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羊がごちゃごちゃ2

カドリの猛攻を一身に浴び、満身創痍のイブキ。降参して死〈救済〉を受け入れるよう促すカドリの言葉を血反吐を吐くように叫んで拒絶する。

それでも状況は変わらず、万事休すのイブキに救いの手を差し伸べたのは、弾糾して以降、一度も会うことが無かったクルドだった。


 瓦礫をかき分けるようにして這い出てくるカドリ。頭部から滴る血液をポタポタと垂らしながら、揺れるようにこちらへ向かってくる。


 ーーカドリ……。俺は本当はまだお前に…変わってほしいと思ってる。でも……


 極めて希薄だった。こちらに向けられたカドリの眼力にはおびただしいほどの殺意を孕んでいたからだ。向こうはこちらを殺す気で構えている。殺意を向けてくる相手に希望を抱こうなんて考えるのはよほどのお人よしか、先ほどまでの“希望ばかりで周りが見えていない自分”くらいなものだろう。


『友達とこれから殺し合うのか』改めてそれを認識し、戦慄と共に固唾を呑み込むイブキ。そんな彼の様子を察したのか、


「ちょっとだけあたしが代わったげる。んまぁ、見てなよ」


 クルドはなにも変わらない様子で、カドリに迎え撃つに歩む。妙に肝の据わっている彼女であるが、流石に無防備が過ぎると感じたイブキは急いで手を伸ばし、然れど留まった。


 ーー駄目だ……こいつを信じろ。ここで止めたら……また失敗する……気がするッ!!


 カドリの怒りはクルドに向いているようだった。両者の距離が近まっていくにつれ、彼の眼力は鋭さを増してゆく一方。対するクルドは余裕を持った態度でカドリを見上げている。


 ある程度近づいた時点でお互いの歩が止まる。先に口を開いたのはカドリだった。


「君は……なんなのかな?」


「イブキの上司だけど?」


「そうなんだ。つまり、今君が僕にしでかしたことの愚かさ……ちゃんとわかってるんじゃないのかな?」


「ん? あんまわかんないから教えてくんない? 普通に部下が死にかけてたから助けただけだけど?」


 カドリは口角を釣り上げ、


「僕の飴玉は孤児院の子供達全員に配られている。あの飴玉には“再生”と“倍化”の魔廻印が組み込まれていてね……あれを飲み込んだ瞬間、彼らの食道にはその二つが張り付く仕組みになっている。魔廻印の権利は勿論僕にあるからね、僕が“発動”と言ってしまえば……ユーミちゃんや……孤児院の子供たちはどうなっちゃうと思う?」


「か、カドリッ!! お前ッ!!」


 子供たちを人質にして脅しをかける……まさに絵にかいたような外道。あの時ラディやレイが彼に追撃出来なかった理由がわかったと同時に、カドリという男の卑劣極まる歪んだ思想を改めて突きつけられたようで、反射的に声を荒げていた。


 なにも答えないクルド。カドリは更に声色を強め、続ける。


「先ほどの二人といい……龍小屋(きみたち)にはうんざりだ……そこをどいてくれないかな。僕の目的は彼とルーツを救って本当の“救済者”になること。大人しくしていれば子供たちの魔廻印の解除は約束してあげよう……いや、君は特に意地が悪そうだし、物分かりも悪そうだ。試しに数人程度……元々親もいないような不幸な子供達だからね、ちゃんと救済になるものだし…試しにやってみようかな?」


「や、やめろッ!!」


 右手を潜ませ、飛びかからんとするイブキをクルドが制する。


「く、クルドッ!?」


 こちらを一瞬、横目で見やったクルドは……それはもうすこぶるムカつく顔をしていた。


「やってみなよ。絶望すんのおまえだから」


 カドリは眉をひそめ、


「……どういうことかな?」


「どうもなにも……全部調べ終わって解析も済んでるよ。一日と半分はかかったけど、おまえが仕込んだ飴は全部回収したし、“解除印”を組み込んだ飴玉を撒いといたし、おまえの遠隔窒息術は大失敗ってことがわかるってことだけど」


