48/王都への帰還
「――本当に使えるようになっちゃった」
「ほら、絶対出来ると言ったでしょう?」
エステルの故郷の村で、私は彼女に微笑みながら言う。
とはいえ、一週間で覚えてしまうとか、やはりヒロインは特別だわ。
確かに序盤で覚えられる魔法だけれど、そこからしても世界が贔屓してるんじゃないかと、羨むレベル。
「言ってましたけれど……普通は信じられませんよ、姫様」
「……ところで何度もいうけれど、”姫様”って呼ぶの止めない?」
「でも、王子様の婚約者なんですよね?」
「それは……そう、だけれど……」
婚約など、このクーデター騒ぎで流れると思うし、そもそも『魅了』がある以上嫁ぐ気などない。
慕ってくれるのは嬉しいが、出来れば姫様呼びは勘弁して欲しい……。何度言っても変えてくれないから困る。
本人としてはあだ名感覚なのだろうけれど。
「ならやっぱり、お姫様じゃないですか!」
「シルヴィアの事は”お姉さま”じゃない……」
「シルヴィアお姉さまは、お姉さまっぽいですし」
何故私が姫様で、彼女がお姉さまなのか。ちなみにレナはさん付けである。
「アデルさんと同じように、呼び捨てにするか、せめてさんとかちゃんとか、普通の敬称にしない?」
「呼び捨てだなんて恐れ多い事できませんっ!!」
生粋の平民である彼女からみたら、そうなるのは自然なのだが、”姫様”より余程私には良い。
「なら、さん付けとか、ちゃん付けとか……無難なのを……」
「ならミーナ様?」
「止めて。アデルさんにどんな眼で見られるか分かったもんじゃないから!」
「えぇー……。お婆ちゃんなら大丈夫ですよー」
これで何度目の説得失敗だろう。
(せめて王都に帰るまでには、どうにかしないと……)
そう。私達は王都へ帰還することが決まっている。
エステルが移動魔法を覚えてくれたお陰だ。
彼女が覚えた移動魔法だが、移動先を四つのパターンで指定出来る。
まずは視界の範囲。いわゆる、緊急回避とかに使えるような扱いだろうか。
次に、一度行ったことがあり、詳細なイメージが出来る場所。
それから会ったことのある人物を目印に、その側に移動。
最後に、自身の魔力に染まった品を目印に、品物が存在する場所への移動。
今後の計画の要になる重要なポジションだ。
移動先として必須なのは、王都の我が家。
それから、他の街に飛べるように目印アイテムも量産して配置しなければならない。
となるとやはり、素材を購入するためにも王都行きは必須。
(何にせよ、まずは王都に帰らないと……)
ダイアンのことも心配だし。
兄貴が何かしでかしてるかもしれないし。
「――ともあれ、ちゃんと使えることが分かったし、これで王都へ行けるわね」
「やったぁっ! 王都旅行っ! 行ったことがないから楽しみっ!」
無邪気に笑顔で言うエステルは可愛い。
可愛いし、楽しみにしてくれるのは良いけれど、遊びに行くんじゃないのだが。
私にとっては決戦のための準備をするため、本拠地に戻るという気分だし。
「遊びに行くんじゃないって……分かってる?」
「はいっ! 大丈夫ですよっ!」
元気で良いお返事だが、不安が拭えないのは何故だろう。
それとも、彼女が気負い過ぎて元気がなくなると、私がアデル婆さんに怒られるだろうし、これくらいのが良いんだろうか。
(でも、貴女に私の貞操がかかってるのよ……)
エステルタクシーがなければ、そもそも作戦が成り立たない。
つまり、全ては彼女にかかってるのだ。
そう考えれば、いやいや手伝うのではなく、好意的に協力してくれてる今の状態は都合がいいかもしれない。
(――ま、何にせよもう、なるようにしかならないわよね)
ため息を吐いて、エステルの魔法でクラース侯爵家に戻った。
こうして、私、レナ、エリク、シルヴィア、エステル、アデル婆さん。――それからクラース侯爵が付けてくれた護衛の一団は王都へ向けて出発する。
道中、行きの倍以上に増えた旅路は、とても賑やかで馬車酔いを少しだけ忘れられた。
* * *
久しぶりの王都への帰還。
本邸ではなく別邸のはずなのだが、ここが我が家だとすごく実感する。
(やっぱり我が家が一番よね)
ダイアンが待っていてくれて、私と仲良くなってくれた使用人達がいるここが私の家。
それに、こっちには友達だっている。
「ふぇぇ……な、何もかもが高そう……」
私の腕に捕まり、エステルが怯えたように周囲を見回す。
アデル婆さんの方は婆さんの方で、周囲を見回しながら値踏みしているようだ。
「見た感じクラースの本家よりもだいぶ上だね。
かーっ、やっぱ金持ってるとこは違うねぇ」
しかめっ面で堂々と言う辺り、本当肝が座ってますね。
使用人の皆を驚かせないで頂きたい。
一応先触れで、エステルとアデル婆さんという客が来ることは伝えてあったけれど、人柄まではまだだったからね……。
その様子を見て、慌ててレナがダイアン達に事情を説明しに向かう。
「ねぇ、エステル」
「なんですか? 姫様」
「仮に何か壊してもわざとじゃ無ければ誰も怒らないし、大丈夫だから。――手を放さない?」
