閑話/アンディ・信じるという事
最初に聞こえたのは、背後からの驚き声。
慌てて振り返れば、コルトが地に臥せっていた。
「コルト!?」
彼の名を呼んだ直後、今度はすぐ横からのうめき声。
気がつけば、足元にディルクが倒れていた。
慌ててその場から離れれば、先程まで居た地点に何かが通り過ぎる。
同時に、フォルクマールの悲鳴。
そして――
「ほいっと」
背後からの声と同時に、僕の意識は暗転した。
これが、僕達がアーデルハイドさんに稽古を付けてもらった初日の出来事。
――彼女との稽古が十分ともったことは、ない。
* * *
「あーくそ。今日も何も出来なかった!」
苛立ちげにフォルクマールが、行儀悪く椅子に座って悪態をつく。
気持ちは僕も――いや、他の二人も同じなんだろう。
ディルクは、悔しそうに黙り込み。
コルトは、何かを考えているようだ。
用意されている紅茶に手を伸ばし、一口。
芳醇な香りが、精神を落ち着かせてくれるけれど……。
(だからって、気持ちは晴れないんだよな……)
最初、僕は一人でアーデルハイドさんに稽古を付けて欲しいとお願いした。
「強くなりたい」と口にした瞬間、鼻で笑われた事は今でも鮮明に覚えている。
末とはいえ、王子という立場だった僕は、今まであんな態度をされたことがなくて。
思わず呆然としたものだ。
『王族は後ろでふんぞり返って命令するのが仕事だよ。
武器持って戦うのは下っ端のやることさ』
それは真実なのだろう。
だが、それでも僕は強くなりたい。
かつて、母上を守ってくれたレオンハルトさんの様に。
誘拐事件で暴漢を一蹴したエリクの様に。
だから、しかめっ面をする彼女に何度も頼んだ。
結局、根負けしたのか訓練自体は了承してくれた――のだけれど。
(師事している相手だし、別に態度に対して何か言う気なんてないよ?
でも……本当、キツい人だよね)
苦笑いを口元に浮かべ、再び紅茶を一口。
口を開けば罵詈雑言、容赦なくダメな点を抉り踏み躙ってくる。
悔しさを噛み締めながら、それでも稽古を付けてもらっていたら――
ディルクが「自分も稽古をつけて欲しい」と申し出てくれて。
フォルクマールが渋々と言った調子で、「俺様もやる」と言い。
コルトがため息混じりに参加してくれた。
『個々の資質はともかく、チームワークは悪くないね、あんた達。
良いだろ、あんた達は部隊として動ける様に稽古をつけてやるよ。
きっちり連携が取れるようになったら――そうさね、坊やくらいには勝てるかもね』
坊や――彼女がそう呼ぶのはエリクの事だ。
彼に勝てる?
国内でも有数の使い手だろう、彼に?
僕たちが?
挑戦的にそう言われてしまっては、引き下がるわけにはいかない。
まずは、基礎鍛錬を三時間ほど。
その後に、チームでアーデルハイドさんに挑む。
最後は、反省点を皆で確認し、次回の稽古の為の作戦を練る。
これが、僕達に課せられた稽古内容だ。
初めてアーデルハイドさんと戦った頃に比べ、僕達は強くなっているという実感がある。
しかし満足できる水準には程遠い。
(目標が高すぎる自覚はあるんだけれどね……こればっかりは)
ため息を吐いて気持ちを切り替える。
「今日の反省会を始めようか」
「あー……その事何だが……」
言いにくそうにコルトが、僕らを見回す。
「今回の作戦時に、万が一に備えて鍛えるのは間違いではないと思う。
たが、私達が前線に立つことを想定するよりも、守りに重点を置いた方がよくないだろうか」
「まー……俺様は魔法師たから、前に立つことはねぇが……」
ちらりと、フォルクマールは僕へ視線を向ける。
「そっちのがいいかもな。
乱戦は苦手だしなー」
二人が言いたいことは何となく分かる。
末席とはいえ、王族が前線にいたら周囲は気を使うだろう。
場合によっては、僕のせいで怪我人を増やす可能性だってある。
(……ついでに、強くなったら率先して前に出そうだなって、コルトは心配してるんだろうね)
あながち間違いではない。
――それに。
僕が戦場に立つことで、一番危険になるのはきっと皆だ。
(……僕の我儘につき合わせていいんだろうか)
騎士の家系に生まれたディルクはともかく。
コルトは性格的にも能力的にも、あまり戦いには向いてない。
彼のお父上と同じく、内政向きの人間だ。
フォルクマールだって、あれで研究職にも向いてるから、わざわざ危険な騎士になる必要なんてないだろう。
(騎士になりたいって言ったのは、僕の我儘みたいなものなんだよね)
それでも、彼らは僕と一緒に騎士になってくれると言ってくれた。
――それは”友達”だから?
