閑話/ディルク・小さな芽生え
ただ、無心に素振りを繰り返す。
アンディと共に師事した、アデルさんが俺に与えた課題だ。
『あんたは技術もあるし、このまま基礎訓練を詰んだ方が良いね。
それと、実戦の数をこなしな。
相手は……そうだね。
坊やに相手をしてやりなって言っておこうかね』
願ってもない事だ。
エリクさんは、騎士団でオレの訓練に付き合ってくれる人達よりも強い。
あの人との手合わせは、とても勉強になる。
ただ、彼の時間を使わせてしまうのが少々申し訳ないが。
先日正直にそれを伝えたら、『この手合わせは、自分にも利がありますので、問題ありません』とエリクさんは笑って言った。
オレの方が身分が上なので気を使わせたのだろうか。
それとも、アデルさんに言いつけられたせいだろうか。
――ほんの少し、そう考えた。
だが、エリクさんはオレとの手合わせで、毎回毎回いろんな手を使う。
勝ったことはないけれど、様々な戦法をこの目で見て、経験するのは実にやりがいがある。
同じようにエリクさんとしても、色々試せるオレという存在は、都合が良いのかもしれない。
(甘えかもしれないな……)
とはいえ、これから起こる――起こす予定の事を考えれば、今は好意に甘えるしかないのが現状だ。
一人で強くなろうとするには、時間があまりに足らないからな。
「ふー……」
素振りの手を止め、ゆっくりと息を吐く。
雑念が混ざってきたから、というのもあるが。
どうやらオレに用がある奴がいるみたいだから、一度終わりにしよう。
「レナ、なんか用か?」
「ふぇっ!?」
振り返り――庭の木に隠れるように佇んでいたレナへと声をかけと、彼女は小さな悲鳴を上げる。
(……バレてたのに気づいてなかったのか?)
少し前から、隠れてこちらを伺っているのには気づいていた。
多分、オレの鍛錬の邪魔をしないように、待っているのだと思っていたんだが。
実戦稽古を付けてもらうにあたり、訓練場所はオレの実家にある訓練所を使っている。
これならオレとの訓練後に、エリクさんに訓練所を貸しやすい。
せめてそれくらいの、お礼はしたかった。
ちなみにレナがいるのは、エリクさんだけでなくミーナもうちにいるからだ。
そしてミーナの奴がいる以上、世話役のレナも必要らしい。
(”お嬢様”という身分も大変だよなー)
アンディもそうだが、身軽に出かけられないという身分というのは、本当に息が詰まりそうだ。
(うちなんて、「出かけてくる」の一言でいいもんな)
男所帯の家だからっていうのもあるかもしれん。
母さんも元騎士だから、あんまり口うるさくないし。
――と、考えてる場合じゃないな。
「で、レナ。なんか用か?」
一向に何も言い出さない彼女に、もう一度問いかけると、レナははっとした顔をしてから指を組む。
「あ、あのっ。
お嬢様が、そろそろお茶にしませんかって」
「もうそんな時間か」
エリクさんはエリクさんで、結構根を詰めるタイプだ。
けれど、ミーナが「お茶にしよう」と提案すれば、断ることはないだろうから、休憩させることが出来る。
とはいえ、家の人間でもない奴が勝手をする訳にもいかない。
だから皆で休憩を取るのが、恒例となっていた。
「あの、こちらをどうぞ」
レナに差し出されたタオルに、「ありがとう」と礼を言ってから軽く汗を拭く。
「あ、あっち向いてますね!」
そう言ってレナは背を向ける。
なんだか耳が赤いような。
(……あ、またやっちまった)
冷静に考えると、女性の前で服をめくって体を拭くのは行儀が悪い。
どうもオレは、そういう配慮が足らないな。
「悪い」
「い、いえ。大丈夫です」
レナが度量の広い奴で良かった。
母さんの前でやったら、容赦なく拳骨が落とされるぞ。
「――うし。もう大丈夫だ」
「はい。では、行きましょうか、ディルク様」
「おう」
二人で庭を歩く。
我が家の庭は、走り込みをするために無駄に広い。
ミーナ達が待ってる茶室まで、そこそこかかる。
走ればすぐだが、レナを走らせる程急いでるわけでもない。
「今日の訓練ではエリクさんがな――」
移動中ずっと無言というのはどうも苦手で、つい今日の訓練の話をしてしまう。
レナはオレの話を、微笑みながら聞いてくれて。
だから余計に口が回る。
(こういう話、あんまり興味ないだろうにな)
一般的に、武術の話が女性ウケしないのは知っている。
というのも、親父の部下が愚痴っているのを聞いているからだ。
事実一番身近な女子であるミーナも、あんまり興味ないみたいだし。
「どうかしましたか? ディルク様」
「いや、レナはいいヤツだなって」
「……はい?」
意味がわからないといった調子で、首を傾げるレナ。
(うーん。なんて言えばいいかな)
こういう時、アンディやコルトなら上手いこと言葉に出来るんだろうが。
「えーっとだな。
興味ない話を嫌な顔せずにちゃんと聞いてくれるからさ。
いいヤツだなーって」
「あぁ、そういう意味でしたか」
苦笑して、柔らかくレナが微笑む。
「正直に申し上げれば、確かにディルク様のお話を、ちゃんと理解出来てはいないと思います。
けれど……楽しそうにお話してくれるのが、私は好きなんです」
「そうか」
……なんだか妙に、落ち着かない。
こんな風に言われるのが初めてだからか?
