煌びやかな都会の日常
「おはようございます、イワンさん。あれ、メルヴェージェフさんは来ないんですか?」
「おはようヴェノスカヤさん。メルヴェージェフ大佐はここの司令部長だから持ち場を離れられないんだ。それにしても君は本当にいいタイミングで来たな。私は司令部勤務でウェルナに戻る途中だったんだ。だから切符があるってわけだ。二枚取ったのは正解だったな。これが今から使う切符だ。なくすなよ」
渡された切符を見ると八時ちょうど発特急「ラーストチカ五号」ウェルナ中央行、一等車と書かれていた。一等車かお金があるのか、それしか開いてなかったのか。
駅の中は避難する人で溢れかえり混乱に陥っていた。窓口ではどうにか切符を手に入れようと大勢が押しかけ、中には駅員に詰め寄る人までいた。モニターを見ると終日満席になっていたので本当に運がよかったようだ。
まだ朝食を摂っていないので売店に向かうと、商品棚はすべてすっからかんになっていた。え、嘘でしょ・・・
「お嬢ちゃん、すまんねえ。入荷が一昨日から途絶えてるんじゃ。列車はウェルナから来てるはずじゃから車内販売ならなにか売ってるかもな」
そうか車内販売があるのか。そしたら販売に来たとき一番で買えばいいのか。あればの話だけど。このおばあちゃんはどうするつもりなんだろ。まさかこのままリーキウに残るつもりじゃ。
「あなたは避難しなくて大丈夫なんですか。もう商品もないわけですしここで店番を続ける必要もないんじゃ」
「安心せえ。ワシも今日の終電で避難する予定じゃ」
よかった。この人も避難するんだね。安心して売店を出るとちょうど駅員の改札を行うという放送がかかった。改札で切符を確認した後、手荷物検査をされた。
「荷物はこれだけですか?」
「はい。これで全部です」
「これで検査終了です。ご協力ありがとうございました。次の方どうぞ」
とくに持っているものもないのですぐに検査場を通過することができ、乗車予定の電車のあるプラットフォームへ向かった。
切符に書かれた号車である一号車まで向かい、乗り込んでしばらくすると発車時間になった。扉が閉まり電車が動き始めた。
「私、電車に乗ったことはあるんですけど特急に乗るのは初めてです。しかも一等車だなんて」
「まあ私は中尉なんでね多少一等車に乗るのは当然だろう?同行者も一緒さ」
私はイワン中尉と雑談したりスマホでニュースを見て時間を潰した。時間が経つにつれのどかな田園風景から徐々に都市が見え始めてきた。最後の途中駅を出発し、終点のウェルナに近づくと私の住んでた森とはかけ離れた大都会が広がっていた。
ウェルナ中央駅のプラットホームに降り立つと迎えが来ていた。
「お疲れ様です、イワン中尉。駅前のロータリーに車を止めてるのでそちらで移動しましょう」
改札を抜けて駅の外に行くとそこはとても戦時中には見えず、リーキウと違い人々は明るく穏やかな日常を過ごしているようだった。
「ウェルナは戦時中とは思えないほどきらびやかですね」
「そうだな、首都にいる連中はまだ戦争を実感できてないようだ。でも私は街が平和のままの方がいいと思うがな」
「これから首都高速道路を走るんでシートベルトをしっかりと締めてください」
高架の上からは高層のビルが軒を連ね、中では人々がせわしなく働いているのが見えた。ウェルナはまだ”日常”が残っているようだった。
「もうすぐ国防省につくが、別に今日が入学試験の日ってわけでもないから緊張する必要はない。入学試験は三日後だから、今日は書類をもらってあとは好きに街でも探索するといい」
国防省の正門につくと検査のため身分証を確認されたが、私が身分証がないというと憲兵に入門を拒否されてしまった。
「君、いいかね彼女は私が連れてきたんだ。なにか言われたら私が責任をとるから通してくれないか」
憲兵はしばらく考えたあとゲートを開けてくれた。
「わかりました。今回だけですからね、中尉」
窓を閉じるとそのまま車は駐車場まで進んだ。国防省の庁舎一階のロビーで待つよう指示された。戦時中だし軍の中枢に部外者をいれるわけないよね。それくらいわかるよ。
