53/作戦
アンディから頭の混乱するような告白をされてから、私は感情に振り回されないようにと必死に動いた。
まずはエステルの瞬間移動に使うための素材の購入や、その加工の手配。
それから、各地に配置するに当たっての場所選定など色々だ。
一方で、エリクやアンディ達はアデル婆さんに鍛えてもらっているらしい。
我が家の裏庭は、もうずいぶんと前から訓練場と化していたが、今では毎日のようにアデル婆さんの叱咤する声が響く。
……一応、侯爵家の庭なのに。
アデル婆さんの魔法で、庭が保護されてるのが唯一の救いだわ。
それにしてもあの訓練に着いて行けるとか、皆凄すぎる。
一度だけ、足手まといになるのは嫌だなと思って、参加したことがあるのだけれど……。
あの婆さんは的確に、私の弱いところ――つまりは”痛み”を与えてきた。
周囲は心配するし、エステルがアデル婆さんを批難めいた目で睨んだりと、そりゃもう大騒ぎ。 非難
私自身は、皆と共に戦うのは無理だな、とか。
自分が望んだ事だし、何かあった時には後衛に専念するのが無難だな、と改めて実感しただけなのだけれど。
容赦はないし、口も悪いけれど、自覚させるためには必要だったと思うので、婆さんのためにもエステルは宥めておいた。
ごめんね、アデル婆さん。
そんな訳で、余計な事を考えられないように、追い込むような形で私は日々を忙しく過ごし――二ヶ月。
ある日、アンディに呼び出されて登城した。
* * *
以前婚約破棄を切り出した部屋に案内され、やはり前回と同じように小さめの丸テーブルに椅子が二脚。
その片方にアンディは座っていているのだが……。
(……席が近いし、あの日の事思い出すわね……)
なんか、もう帰りたい気分。
内心で嘆息しつつ、席に座ってお互い挨拶を交わして、お茶菓子をつまむ。
当たり障りのない会話自体は、嫌ではないけれど、このまま二人っきりというのは少し、気が進まない。
(だいたい、自分を「好き」と言った相手と普通に接するとか、難しいんですけれど……っ)
普段なら誰かがいるから意識もしないですむけれど、こういう空気は本当に困る。
(……とっとと、本題を聞いて帰ろう)
決意したら、後は実行するのみだ。
「あの、アンディ様。今日のご用件は何でしょう?」
「あぁ」
頷いて、手にしたカップをことんとソーサーに置いてアンディは微笑んだ。
「結婚式を挙げるから準備しておいてね」
……はい?
目を瞬いていると、アンディはニッコリと微笑み、もう一度繰り返す。
「結婚式を挙げるから準備しておいてね」
聞き間違いじゃなかった。
「何をこの忙しい時に言っているんですか!?」
思わず席を立って叫ぶ。
「だ、だいたいっ!! 婚約は破棄したでしょうっ!?
私の意志で破棄出来るというお約束のはずですっ!!」
混乱して叫ぶけれど、アンディは困ったように笑ったまま。
それから、彼は指を口元に当ててから、扉の方を指差す。
多分、聞こえるから静かにということなんだろう。
自分の軽率な行動に唇を噛み、この間使った消音の魔法を使い、席に座り直す。
「……消音の魔法を使いましたので、これで外には聞こえません」
「へぇ、そんな魔法も作ってみたんだ?」
「いえ……真似しただけですよ。お兄様が使っていたのを」
「流石はレオンハルトさんだね」
感心するように言うアンディ。
本当に、なぜあんな兄貴を尊敬しているんだろう……。
「……それより、なぜこんな時に、結婚式なんて話を……」
「もちろん、アイゼンシュタイン候を誘き寄せる最善手だからだよ」
彼の言葉に眉を顰める。
「彼は常に忙しく動き回っている。
……そうやって、自身の身を守る為、所在を掴ませない様にしているかもしれない」
ありえる。
クソ親父とは、実家にいる時ですら禄に会ったことがなかったのだから。
「――けれど、連絡を取る窓口自体は存在する。
そして表向きは王家に従っている以上、彼は王家側で呼び出しを掛ければ従わざるえないはずだ。
……少なくともクーデターを起こすまではね。
だから、そうやって彼を呼び出そうと思う」
彼の言うことは最もだ。
私が呼び出すのはまず不可能で、兄貴に頼む事自体がリスキーだし、それすら当てになるか分からない。
それならば、権力を使って呼び出すのが一番だろう。
ふむふむと頷いていると、アンディは説明を続けていく。
「でも、合理性に欠ける唐突な呼び出しでは警戒をされるかもしれないよね?」
用心深い男だから、クーデターがバレたとは思わなくとも、クラース家がなにか余計なことをしたと勘ぐる可能性はある。
そうするとシルヴィア達が危険にさらされるかもしれないし、何よりクーデターを早める可能性もあるから、出来るだけしない方がいいだろう。
「では、彼を呼び出す理由として最も相応しいのものは何かな?」
アンディにそう問いかけられれば、自ずと答えは分かる。
(……私達の結婚式、か)
家と家を結ぶだけではなく、相手は王族だ。
表面上従わなければならないし、おそらくクソ親父にとっても都合のいい展開だろう。
これならば、簡単に呼び出すことが出来るはずだ。
「僕たちの結婚は、王家と侯爵家の結び付きを強める事を目的としているから、最終的な合意は両家の当主が直接行う必要がある。
これは名代ではダメだから、侯爵を呼び出すに足る理由となるだろう?
それに、この理由での呼び出しは今までの自然な流れの延長線にあるからね」
私が言った婚約破棄は、未だ正式なものではないから、クソ親父にとってはまだ続いている契約だ。
そして、婚約したままであるなら、当然いつかは結婚するので、それを理由とした呼び出しがいつかあるのはあの男も知っているはずだと、彼は続けた。
「我々の婚約を許可したのは彼であり、言うなれば彼自身の計画の内で予定されているものだから、警戒はされ難いはずだよ」
「それは……そうですけれど……」
説明自体には納得が行く。
きっと、彼の提案に乗ればうまいことクソ親父は釣れるはずだ。
だが――
「あの、結婚式はフリ……ですよね? あくまで誘き寄せる餌なんですよね?」
恐る恐る確認を取ると、彼はにこやかに笑う。
「本当に式を挙げるつもりじゃないと、彼がひっかからないかもしれないだろう?
其のつもりで準備をするから、君も宜しくね」
「ちょっ!?」
ゲームではそんな場面はなかったが、要所要所で、日本のイメージが反映されているこの世界だ。
きっと誓いのキスとかあるだろう。そうなっては『魅了』してしまう。
「ダメですっ! 誓いのキスなんてしたら大変なことになるじゃないですか!!」
もうこの際、結婚式を本当に挙げるのを百歩譲って良しとしても、『魅了』案件は見過ごせない。
しかし、慌てる私とは裏腹に、彼は涼しい顔で微笑んでいる。
「別に僕は君の奴隷になっても構わないよ。仮にそうなっても君は変な命令はしないだろう?」
そういう問題じゃないっ!!
結婚式 の 日取り が 決まった!
ミーナ は 混乱している!!
……混乱してばっかだな、ミーナさん。
* * *
お読み頂きありがとうございます。




