エピローグ
高階泰章は山の上から振袖の村を見下ろしていた。
この地で、唯一の縁者だった弟の経章を失ってしまった。泰章は経章と賢子の間に女の子が誕生し、村のどこかですくすくと成長していることを知らなかった。平氏一族は既に滅び、経章をも失い、流石に剛毅な泰章も天涯孤独となった身の上に一抹の寂しさを感じていた。
山の上から振袖の村を見下ろしていると、急に源家への反抗が空虚に思えてきた。平氏一門の端くれとして戦ってきたが、もう十分、平家への義理は果たした。
(どこに行くか――)
泰章の脳裏に、壇ノ浦の戦の後、海流に流されて漂着し、傷の治療のために逗留した鉄輪の湯が浮かんだ。既に源家の世となった。平家の落ち武者の詮索は、今後、益々、厳しくなって行くだろう。東へ向かうのは危険だった。
(西へ行こう。九州の地に――)
源家の追求から逃れるためなら、地の果てまででも落ち延びてやる。そう覚悟を決めた。
「あの、もしや泰章様ではございませぬか?」
後ろから声をかけられた。振り返ると、ぼろきれの様な若者が平伏していた。長旅で苦労してきたと見える。
「何者じゃ?」
「私は経章様の従者で逸造と申しまする。経章様の命を受け、泰章様を探して、西国を旅して参りました。壇ノ浦の戦の後、泰章様の所在探し求めて、南の果て、薩摩の国まで旅しましたが、ついに所在を掴むことができず、こうしておめおめと戻って来たところです。ここで泰章様とお会いできましたのは正に奇跡でございます。経章様が泰章様を案じておいでです。何卒、このまま振袖の里にお戻り下さい」
若者は弟の命で泰章を探していたという。そう言えば顔に見覚えがあった。
「逸造とやら、うぬは長旅から戻ったばかりで何も知らぬようじゃな。経章は既にもう、この世の者ではないわ。今更、里に戻っても仕方ない」
泰章は逸造にかいつまんで経章が西ノ庄の主甚兵衛、碇屋の嘉平、そして東屋の利右衛門の悪計により謀殺されたことを伝えた。そして、経章の仇は泰章が討ち果たしたことを伝ええた。
「私めが、もう少し早く、泰章様を探し当てて、ここにお連れすることができましたなら、或いは経章様がかような悪巧みにのせられることはなかったやもしれません。全ては、わたくしめの・・・わたくしめの力が及ばなかったせいでございます」逸造は泣き始めた。
泰章は逸造がひれ伏したまま肩を震わせて泣くのを見下ろしていた。
「もうよい、過ぎたことよ。経章の仇はわしが討ち果たした。経章も草葉の陰で喜んでおるだろう。逸造よ、立て。お主が見てきたという南の果てまで行くぞ。薩摩の国まで参るのも悪くはないかもしれん。ついて参れ!」
泣き伏す逸造の頭の上から泰章が怒鳴るように言った。
「はっ!」逸造が涙を流しながら立ち上がった。
「これからは、藤原の姓を名乗ることとする。後藤原、いや、後藤を我が姓とする!」泰章はそう言って、豪快に笑った。
了
拙作をご一読いただき、ありがとうございました。
野村芳太郎監督、渥美清さん主演の映画「八つ墓村」のラストで、金田一耕助が説明する宿縁の深さにゾッとさせられた。そのテイストを取り込みたくて、源平の時代を描く必要があった。「推理小説を書くのが初めてなのに、時代物なんて無理だ~」と半泣きでなんとか書き終えた。
苦労した甲斐があって、小説の最後の一行、最後の泰章の台詞に、物語のキーとなるギミックを仕掛けることが出来た。本当に書きたかったのが、このエピローグの部分。これが書きたくて、平安時代の描写が必要だった。
ミステリーや推理小説といった高尚なものではなく、もっと古めかしい、探偵小説を書いたつもり。
欧米では財団公認のシャーロック・ホームズやジェームズ・ボンドの新作が読めたりする。探偵小説を書くなら金田一耕助を主人公にしたものを書きたいが、恐れ多いし、昭和初期を舞台に作品を書く腕もない。
そこで創造したのが鬼牟田圭亮。苗字は当然、三文字、サザンの桑田さんが好きで名前を拝借。傲慢で変人――というのが名探偵の定番なので、敢えて謙虚でお人よしにした。
日本では探偵が殺人事件の捜査に関与するというのが一般的ではない。警察官は管轄があって日本中を飛び回れないので、ニュース番組のコメンテーターとした。
西脇を相棒に配して、ボケ=圭亮、ツッコミ=西脇の図式で、結構、苦労しながら会話を書いている。一番、筆が止まるのが、笑える会話だったりする。