いつまで待たせるんだと苛立ち始めたとき、ようやくイワン中尉が戻ってきた。
「すまない。担当部署がわからず手間取ってしまった。これが受験用の書類だ。あとこれは君の身分証だ」
なんと私の身分証まで発行してくれたのだ。これなら時間がかかったのもわかる。勝手にイライラしていた自分が愚かに感じる・・・
「ではまた三日後に会おう。これが私の電話番号だ、何か急用があったらいつでも連絡してくれ」
「わかりました。なにからなにまでありがとうございます」
電話番号を交換したあと、私はイワン中尉とわかれた。手配してくれたホテルに向かうために地下鉄の駅へと向かった。地下鉄の乗り方は事前に教えてもらったため、自分のスマホにカードを登録してチャージしておくことで乗れるらしい。
降りる駅はシュターグ駅だから次の駅で一号線に乗り換えか。
私は電車を乗り換え、目的地に到着した。地上に出ると目の前には巨大で豪華な建物があった。ついたホテルの名前は「ホテルウェルナ」この国ができた時からある老舗らしい。チェックインすると部屋に案内された。このホテルでは一番下のグレードらしいが、それでも十分な広さがあり立派に感じる。何よりウェルナ市内を一望できるのが最高だ。
荷物を全部投げ出し、窓際の席に腰かけた私はしばらく外の景色を眺めていた。
星空もきれいだけど摩天楼も同じくらいきれいかも。中ではみんな忙しそうに働いてるんだろうなあ。戦争が始まったとは感じないや。軍人になったらこういう人たちの日常を護ることになるのか。実感が湧いてこないな・・・
近くのコンビニにより夕食を買い、部屋で食べながら明日何をするか考えてみた。幸い観光するほどのお金は手元に残っていたので、翌日街を軽く探索することにした。ウェルナの観光地といえば国内随一の高さを誇る電波塔、ウェルナタワーや帝政時代の宮殿などがあるけど、私は歴史博物館に行くことにした。
翌朝、私は博物館に向かうことにした。お金はすべてイワン中尉が用意してくれたものだ。給料もらえるようになったら返さないとな。博物館に入る前に近くにあった飲食店で昼食をとることにした。何を注文するか迷っていたら、カウンター席の隣に座っていたおじさんがおすすめのメニューを教えてくれたため、それを注文した。
「お嬢ちゃんよその街からきただろう。こんな時勢だし観光する目的ではないだろうからどっかの学校の試験かい?」
「陸軍の士官学校の入試を受けに、食べ終わったら、歴史の勉強をしに博物館に行こうと思ってます」
「軍か・・・・・今は平時じゃないから戦争に行くことになると思うが覚悟はあるのか?」
「私はルーリアの森出身なんで実際に戦闘は体験しました。覚悟はできてます」
拳を握りしめながら私はそう言った。
「そうかい、なら大丈夫なんだが。そうだ嬢ちゃん名前はなんだ?」
「アイーシャ・ヴェノスカヤといいます」
「アイーシャか、いい名前だな。話をしてくれたお礼に君の分も払っておくよ。ではまたいつか会えることを祈っているよ」
食事を終えて私は店をでた。
私に食事をおごってくれるなんて、すごく優しい人なんだろ。名前聞いとけばよかったなあ。今から戻っても遅いし、とっとと歴史博物館にいくか。
歴史博物館とある通り館内ではこの国の歴史を古代から現在まで学ぶことができた。
歴史ちゃんと勉強したことなかったけど、ミティシテェリアルとレーシアってこんな昔から対立してたんだ。ウェルナ公国時代は向こうと婚姻関係もあったみたいなのに、なんですぐ対立を始めたんだろ。
展示を見ていたらあっという間に閉館時間になってしまった。博物館を出た後は近くの書店で本を買い、そのあとホテルにもどり一日を終えた。二日目は一日部屋で本を読んでいるだけで終わった。
明日はいよいよ士官学校の試験かあ、推薦の人は面接だけでいいって書いてあったけど、面接通るかなあ。いや心配事はよくない。明日にそなえてもう寝よう。
そうして私は眠りについた。