第一話 社長は忙しい
家に帰りたくない。
毎日そう思っていた。
あるグループの会社の子会社である、服屋を営む社長と秘書の両親。
結構な儲けが出ているはずなのに、浪費ばかりで借金三昧の母と、コネクションに奔走するばかりで家庭に無関心の父。
実際に経営しているのはグループの社員さん。その人が乗っ取ろうと思えば乗っ取れるのに、こき使う両親。
そんな両親を見て、反面教師にして生きてきた。
でも、それももう終わりかも……。
今は陽の落ちた夜。22時くらいだろうか。
家を追い出された私は、闇雲にこの公園まで逃げてきていた。
コートだけ着ていたからまだマシだけども、このままだと凍傷するだろう。
けれどももう縋る術は、無い。
「社長さんには、悪いことしちゃったな……」
感覚の無くなった裸足を手で温めながら――。
少し早急すぎたかもしれない。
目があった瞬間に感じた魂の強い繋がり。
青い目に、帽子で隠れていて分かりづらかったが、ずらして確認した貴重な黒い髪。
「……はぁ。俺、距離の詰め方下手すぎんだろ……」
『運命の魂』同士は初対面でも初対面と感じないような気持ちになるという。
だからこそお近づきになるには常人よりは早いんだが、急に電話番号を渡すなんて……。
「これじゃあそこら辺のナンパと一緒だよ……」
素直に受け取ったあの子もあの子なんだが。
「一旦、仕事に戻るか」
先ほどいたコンビニがある地区からバイクで1時間。
隣接した自治区。その中心地に私の会社はある。
黒い柱でできたシックなビルが、私の会社『天ノ石グループ』の職場だ。
子会社や関連会社、グループの傘下などがこのビルに勤務している。
もちろん販売店舗や生産工場などは別の場所にある。
このビルの最上階に私の職務室がある。
最上階なんて時間かかるし無駄だなんて思ってたんだけど、1階からの直通エレベーターがあって、数分もかからずに来れちゃうのだ。最近の技術は凄いよね。
さて、このエントランスからは俺は『社長』になって私となる。
心を入れ替えねば。
エレベーターで最上階へ行き、『休憩室』へ向かう。
その途中で私を持つ、側仕え兼秘書の彼がいた。
「おかえりなさいませ。ツーリングはいかがでしたか?」
雪や結露を吸い、冷たくなったであろうコートを、何の躊躇いもなく受け取った彼。
名は星夜。
「良い収穫があった」
「それは良かったです。なにか良いアイデアでも?」
「あぁ。『運命の魂』を見つけた」
「…………なんと、それはおめでとうございます」
「どうも」
「お相手のお名前をお聞きしても?」
「……月麗」
「月麗嬢ですか。……探りを入れても?」
「勝手にしろ」
久しぶりにこいつが驚いてる姿を見れたな。
まぁ、それほど稀有なことだろうからな。
『運命の魂』なんて俺の会社でも見つけられたのこいつくらいだし。
『休憩室』で水分補給をする。
そういえばあの子はミルクティーを飲んでいたな、と思いながらコーヒーを飲む。
変な味になった。
その後、『社長室』と書かれた部屋に入り、職務を開始する。
「スケジュールを」
「はっ、本日のスケジュールは重要な案件が3件。会食が1件。商品開発が2件あります」
「相手と時間を」
「はっ、まず、我が社の子会社である『堂源堂』の社長、堂源様との新商品の最終確認。こちらが昼の2時、14時から1時間ほどを予定しています。
続いて個人事業主である『ルノの服屋』の店長、ルチアーノ様に対する新事業の提案。こちらが夕方4時、16時から1時間ほどを予定しています。
そして他社である『白ノ宮グループ』傘下の『珊瑚』の社長、碓水様との商品に関する類似品の、著作権の確認及び会食です。こちらは夜の6時、18時から2時間ほどを予定しています。
商品開発に関しましては、新事業開拓に伴い化粧品である『口紅』と『ファンデーション』を、希望する社員から商品の改善点を聞き出し、それを元に開発を進めていく長期のものになります」
「長期のものは省け。時間があれば覗く」
「畏まりました。他には?」
「……途中で電話があるかもしれない」
「誰からですか?」
「公衆電話」
「……非通知の場合は無視しますが」
「構わない」
「では本日もよろしくお願いいたします」
「あぁ」
「……13時か。休憩にしよう」
あくびをしながら隣にある『休憩室』の扉を開ける。
そこには横になれるソファがあった。
「畏まりました。ホットコーヒーをどうぞ」
「あぁ。……はぁ、つっかれたぁ!」
椅子に座って凝り固まってた背中を伸ばす。
この部屋でないと寛げないのだ。
というか会社の中にも寛げるスペースが無いと、俺が死ぬ。
「武装を解除されましたね」
「お前も解除していいんだぞ? 今は休憩中だからな」
「魅力的な提案ですが、お断りしておきます」
「そうか」
スッと静かに出された皿を見る。
上にはサンドウィッチが乗っていた。
「今朝貴方様が残した朝食です。お食べください」
「……こんなに美味そうだったんだな」
「いくら御令嬢との食事会が嫌いだからといって、早急に抜け出すのはあまり感心しませんが」
厚切りベーコンとレタスと茹で卵のサンドウィッチ。
肉が食いたい気分だったから、余計美味しく感じた。
「……胸騒ぎがしたんだよ」
「例の月麗嬢ですか?」
「そう。あの時行かないと間に合わない気がしたから。……実際本当にギリギリだったしね」
「公表されるのですか?」
「まだ早いかな。せめて結婚するって決めてからじゃないと」
「良い決断だと思います。世の中には『運命の魂』に幻想を抱いている者も多いですから。……幸せになれるものだと信じて疑わない」
「頭お花畑が多いってことでしょ。あの子は違うけどね。……ごちそうさま」
『運命の魂』とは世間では誤解されて伝わっているようだが、本質は違う。
番のように見た瞬間、愛し合うものではない。
見た瞬間に魂同士の繋がりを得て、近くにいれば本人の感情を大まかに、触れれば細かに、離れていても命の危機や生活の焦りを本心で感じていたらこちらにも伝わるというもの。
そして相手を深く理解できたとき、初めて番のように相思相愛となる。
「少し寝るから、時間になったら起こして」
「畏まりました。20分後に起こします」
「おやすみ〜」
「おやすみなさいませ」
自分の体に毛布がかけられたような気がした。