「僕の飴玉の解析? 解除……?」


 クルドはポケットから一つの飴玉を取り出す。透けたピンク色をしたそれは、狼狽するカドリの表情を不格好に反射させていた。


「言ったとおりの意味だよ。おまえがばらまいた飴の一個がちょーどあたしのポッケん中はいってたからさ、めっちゃ調べてやったよ。飴生成の仕組み、凝固と軟化の変動……さっき言った飴玉の魔廻印もその解除方も」


「解除……? 飴玉魔廻印の解除をしたって言いたいのかな?」


 聞き返すカドリの息遣いが徐々に荒んでゆく。ギリギリと奥歯を噛みしめ、至極憎らしそうにクルドを睨みつけていた。


 クルドは飴をポケットにしまい、めんどくさそうに口を開く。


「“倍化の魔廻印”……魔力で生成された物質の質量を倍化させる魔廻印。単体で使用することはほとんどなく、大体は魔力で生成した炎、氷の威力を効率よく増加させる手段の一つとして用いられる。“再生の魔廻印”……元はヒール手段の一つとして利用されていた修復魔術、接合(コネクト)が派生したもの。一度分解した物質をその場で再生することが出来る。ただし、その効力は“魔力を基盤として造られた物質に限る”ものであり、欠損した肉体の再生成等はできない」


 カドリは肩をすくめ、呆れたように言い放つ。


「魔廻印の知識を少ししゃべって……解析した気になっていたとはね。見た目の通り、かわいげのある子でよかった」


「そしてこの飴玉」


 クルドがぶった切る。


「見たところふつーの飴だし、あたしもちょっと前までは知らずにポッケにいれっぱだったけど…こいつは龍魔力で出来ている。魔力で出来てる以上魔廻印を組み込めば“倍化”も出来るし“再生”することも出来る。正直“龍魔力”に関してははあたしもまだまだわかんないも多いからその飴自体を分解したりなんかは出来ないけど……そこに組み込まれてる魔廻印を潰すだけでいいって気付いた時はなんてゆーのかな……しょーじき笑っちゃったよ」


 カドリは頭を掻いて答える。


「してやられてしまったみたいだね。人質戦法が使えないとなると……君の知らない僕の龍魔力で対抗するしかないのかな」


「あたしの観測上、龍魔力は“無の状態からの生成”を基本としてる。火とか風とか雷とか、本来特定の条件が揃わないと起こせない自然現象をはじめ、時には“瘴気”のような特定の物質を生成して攻撃手段として使ってくる。これがメテン達の戦いの基本……んまぁ、勿論例外もいるけど」


 クルドは恨めしそうにイブキを流し見る。ただ光を遮った結果で産まれた暗い領域に過ぎない“影”を伸ばしたり地上に発現させるイブキの力は、確かに彼女の用いた仮設を前提とすると少し“例外”に当てはまるものかもしれない。


「それを基準に置き換えるとおまえの能力は“糖”。龍魔力から糖を生成し、水飴状にして操っている。一見攻撃的な響きはないし、はっきり言ってよわそーな能力。実際水飴で攻撃するなんて聞いたこともないしね。でも、大量に錬成すれば持ち前の粘っこさで足止めも効くだろうし、身体を包み込めば簡単に窒息させることだってできるし、硬度変化を用いて物理的な殺傷も可能。一度手の内にハマったら中々抜け出せない響き以上に厄介な能力だね」


 カドリはとても朗らかに微笑み、光の灯らない瞳で答える。


「おや、褒めてくれるなんてうれしいな。……長く紹介してくれたようだけど……それが君の解析ということでいいのかな? お勉強ができるようだけど、それがわかったところで……」


「“力の理解”は戦闘において致命的でしょ。さっきあたしがおまえの飴攻撃溶かしたけどさ……弱いんでしょ? その飴熱に。だからこーやって日中で活動する時には飴に“氷結の魔廻印”を仕込んで冷却しながら戦っている。温度調整もカンタンだしねアレ。手の内スッカスカってことなんだけど気付いてなかった?」