かつて、彼らに”友達”になって欲しいと言ったのは僕だけれど。
(……これは、本当に友情なのかな)
脳裏をよぎる疑問。
――僕は友情を利用して彼らを巻き込み、無理を強いているのではないか?
もし、そうだとしたら……彼らの為にも距離をとった方が良いのかもしれない。
……寂しくないといえば嘘になる。
けれど、それが皆の為になるというのなら――
「――あの」
「でもさ」
皆に切り出そうかとしたら、ディルクが先に口を開いた。
自然とディルクへと、皆の視線が向く。
「オレ達騎士になろうって、いろいろやってるんだよな?」
すでに僕たちはその進路を、それぞれ両親へと伝えてある。
それに伴い、騎士になるための鍛錬や授業も受けているので、進路はほぼ確定したと言えるだろう。
でも、今ならまだ僕の”我儘”ということでどうにかなるはず。
(もし皆が騎士になりたくないなら――)
しかし、皆の顔は僕の想像とは違った。
ディルクは、疑いも迷いもないまっすぐな目で、僕らを見てる。
コルトは、ため息を吐きつつも、異論なさそうだ。
フォルクマールは、「そりゃそうだ」と呟きながら頷いていた。
「だったら、別に最前線を想定して訓練しておいて問題ないんじゃないか?」
「それは今やることか?」
「そりゃまぁ……。
本気で戦争みたいな事態になってたら、最前線にオレたちがいても邪魔だと思うけれどさ。
今しかあんな訓練受けられないだろ?」
「あのババアのなぁ……」
「フォルクマール。止めろ。
彼女の場合、どこで聞いてるか本気で分からない」
苦々しそうに言うフォルクマールに、かなり真面目に口止めするコルト。
「なんにせよ、騎士になるつもりならやっぱ、今のままで良いと思うんだよな。
強くならないと、守りたいものが守れないだろ?」
力なき正義は、ただの無力だ。
だからこそ、騎士は強くならなければならない。
その背には守るべき者がいるのだから。
――騎士になろうと決めた時に、教えられた言葉だ。
(ディルクは迷いがなくて凄いな)
僕たちの中で、一番精神的に強いかもしれない。
「……そう、だな。
騎士を目指す以上は、強くなるのに越したことはない、か」
コルトがため息混じりに呟けば。
「つまり、あのババアとの訓練は続くのか……。
くっそ……今度は、せめて驚かせてやる」
悔しそうにフォルクマールが続く。
「……皆、騎士になるのが嫌じゃないのかい?」
当然のように受け入れられるものだから、ついそんな言葉が出た。
けれど、皆はすごくきょとんとした顔で僕を見る。
「今更何言ってんだ?」
「騎士になるつもりがなければ、私はあんな訓練受けないぞ」
「アンディが言い出したんだろ?
今更騎士になるの止めるとか言い出したら、お前だけ仲間はずれになるぞ」
「……嫌じゃないの?」
きょとんとして声をかければ、皆が皆、じとりとした目を向けてきた。
「もともとオレは、騎士になるつもりだったから、アンディとか関係ないからな?」
「進路に迷っていたのは確かだが。
私は友人に言われたからというだけで、自身の未来を決めたりはしない」
「魔法研究なんて趣味で出来るし、どうせなら実戦で魔法使える騎士のが楽しそうだからなー」
フォルクマールの動機は、ちょっとどうなのと言いたくなるけれど。
三人とも、僕の言葉という”きっかけ”はあっても。
各々、自分で考えて”騎士”という道を選んだ。
――そう、僕と同じように。
初めはミーナに言われたから。
同時に、彼女に”守られる”存在でいたくなかったから。
それをきっかけとして、自分で選んだ道。
(……もっと僕は皆を信じるべきだったのかも)
友達だから仕方なく付き合ってくれているのでは、と思っていた。
あるいは”臣下”として付き従ってるのではないだろうか、と考えていた。
(でも違った)
彼らの目には確かな意志が宿っている。
(仲間なんだ。
同じ場所を目指し、同じ道を歩む皆となら――きっと、どんな困難でも乗り越えられるさ!)
* * *
「おう、ガキ共。
ちったぁマシな作戦でも思いついたかい?
それじゃあ、掛かってきな」
青空を背にアーデルハイドさんは不敵に笑う。
(ど、どんな困難でも……)
――今、目の前にある壁は果てしなく分厚い。
それでも、いつか必ず。
アンディ達 の 友情度 が 上がった!!
仲良しメンツ。
多分原作では皆がアンディを心配して騎士団に入隊したのでしょう。
* * *
お読み頂きありがとうございます。