同性だし、スキンシップくらいは気にしないが、怯えての行為であれば安心させるべきだ。
そう考えて声を掛けたけれど、彼女はブンブンと首を横に振る。……なお、彼女の”姫様”呼びは直せなかった。
「嫌ですよっ! 触って壊したりなんかしたら、弁償なんて出来ませんっ!!」
「誰もそんなの要求しないわよ!?」
元小市民としては、気持ちは分かる。
分かるけれど、使用人達が止めようかどうしようか悩んでるし、困るんだけれどな……。
私が困っていると、アデル婆さんがひょいっと回収してくれた。
彼女としても他に掴まってられれば良いのか、今度はアデル婆さんにひっついていた。……少々複雑。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
「ダイアン……。ただいま」
優しく微笑みながら、”お帰り”とダイアンに言ってもらうと、とても落ち着く。
人前でなければ、抱きつきたい衝動に駆られるくらいだ。
「こちらは何かあったかしら?」
「いえ、屋敷内については特に大きな事はありません。
ですが――アンディ殿下から、お嬢様へ伝言があります」
「伝言……?」
首をかしげるが、よく考えると周囲に何も言わずにクラース侯爵領へと向かっていた気がする。
用事か、遊びに来たのか分からないが、突然友人が居なくなれば心配するのは当然だろう。
「それでアンディ様はなんて?」
「戻り次第、すぐ連絡するようにと言付かっております」
何か急ぎのようだろうか。
戻り次第というのも、彼にしては珍しい気がする。
(まぁ、久しぶりに私も会いたいし、会えば分かるかな)
「じゃあ、連絡しておいてもらえる?」
「はい。畏まりました」
* * *
とりあえずは、長旅を労うのも含めて皆でお茶会。
その間に、ダイアン達にエステルとアデル婆さんの部屋を整えてもらっている。
後は今日中じゃなくても良いけれど、瞬間移動の素材とか、エステル達がここで生活するのに必要な道具も揃えなければ。
(忙しくなるわね……)
やる事リストでも作っておいた方が良いかもしれない。
和やかにお茶会を終え、アデル婆さんとエステルの部屋を案内。
その後、ようやく自室にて開放された。
ベッドに倒れ込み、ふかふかな感触を楽しみながら目を閉じる。
(やっぱり馬車の移動、きっついわ……)
今後はエステルにお願いすればすぐに移動出来るので、乗る回数が減ると思うと、それだけで幸せだ。
(そういえば……)
アンディの用事とは何だろう。
彼に関して、私も少し確認したいことがあったので、機会が早いのはありがたい。
手記に載っていた情報で、血による『魅了』は期間が一週間しかなかったのだ。
多少程度の差はあるかもしれないが、今回一月近くは王都から離れていた。
ならば、久しぶりの再会で彼の『魅了』は消えている……はず。
(今までは一週間に一度は会ってたものね……)
これで彼の『魅了』状態が解除出来るのなら、当分会わないことを検討する余地がある。
(……とはいえ、友達と無理に会わないってのもな……)
寂しいけれど仕方ない。
どのみち、クーデター関連が終わるまでは会う暇もないだろうし。
(なんにせよ、まずは親父の居場所を掴むまでは、準備しか出来ないのよね……)
急速に眠気が襲ってくる。
どうやら、久しぶりの自宅に気が緩んでいるらしい。
(……夕食までの、ちょっとだけ……)
うとうととしたその時――ノックが響く。
いつものとは違い、少し慌てているようなそんな音だ。
「お嬢様っ! あ、アンディ殿下が参りました!」
いきなり過ぎる情報に、一気に目が覚める。
慌てて私が玄関先に向かうと、言われていた通りアンディの姿。
(先触れもなかったわよね……?)
思わず周囲に確認するが、皆驚いているようなのでそれで間違いないようだ。
「あの、アンディ様――!?」
「会いたかった!!」
声を掛けようとした瞬間、足早に近づいてきた彼に捕獲された。
(いや、違う。抱きしめられてる――ってどうして!?)
『魅了』効果は、もう切れているはずなのに。
というか、今までは彼も未婚の男女というのもあって、こんな風に直接的な接触をしたことがない。
「あ、あのっ! あ、アンディ様っ!!」
周囲の視線が痛い。
レナもエリクもダイアンも眼を丸くしているし、エステルは両手で顔を隠してるけれどばっちり指の間から見ているし。
私の抗議を聞いて、少ししてから彼は開放してくれた。ただし、両手は私の肩にしっかりと乗せている。
「何があっても僕は君を手放さない。――婚約破棄なんて認めない」
まっすぐな眼が、私を射抜く。
(何なのこれ……何が起きたの……?
それに、それって約束違反だよね……?)
混乱した頭で、状況を確認しようとすると、さらに彼は爆弾を投下してきた。
「侯爵の事は聞いた。だが、君の事は絶対に守る」
(何か事態が勝手に進んでるぅ!?)
無邪気系ヒロイン、エステルさん。
ワープ系・収納系魔法もばっちり習得しました。
* * *
お読み頂きありがとうございました。




