動機は怨恨なのではないでしょうか?」
「なるほど、流石は先生。首を残したことは恨みを晴らしたことを示したかったという訳ですね。今のコメント、是非、番組でお願いします」
西脇が頷いたところに、アシスタントの田中久美が「おはようございま~す!」と会議室に入ってきた。
「おはよう。久美ちゃん。丁度、良いところに来た。コーヒー好きの先生のために、美味しいコーヒーを入れてあげてくれない」
「あっ! 田中さん、コーヒーは要りません。そこの自動販売機で缶コーヒーを買ってきましたので」慌てて圭亮が口をはさむ。
「まあいいじゃないですか、先生。僕もコーヒーを飲みたいので。久美ちゃん、コーヒーを二つ、お願い。悪いね」
久美は「は~い」と返事をしながら会議室を出ていった。




