閑話/エリク・続く道のため
目が覚めると。
見覚えのある――いや、毎日見上げている天井が見えた。
ぼんやりと窓の外を見れば、太陽の位置は高く窓からでは見えない。
(まだ、昼、だな)
なぜこんな時間に、今自分はいるのか。
……どうも頭の回転が遅い。
いくらなんでも、思考が鈍すぎる。
原因は何かと考えていると、部屋に母さんが入ってきた。
母さんは、俺を見るなり一瞬ほっとしたような笑みを浮かべ――すぐに叱りつけるような目で見る。
「……おはよう、母さん」
「自分が何をやったかわかっているのかい?」
厳しい口調で問われ、ようやく自分がこうしてベッドの上にいる理由を思い出す。
以前お嬢様に提示された、雷魔法の可能性。
それを実用可能になるようにと、いろいろと試しては訓練していたせいだ。
今回は、どうも出力を上げすぎたらしい。
お嬢様の側に、アーデルハイド殿がいてくれるからこそ、出来る事。
そうでなければ、万が一に備え無茶な訓練等出来ない。
――とはいえ、確かこれで二回目だ。
母さんが心配し、文句を言いたくなるのも分かる。
バツの悪さになんと言えば困っていると、母さんが口を開く。
「起きたなら、さっさとミーナ様のお部屋に行きな。呼んでいらっしゃるよ」
「……分かった」
待っているだろう、お嬢様の叱咤に。
どう弁明するべきかと悩み、重い足取りで彼女の部屋へと向かった。
* * *
にこりと微笑むお嬢様。
とても美しい――のだろうが。
身に纏う不機嫌さが、こちらの背筋をぞくりとさせる。
むしろ顔立ちが美しい分、不機嫌さも相まって、凍てつく氷のようだ。
「エリク、分かっているわよね」
当然、といった口調で彼女は言う。
普段あまり威圧的になることのないお嬢様。
そんな彼女が、自分の身を案じている。
反省すべきことだ。
(……俺って奴は)
彼女に心配されていると感じ、悪くないなどと感じるなんて。
それこそ、ろくでもない。
ただの疲労時や、訓練ならばともかく。
今回は自業自得ゆえの、結果。
本来ならば、俺は主である彼女の命令に従うべきだ。
だが。
今よりも強くなる為には――それも、早急に強くなる為には、必要な手段。
お嬢様に心配していただけるのは光栄で、不謹慎にも少々嬉しい。
けれど――
(申し訳ないが、止めるわけにはいかないんだよな)
* * *
あの日、お嬢様は俺を連れクラース家へと向かった。
普段ならば、理由を聞いたところだろう。
でも、あの日はあまりに焦ったお嬢様の様子に、何も言うことなく従った。
何も説明はなかったものの、自分を頼ってくれた事が嬉しかったからだ。
同時に、危険な事に手を出そうとしている雰囲気を感じ、止めるべきかと悩みもした。
クラース家に押し入り、強制的に俺に人払いさせる等、普段の彼女を考えれば絶対にすることではない。
つまり、それほどの重要な話をするという意味だという事。
お嬢様の安全を思えば、止めるのが正しいのだろう。
――彼女の強さを俺は知っている。
それは、魔法の腕ではなく、心の強さ。
俺が止めたところで、絶対に止まることはない。
むしろ、一人で向かうだけだ。
「クラース家へ連れてって」といった時の、彼女の眼差しは今でも忘れられないだろう。
スカイブルーの眼は、強い意志を秘めていて。
とても美しかった。
その強い輝きを、曇らせたくないと思った。
何より――主の願いを叶え、主の危険を排除する。
それが護衛騎士たる自分の仕事。
よほど無茶なことや、犯罪に関わる行為ならばともかく。
「安全のため」とはいえ、主の意向を変更させる等、あるべきことではない。
――とはいえ。
かつての誘拐事件での、己の不甲斐なさを嘆いて、新たに目標を掲げたものの。
目標に据えた相手が悪かった。
どれだけあがこうと、届かぬほどの高みにいる若様。
身の丈に合わない目標は、途中で挫折するだけ。
かといって、身の丈だけを重視して目標を掲げても、伸びはしない。
諦めたつもりはなかった。
けれど、いつの間にか若様という目標に対し「特別だから」「天才だから」と言い訳を自分に言い聞かせていたのかもしれない。
そう自覚したのは、アーデルハイド殿の存在だ。
