血塗られた伝説④
「碇屋恭一氏の事件そのものですね。恐ろしいくらいに符号している。生首神社!何とも薄気味の悪い名前です」
圭亮の頭脳は活動を始めていた。俯瞰的演繹法を駆使して結論を導き出そうと動き始めていたのかもしれない。
「生首神社では、いかにも印象が悪いので、神社は今、山申神社と呼ばれています。神社で祭ってある祭神の一人、猿神から来ています。山申神社の「しん」の字は干支の「申」という字を書きます。山猿という意味です。町では子供が言うことを聞かないと猿神様がやって来て、首根っこを引っこ抜くぞと脅かす習慣があります。これは泰章の故事と地場の猿神信仰が混同したものと思われます。
今井の町は、振袖村とか振袖の里と呼ばれていたと最初に申しましたが、実は江戸時代までは近隣の村人から生首村とか生首の里と呼ばれていたそうです。
土地の者はそう呼ばれるのを嫌がっていたようです。明治二十二年施行の市制と町村制が施行された際に今井町と名づけました。振袖村という愛着のある村名を捨て、まったく新しい町名を選んだのです」
「・・・」衝撃だった。美嶽貴広の話に、一瞬、我を忘れた。
沈黙が部屋を支配した。慌てた西脇が「先生。鬼牟田先生」と小声で注意した。圭亮が我に返る。「源平時代の出来事が、江戸時代まで土地の人々を苦しめた訳ですね」
「はい。それと、高階泰章の復讐事件は我が家にも関係があります。ちょっとした後日談があるのですが・・・」
「何です? 教えて下さい」圭亮が身を乗り出す。
「うちに伝わる家伝なのですが、碇屋嘉平に略奪された経章の奥方は子供を身ごもっていました。経章の子です。やがて玉の様な女の子を出産しました。奥方は出産がもとで亡くなったと言います。子供は直ぐに養子に出され、その子の子孫が美嶽家だという言い伝があります」
「美嶽家は平安貴族の血を引く、歴史的な名家なのですね」
「私は婿養子ですから平安貴族の末裔ではありませんが、妻や娘はそうなります。最も家伝なんて大抵が後世の作り物ですから信用できませんが」
そう言いながら、貴広はどこか自慢気だった。
「美嶽さん。今、お話になられた高階兄弟と振袖村の三家をめぐる血生臭い話なのですけど、町の人は皆、その伝承を知っているのでしょうか?」
「そうですね。先ほども言いましたが、土地には子供が言うことを聞かないと、猿神様がやって来て首根っこを引っこ抜くと脅かす習慣があります。町の人間なら、多かれ少なかれ伝説を知ってはいると思います。でも、まあ、細かいところまでは知らない人がほとんどだと思いますが、ただ――」
「ただ?」
「振袖村の歴史については、お恥ずかしい話、今井町の歴史という小冊子をまとめて役場や図書館などの公共施設に置いてもらっています。それに自費出版ですが、ちょっとした郷土史の本を出していて、そこにも書いてあります。本を町の図書館に寄贈してありますし、うちの会社の受付にも置いてあったりしますので、それを読んだ人は知っていると思います」
圭亮の考えていることが何となくわかった。村の歴史を知っている何者かが伝説をなぞらえて殺人を行っている。しかも被害者は伝説の犠牲者の子孫たちだ。八百年以上も前に騙まし討ちにあった高階経章の怨霊が現代に蘇って、自らを陥れた者たちの子孫を呪い殺している。きっとそんなことを考えているのだ。
「鬼牟田さん、そろそろお時間です」
一時間の予定だったが、すでに時間をオーバーしていた。西脇が声をかけた時、がちゃりとドアが開いて若い女性が部屋に入って来た。部屋に大勢、人がいることに驚いて、入り口で立ち往生してしまった。
「あっ、娘の奈保子です」貴広が紹介する。
この春に大学を卒業予定で、父親の東京出張に同行し、東京観光を楽しんでいるのだと言う。美人だ。母親の美貌を受け継いだのだろう。噂通りだ。柔和な顔立ちで、見れば見るほど引き込まれる美しさだ。
如才のない西脇が声をかけた。「お嬢さん、すいません。今、終わりましたので」
「私のことは気になさらずに続けて下さい」
どこかおっとりして見える。その辺りは父親の貴広の遺伝だろう。
「でも、ご予定がおありでしょうから」
「父はこの度の打ち合わせを非常に楽しみにしておりました。仕事そっちのけで、昨日まで郷土史を調べなおしていたくらいですから」奈保子が笑う。
笑顔もまた魅力的だ。
「あ、あの、最後にひとつだけ」珍しく圭亮が強引に会話に割り込んだ。「伝説では三人目の犠牲者がいます。宝来さん・・・でしたっけ? 西の庄屋さんは、息子さんが行方不明になっているとお聞きしました。他にお子さんはいらっしゃらないのでしょうか?」
西脇は一瞬、奈保子が眉をひそめたのを見逃さなかった。
「娘さんが一人、いますが、村にはいません。宗治さんは離婚されていて、娘さんは奥さんに引き取られて村を出ています。今は確か関西方面にお住まいだと思います」
「そうですか・・・」と圭亮が呟いた。
伝説に基づいて殺人事件が起きているのだとすると、次の犠牲者は宝来家の関係者だということになる。それを圭亮は心配しているのだ。美嶽社長の予定もあるが、今週の番組の放送が明後日に迫っている。美嶽社長のインタビューの様子は是非、編集して番組で流したい。
「先生、そろそろ」西脇はインタビューを打ち切った。