「………」


 彼女の強烈な煽り文句に耐えかねて音を上げたか、そもそもはじめからそうするつもりだったのかは定かではない。ただクルドが煽り文句を締め括った瞬間、カドリは表情を崩さずに右足で彼女を蹴り飛ばしていた。


 それも生半可な威力ではなく、彼女の小さな脇腹に右足がめり込み、その胴体を二つに引き裂く程の強力な蹴り。


「あ……く…ど……ああ……」


 無機質に舞い上がる少女の上半身。力の伝達が途絶え自律が利かなくなり、崩れてゆく下半身。ドクドクと絶え間なく地に溢れてゆく鮮血は少女のまっ白くてか細い足を赤黒く染め上げ、無理やり裂かれたが故に飛び散った肉片が四方八方に飛び散る。


 あまりにも突然で呆気なさすぎる出来事に言葉すら失い、膝をついて震えるイブキ。クルドの上半身は地面にベチャという音を立てて落下すると、下半身と同じくして地面を赤黒く染めてゆく。


「……いけないことをした」


 血まみれの上半身を悲しげな表情で掬い上げるカドリは、あろうことか跪くイブキにそれを見せつけ、


「見てくれイブキ。今彼女は凄く苦しんでいる。脳の神経が生きている限り、どれだけ傷ついても簡単には死ねないんだよ。でもね、僕がこうしてやれば……」


 そういって飴玉を生成したはずのカドリの右手には、少量の綿が握らされていた。


「“怒り”も結構致命的だからね? 即席の幻覚魔法にかかるなんてさ」


「……驚いた」


 カドリの呟きに呼応するように手中の綿が爆発する。小さな綿ながら、決して馬鹿にできる威力ではない。紙雷管を鳴らした時のようなパンッ! という乾いた爆破音と共に、彼の右手からもくもくと煙が立ち上ってゆく。


「……ッ!!」


 爆発をもろに受け、焼け焦げて血まみれになった右手を抑えて顔をしかめるカドリ。彼に続くように皮膚と鮮血の焼け焦げる形容しがたい匂いの立ち上る煙を吹き飛ばし、先程真っ二つになったはずのクルドが顔を覗かせた。


「く、クルド……なんで……?」


「これも一個の戦法ね。煽りまくって相手の隙を突く……きしどーとかそーゆーのから見ると“外道”って言われてる行為……んまぁ、孤児院のちっちゃいのを人質にするような“悪道”にはもうちょっとゲスい手使ってもいいくらいだけどさ」


 クルドは素早くイブキの横に並び、ポケットに手を突っ込ませて鼻を鳴らす。


「で、でもお前さっき……け、蹴られて…………」


「あ、あれイブキにも効くようになってたか。んまぁ、そのおかげで騙せた感じあるしいっか」


 そう言いながらクルドは先程イブキが見たはずの“真っ二つになったクルドの遺体”を指さす。


少女の姿をしていたそれはただのふたつの大きな綿の塊となって主人であるクルドの周りをふよふよと漂う。


「お、おまぁ…………まじで趣味悪すぎんだろ……………」


「えへへ、めっちゃイブキもビビってるし面白かったから大成功だね」


 生意気に笑うクルドを見てドッと力が抜けたように膝をつくイブキ。すこぶる趣味の悪いイタズラを受けたはずなのに、イブキの心は強い安心感に包まれていた。


 生きてくれていたこと、協力してくれること、そして何より、極限状態の最中で日常に近いやり取りが出来るこの時間がイブキの心に安心をもたらし、心の余裕を作っていた。


 しかし、そんな時間も戦闘が続く状態の中ではほんの僅かな安らぎに過ぎない。自身の飴でボロボロになった右手を飴でコーティングしたカドリが瞳をギラギラと見開いて睨ませ、頭上に無数の飴の槍を控えさせている。