若様以外で、俺が「今のままでは絶対に勝てない」と感じた人物。
かつて「竜殺し」と称された女性。
彼女の偉業や、物語は俺もよく知っている。
幼い頃に、憧れていた。
だから、彼女が天才であることも知っている。
――でも、彼女はそうは思わなかったのだろう。
訓練の時に、そんな「諦め」を感じ取った彼女は言った。
『弱い? なら死に物狂いで強くなりゃいいだろ』
シンプルにして、真理だ。
才のある者に追いつきたいのなら。
倍――いや、それこそ三倍、五倍……それでも駄目なら、十倍の努力をするしかない。
幸いなことに、今ならばその「倍以上の努力」をするのに最適な師がいる。
あとは己の覚悟だけだ。
たとえ、お嬢様が殿下へと嫁ぐ日が来たとしても。
自分は彼女の幸せを守れればいい。
――アーデルハイド殿にしごかれて、ようやく純粋にそう願えるようになった。
あとはただ努力するだけ。
多少の無茶など躊躇うことはない。
* * *
――なのだが。
(うーん……お嬢様に素直にそう言っても、きっと受け入れてもらえないんだろうな)
その優しさも彼女の魅力の一つ。
けれど、そう言って聞いてもらえるだろうか。
「自分が強くなるためにと、自分で決めた事なのですが……」
「……」
念の為言ってみるが、やはり納得してくれないようだ。
眉を釣り上げ、どこか拗ねたように彼女は俺を睨む。
頬をかきつつどう伝えるべきか悩み、考える。
「エリクはもう十分強いじゃない……そんな危険なことしなくたって……」
咎めるような響きを含む、お嬢様の言葉。
少し前なら、彼女を心配させるよりは――と考えたかもしれない。
だが、今は違う。
自分が強いなどとは、欠片も考えられない。
確かに弱くはないだろう。
けれど、誰よりも強いわけでもない。
”最強”などと言った称号に興味などないが。
それがお嬢様を守るのに、必要だというのなら。
俺は目指すべきだし、目指したい。
「お嬢様。
確かにきっかけは、貴女かもしれません」
ひた、とお嬢様を見つめ、出来るだけ言葉に力を込める。
「ですが、いつかは自分で気づいた事かもしれません。
もしかしたら、他の誰かに教えられたかもしれません」
あくまで可能性。
お嬢様の提案はきっかけだ。
「でも……」
顔を曇らせ、自分を責めるように口ごもる。
(……そんな顔をしないでください)
自分が原因で、彼女が苦しむなんて嫌だ。
だから、出来うる限り言葉を選び、伝える努力をする。
「きっかけはなんであれ、それを選び取るのは、それぞれ個人の意思です。
仮にお嬢様が言わなくても、きっと自分は今と同じ道を選びます」
そう。お嬢様に言われたからではない。
強くなれると俺が感じたから、訓練を重ねているのだ。
「確かにお嬢様の言葉は、その身分もあって、いろいろな人間に影響を与えるでしょう。
ですが、それは決して貴女だけの責任ではありません」
身分のある者ほど、その発言には重みがつきまとう。
貴族である以上、多少なりと誰もがその責任を持っている。
いや――生きている限り、きっと誰もがそうなのだろう。
かといって、誰もが誰かの言いなりという訳ではない。
誰だって「選んでいる」。
従うも、従わないも自分次第。
それが生きるという事。
「自分は強くなりたい。
そのために必要な努力を惜しむつもりはありません」
「エリク……」
貴女を守るために。
貴女が幸せであるために。
それこそ、俺の命で彼女が幸せになってくれるなら、喜んで捧げよう。
――きっと、そんな事を言えばお嬢様は怒るだろうけれど。
内心苦笑しながら、傅いて彼女を見上げる。
お嬢様は困ったような、戸惑うような――そんな顔をしていた。
なんだかそれが嬉しくて、俺は微笑みを浮かべて口を開く。
「どうか、御身の傍に。
貴女が望んでくれる限り、私は貴女を守り抜きます」
――そう。
例えその結果、明日へと続く道が途切れようとも。
いつか、自分の手から離れる日が来るまで――
あとがき
エリク は 一皮 向けた!
ただただ、全てはヴィルヘルミーナの為に。
* * *
お読みいただきありがとう御座います。
本日はもう一話、更新を予定しております。




