47/レオンハルト・仕込み
通された応接間で待っていると、程なく目的の人物がやってきた。
アンディ・フォン・マイナルドゥス。
初めて会った時から比べると、身長も伸び、体付きも男らしくなったように見え、纏う雰囲気も幾分大人びたように感じる。
あの誘拐事件での自身の未熟さとミーナを守るという目標を掲げ、努力した成果とも言えよう。
事実、以前に比べかなり洗練されてきた。
そんな感想を抱いていると、彼は嬉しそうな笑みを私へ向ける。
「お待たせして申し訳ありません、レオンハルトさん」
そう言って、アンディ王子は私の前の席へと着く。
「……それで急用との事でしたが……何かあったのですか?」
訝しげな眼差しで伺う彼に、私は申し訳なさそうな顔を作って告げる。
「妹との婚約破棄をお願いしたくて参りました」
告げた瞬間、彼の表情はまるで彫像のように凍りつく。
(……面白いな。人とはこういう時にこういう反応をするのか)
予想以上に彼はミーナへと入れ込んでいるようだ。
やはり、人の感情を完全に把握するというのは難しい。
だからこそ、私も興味があるのだが。
しげしげと観察をしていると、やがて王子が動き出す。
だが、視線は揺れているし、口を開けては閉めてを繰り返すだけで、なかなか言葉が出てこない。
(これだけ動揺するほど、彼にとってこの婚約が大事な物だったのだろうな。
都合の良い条件で選んだだけの対象だというのに)
その間も、「何故?」「僕は彼女に嫌われてしまったのか……?」などと小さく呟くのが聞こえる。
(……いい加減”動揺”を観察するのも飽きたな。話を進めるか)
混乱している王子の視線を、真正面からひたと見つめる。
すると、彼はどうにか動揺を収め同じ様に私へ視線を向けた。
「――ミーナが貴方と別れる事を望んだわけではありません。
これは政治的な都合なのです」
そう言ってから、彼に人払いを頼む。
完全に人払いがされたのを確認した後、改めて事情を説明し始める。
父上が謀反を企んでいること。
そして、そんな家と繋がっている事は、王族である王子にとってデメリットであること。
今後の我が家の先行きを考えるに、巻き込むわけにはいかないこと。
聞こえの良い言葉で装飾しながら彼に伝えると、どうにも信じられないという顔で驚いている。
(父上の外面は流石だな)
少々感心しながら、彼が納得行くだろう証拠を取り出す。
不正の証拠書類や帳簿、それに手紙をいくつか。
彼はそれを受け取り、一つ一つ確認していく。
一つを確認する度に顔色が悪くなっていくのがよく分かる。
(信じられないが、真実だと認めかけている――というところか)
普通はこれだけ証拠があれば、信じるようなものだが。
それとも、彼に取ってほとんど面識のない相手であれど、私とミーナの父親というだけで信頼に足るのだろうか。
(理解に苦しむな)
最後にシルヴィアに掴ませた三年前の誘拐事件についての音声を聞かせる。
聞いている時の彼は、ただただ、顔を青ざめていた。
そして――最後の「娘はどうせなら、周囲が同情するくらいボロボロにして殺せ」という言葉を聞いて観念したようだ。
顔を歪ませ、血が滲むほど拳を握って振り絞るような声で呟く。
「……本当なんですね」
押し殺した声音に潜むのは、怒りだ。
怒りと決意を秘めた眼で私をまっすぐ見る彼に、私は頷く。
(――予想以上で予定通りだな)
内心ほくそ笑みつつ、私は目を伏せて頷く。
「……レオンハルトさんでも止めれなかったんですか?」
事前に誘拐事件の情報を掴んでいて、私が動かなかったことが不思議なのだろう。
「えぇ。……この情報を手に入れた時には、すでに計画が動いており、私には止められなかった」
実際には監視していたが、真実をわざわざ言う必要などない。
「そう……でしたか……」
顔を伏せ、拳を自身の膝の上で握りしめたまま彼は微かに肩を震わせる。
(結末的には何ら問題はないはずなのだがな)
彼は無事で、ミーナも少々危険な状態ではあったが、後遺症もなく健康なのだ。
むしろ、危機的状況から脱したという絆を得ている分、得しているだろうに。
(その何処に怒り、後悔する要素がある?)
彼の姿に疑問を覚え、考えを巡らせる。
(……”愛”故にとでもいうのか?)
定義的なものならば、もちろん私も理解している。
愛とは、そのものの価値を認め、強く惹きつけられる気持ちであり、対象への慈しむ心や、労る想い。
そこから生まれる、彼女を守りたいという想い、彼女を守れなかったという後悔。
そういった”もの”が、彼を震わせているのだろう。
(……そういえばミーナの魔法に似てはいるな。しかし)
あの激情は、感動は、もっと濃密で、精神の全てを塗り潰す程だった。
(あれに比べれば、自身の内から生じる愛など、取るに足らない)
そう、あれこそが。
ミーナの魔法こそが、真の愛だ。
私は彼が憐れでならない。
取るに足らぬモノに囚われ、心を揺るがすなど。
(――まぁ、良い。私には関係のないことだ)
そう――王子自身のことなど、どうでもいい。
ミーナとの絆を深めてくれれば、それ以外の事など知ったことではないのだから。
「事情は理解して頂けたと思います。
申し訳ありませんが、婚約の話は白紙ということでお願いします」
そう言って頭を下げる。
「ミーナはこの事について、何と言っていますか?
……先程の音声を……聞いてたりは……」
信頼していた人物に裏切られ、精神的に弱っているだろうに、彼はミーナの事だけが気になるらしい。
「彼女は今、どうしていますか?
……傷ついて泣いてたりは……」
彼の言葉に私は笑いを堪える。
(ミーナが傷ついて泣く?)
そんな弱い存在だと彼は本気で思っているのだろうか。
私を相手に諦めず魔法を掛ける彼女が?
誘拐事件の時に、傷つきながらも諦めずに戦おうとする彼女が?
(……これが恋による色眼鏡というものか)
少々勉強になった。
一生私には縁のないことだろうが。
「今、妹は王都には居ません。
クーデターを阻止しようと、あの子なりに奔走しています。
泣いているかどうかは……私には分かりません」
「……っ!!」
目を見開き、感情が揺れているのが見て取れる。
(――もう用はないな)
後は勝手に彼が動いてくれるだろう。
「私の方でも収拾できる努力はしますが、他家も絡むことですから……。
内々で収める事はまず不可能でしょう」
残念です、と小さく付け足し――もう一つ付け加えることを思い出す。
「ミーナは殿下の友人方とも交流があったようですが、彼らにも我が家へは近づかないよう伝えて頂けませんか?
直接伝えられたら良いのですが、我が家と接触することで余計な災いを招いては申し訳ない」
失礼しますと告げ、私は席を立って最後の種を蒔く。
「次にお会いする時は……父と妹共々、断頭台の上かもしれませんね。
何しろ国家反逆の首謀者の血族ですから」
仕込みは上々。
あとは手のひらで踊る人々――ミーナを見守るのみです。
……完全に魔王ですよ、兄貴。
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