「イブキ、君は……なにを考えているのかな?」


 声色を強めるカドリ。


「どうして……救われない? 君は僕という友達にひどい目に遭わされ、最初からこうするつもりだった僕の意図を見破れずに大切な人を危険にさらした君は今、生きるのが…辛いはずなんだ……だからねイブキ、僕が……僕が」


「死ぬことが救いなわけねぇ……何回も言わすんじゃねぇよ。それに……“人殺しのお前”は…友達なんかじゃねぇよ」


「……え?」


 “友達なんかじゃない”という言葉を受けた瞬間、カドリは酷く狼狽した。瞳をこれ以上ないほど大きく見開き、壊れたように涙が溢れだしている。膝はガタガタと面白いくらいに揺れ動き、首は力を失ったように項垂れていた。


 荒い息交じりにカドリは答える。


「……それだけは…それだけは言ってはいけないよイブキ。君は僕の一番の友達。そんな一番の友達を救済することで僕は一皮むけられるッ!! 君が僕との友達をやめてしまったら…君を救っても僕は救済者になれないじゃないか。そうすれば……僕はまた…僕はまた一番を見つけてなければならないッ!! 救済者になる前にまた人を殺めなければならなくなるッ!! これ以上僕はッ!!」


「なにいってんのおまえ」


 イブキが答えるより先に、背後から蔑むような口調でカドリの主張を切り捨てるクルド。


「人を殺すようなヤツが救済者なんかになれるわけないじゃんか。なんでイブキに拘ってんのかしんないけどさ……要はさ、おまえ人を殺してきたことを後悔してるんでしょ? 辛そうにしてるから殺しますってやり続けて殺してさ、そいつらの最期の表情が辛そうなままなのが気に入らなくて、自分の信じた救いがどんどん否定されていってさ」


 スラスラと続けるクルドの真横を、勢いよく飛んできた飴の槍が掠めてゆく。


「ありえない。この村の人たちは皆、僕の救いを笑顔で受け入れてくれた。だからありえない。君は彼らにもたらされた救いを否定するのかな? 新しい救済の形を作ろうとする僕の在り方を否定するのかな?」


「確かにその時のおまえは救済者だったかもね。でもその救いって“求められたから”感謝されてるだけ。意図がどーであれ、自分の価値観で勝手にやるもんじゃないんだよね。たとえばジェミニにしても、おまえの勝手な想像で殺しただけ。ジェミニはちんちゃいガキだから少しすれば里親も決まってちゃんと幸せになってただろうし……こっちのが全然“ステキ”じゃない? そんな未来をおまえは壊して奪って、終わらせて“救った気に”なってるの」


「君は本当にごちゃごちゃと口が回るね、すこし……」


 両手を龍皮化させてゆっくりと迫ってくるカドリを気にせず、ペラペラとクルドは続ける。


「そんで薄々おまえも気付いてんの、死は救済にならないって殺した後にさ。気付いたところで自分が奪った命が戻ってくるはずなんかないし、忘れようにもそう簡単にはいかない。だからおまえはその答えを否定する必要があった。最初の人らとおんなじくらいイブキを絶望させて、感謝されながら殺すことで自分の救済は間違っていなかったってね。おまえが救いたかったのはイブキでも誰でもなくて、自分だったってこと」


 充分な距離まで迫ったカドリはつぶやいた。


「……少し黙ろうか」


 クルドに向けて奮われた右手は、命中することなく空を切った。


「……ッ!!」


 突然眼前から姿を消したクルドに驚愕しながらも左右を見渡して警戒するカドリ。そんな彼の背後から、


「んまぁ、これは見破れないよね。あたしの隠し技だし」


 仕方なさそうな一言と共に、小生意気な少女はカドリの背中を思い切り蹴飛ばした。


 カドリは地べたを転がり、這いずりながらイブキの目の前で立ち上がる。


「ひどい人だ……君の上司は」


「でもお陰で……お前にやるべきことがやっとわかったよ」


 お互いに一言だけ躱す。それぞれの想いを代行した拳が、互いの頬にめり込んでいった。

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