プロローグ 魂の出会い
新作です。
今日はいつもより寒かった。
朝の2時間ほどの清掃バイトを終えて、帰路の途中、コンビニに寄った。
寒くてさすがに手が凍えるから、温かい飲み物を買おうと思って。
「これでいいかな」
ほどよい甘さのホットミルクティーを買う。
もちろん280mlのペットボトルタイプ。一番安いから。
値段的にはスーパーへ行って買いたいところなんだけど、近くにあるスーパーにはホットドリンクは売ってないんだよね。
「ありがとうございました〜」
店員さんの明るい声を聞いて店を出る。
空を見ると、雪が降っていた。
「だから寒いんだ」
ホットミルクティーを持った手は、じんじん痛かった。
そりゃそうだ。
結露する自転車を手袋で拭って、そのまま漕いでいたんだから。
毛糸でできているからすぐに乾きもしない。
冷たい濡れた手袋に手を戻すか、素肌のままペットボトルを持ちながら帰るか。
悩みどころだった。
悩んでいる間に駐輪場前まで来てしまったので、そのまま帰ることにした。
ふと横を見ると、バイクが停まりに来ていた。
体つきから男性だろうと思いながら、その人がヘルメットを脱ぐ瞬間を見た。
おかしい。いつもは人と目を合わせたくないから、合った瞬間すぐそらせるのに。
この人の目からそらすことができない。
「きゃん!」
男の人の腕がこちらに伸びてきて、被っている帽子を撫でられて、ようやくそらすことができた。
「ははっ! ……可愛い反応するねぇ」
『可愛い』という単語に気を取られているうちに、その人はコンビニへ行ってしまった。
目があった瞬間に、心臓がドクン!と強く反応した気がした。
あれは気のせいだったのだろうか。
うーん……。と悩みながらも帰ろうと自転車に跨ったとき、誰かに声をかけられた。
「そこのお嬢さん」
周りを見渡して声の発生源を探ると、その人はすぐに見つかった。
ちょっとした休憩スペースであるベンチに座っていたのだ。
「私、ですか……?」
「そうだとも。こっちへ来い」
少ししゃがれたお年を召した声に、不思議と安心感を抱きながら近づく。
ぽんぽんと『隣に座れ』との合図をいただいたので、ありがたく座る。
「何でしょうか?」
「儂は見たぞ。……お嬢さん、さっきの男をどう見た?」
「どう、ですか? ……うーん。かっこいい大人の男性、でしょうか」
「そうかそうか。……儂はな、お主たちを『運命の魂』と見る」
「『運命の魂』ですか?」
「あぁ。儂はそれを『予知』した。だからな、もう少し待っておれ。お嬢さんに良い縁ができるぞ」
「えっと、ありがとうございます……?」
そう答えると老人は、傘を指して去っていった。
『運命の魂』なんて御伽噺でしか聞かない単語だった。
確か、番のように惹かれ合う恋人同士、だったっけ?
バイト仲間の子がそんな話をしていた気がする。
ホットミルクティーを飲みながら一応待ってみる。
本当なら今日もこの後バイトがあったんだけど、解雇されちゃったから、時間はたっぷりある。
『子どもが働いてるみたいで情操に悪い、とクレームがあった。君は解雇だ』とかなんとか店長に言われて。
確かに私は身長が140cmと低いから子どもに見えるかもしれない。でも、雇うときにそのくらい分かるよね? と文句の1つも言いたくなったものだ。もう関係ないけど。
先ほど考えていたホットドリンクのないスーパーが、私の勤めていたスーパーだった。いちばん家から近かったし。
「やっぱ、接客業は駄目かも」
「何の話?」
声に目を向けると、先程の男の人がいた。
「良かったよ。まだ君がいてくれて。……話をしてみたかったんだ」
ほらこれ。と手渡されたのは新聞だった。
「今日の朝刊だよ。今夜は冷えるみたいだからね」
まずは天気予報を見る。どうやら私が読み切るまで待ってくれるみたい。
次にトップニュースを見る。
「『天ノ石グループ、新事業に手を出す』……へぇ、化粧品開発してるんだ。あっ、社長の顔写真が載ってる……え?」
この顔は、今目の前にいる人と同じ顔ではないか?
見比べてもそっくりである。
「ふふっ。良いねぇその反応。そうそう、僕がその社長だよ」
「なんでこんなところに?」
「バイクでツーリングするのが趣味でね」
いやいや。普通企業の社長は、側仕えがいて、護衛もいて、厳重に警護されながら移動するっていうのに。
1人バイクでふらふらとしないはずなのに。
「お付きの方は?」
「いるけど、撒いてきちゃった♪」
にこにこっと悪気もない様子の社長さん。
いや『天ノ石グループ』って経営トップの大企業だからね? 誰かに命を狙われたりしたら……。
あわあわしていると、頬を両手で包まれた。
「大丈夫。心配しているようなことは何も起こらないよ。……それよりも君の名前を教えて?」
「……月麗、です」
「月麗ちゃんね。覚えた。はいこれ」
渡されたメモには電話番号が書いてあった。
「お近づきの印にどうぞ」
「……あの、携帯、持って無くて」
「んー、そっか。……じゃあ何か困ったときに、公衆電話でもいいから連絡して」
約束だよ? と言って去ってしまわれた。
去り際に頭をぽんと撫でるのは、ずるいと思います。
「……誰にも見つからないように、隠さなきゃ」