フォルクマール程じゃないが、オレも割と口下手な方だから。
「楽しそうに話すのが好き」等と、言われるなんて思ってもみなかった。
「申し訳ありません。
理解出来てない、なんて言ってしまって……」
オレがそっけなく答えたのが、不満と見られたのか。
申し訳なさそうに、レナが慌てて謝り出す。
「いや、すまん。違うんだ。
別に怒ってないし、理解出来ないのは仕方ないだろ。
っていうか、そもそも別の話題を出せって話だよな」
「いえ、そんな事は……」
立ち止まり、二人してオロオロと互いに狼狽える。
「えーあー……エリクさんも凄いけど、ミーナも凄いよな!」
気まずさに、話題を変えようと彼女の主である、ミーナを持ち出す。
「一人で色々考えてさ、凄いよな」
まさか自分の親が、国家転覆を狙う悪党で。
しかもそれを、あいつは逃げるでも見ないふりをするでもなく、立ち向かおうとした。
頼ってもらえなかったのは、友人として少し寂しいが。
魔法師の腕だけじゃなく精神まで強いあいつを、オレは友として誇らしい。
「そう……ですね。
お嬢様は、本当に強いです」
褒めているのに、なぜか表情を曇らせるレナ。
「……どうした?」
オレの問いかけに、ますます暗い顔をして俯く。
おかしい。レナはミーナの事を好いてるようだから、話題にするに最適だと思ったのに。
「なにか、変な事を言ったか?」
「いえ、そういう訳ではないんです」
俯いたまま、レナは自分の服を掴む。
「――私は、弱いなって」
ぽつりと呟いた言葉は、とても弱々しい。
「……お嬢様も、お兄――兄も、すごく努力しています。
私も、なにか出来たらいいのにって……」
――なんだ。そんな事か。
ほっと息を吐く。
確かに、周囲に比べ努力が足りないのかと、不安になる気持ちはよく分かる。
オレだって、いつの間にかアンディに抜かれて、焦っていた時期があったから。
(でも、レナは違うよな)
レナはオレ達に出来ない事を、誰よりも率先してやっている。
「――出来てるだろ?」
「……?」
俯いていた顔を上げてレナが首を傾げる。
「だからさ、レナはミーナや、エリクさん達の為に、色々やってるだろ?」
「そんな事は……」
どうにもレナは自信というものが足らないようだ。
謙虚と言えば聞こえは良いが、もう少し自信を持っても良いだろうに。
「えーとだな、騎士団に例えるとだ。
実働部隊――戦ったり、警護する人員の方が目に入るし、仕事してるように見えるけどさ。
本当は、そういうわけでもないんだよ」
戦う為の人間は確かに重要だ。
力がなければ、治安を守ることが出来ないから。
だが、戦う奴ばっかだけで治安を守れるかと言えば、そんな訳がない。
効率的な警邏ルートを考える奴。
治安の情報収集をする奴。
知恵を出して、作戦を考える奴だっている。
何よりも重要なのは。
食事の準備や、道具の手入れといった、戦う為の準備をしてくれる奴。
存分に力を振るうための、下準備をしてくれてる奴がいるから、騎士は戦えるんだ。
――どうにか、拙い言葉なりにそれを伝えるが、レナは瞬きをしてきょとんとしたまま。
「すまん。オレじゃ上手く説明出来ないな……。
とにかく、だな」
言って出来るだけ、真面目な顔を作る。
「レナは皆を支えるために、頑張ってる凄い奴だぞ?」
最初、きょとんとして。
段々と顔を赤くして。
レナは両頬に手を染めて、顔を背けた。
「――ありがとうございます」
か細く聞こえてくるレナの声。
(……なんだ、これ)
さっき感じた落ち着かない感覚が、さらに強くなってきた気がする。
「……ディルク様、どうかなさいましたか?」
「いや……なんでもない」
今度はオレの方が、顔を反らす。
(なんだろうな、この感覚)
嫌な感覚ではないが、どう向き合ったら良いか分からなくて困る。
「と、とにかく、二人の所に行こうか」
「そ、そうですね」
二人で困ったように笑って、再び廊下を歩き出す。
少しの恥ずかしさと、居心地の良さを感じながら――
ディルク は 天然たらし 系!
レナ は ときめいた!
スポーツマン系キャラは、なんとなく天然たらし系か、「こいつ可愛いな!」系が多い気がする。
※あくまで個人の感想です。
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お読み頂きありがとうございます。




