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悪役令嬢転生物語~魅了能力なんて呪いはいりません!~  作者: 緑乃
第四章 15歳 クラース領編
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43/クラース家



 そんな訳で、えっちらおっちらやってきたクラース侯爵領の本邸。


 相変わらず馬車での移動は私にとっての苦行だ。

 気持ち悪くて辛い。まだエリクの後ろに乗ってたほうが楽な気がする。……乗馬は乗馬で、足腰にくるけれど。


(それにしても……これまた古風な)


 我が家の本邸がお屋敷っていう感じであれば、クラース家の本邸は屋敷というより城だ。


(在りし日の隆盛を思わせるわねー。大分ボロっちくなってるけれど)


 そんな感想を抱きつつ、私はクラース家本邸へと足を踏み入れた。



* * *



 通された応接間でひたすら侯爵との面会を待ち続け――夜になってようやくそれが叶う。


「遅くなって済まなかった。仕事が立て込んでいてね」


 そう言って現れたのは、以前夜会で兄貴に教えてもらったクラース侯爵――ノルベルト・フォン・クラース、その人だ。


「お帰りなさいませ、お父様。お疲れ様です。

 ――ミーナさん、こちらがわたくしの父、ノルベルト・フォン・クラースよ」

「始めまして、クラース侯爵様。

 わたくし、ヴィルヘルミーナ・フォン・アイゼンシュタインと申します。どうぞミーナとお呼び下さい」

「あぁ、君がレオンハルト君の……。

 どうぞ、よろしく。君のことは娘から手紙で聞いているよ」


 シルヴィアに紹介され、私も侯爵令嬢らしく挨拶を交わす。


 微笑んでくれるクラース侯爵は相変わらず幸薄そうだ。

 クソ親父より若そうなのに、頭は寂しいし……目の下には隈があるし……痩せててひょろっとしてるし。


 どうにもこうにも哀愁を漂わせているけれど、宿敵だろうクソ親父の娘である私に対して、とても優しい目をしてくれている。

 母親が彼の妹だからだろうか。


(……そういえば私にとって伯父さんなのか、この人)


 兄貴とはそれなりに関係を作れてると思うけれど、家族っていう感覚じゃない。

 そう考えると従姉妹や伯父という存在は、なんだか不思議な感じがする。


「あぁ、気楽にしてくれて構わないよ。呼び方も名前で良いしね。

 ――それで、シルヴィアとミーナ嬢は私に相談事と聞いていたけれど、内容は何かな?

 力になれることなら、なんでも言ってくれたまえ」


 私とシルヴィアを交互に見ながら、穏やかに微笑む侯爵――ううん。伯父さん。

 シルヴィアと視線を交わし合い、私は頷いて一歩前へ出て例の魔法道具を取り出した。


「ノルベルト伯父様。人払いをお願いします。

 ……そして、こちらをお聞き下さい」


 手渡すと、品物をじっと見て、私とシルヴィアを見て――彼は要望通り人払いをしてくれる。

 最後にエリクが外に出て、他に誰も入ってこないように見張ってくれるのを確認してから、私は魔法道具を起動させた。


 静かな空間に、魔法道具から流される誘拐事件の核心。


 ただただ、じっと聞いている伯父さんだったけれど、眉間のシワがだんだん深く刻まれていき、その肩は小刻みに揺れていく。


「何を考えているのだあの男は!!」


 そして開口一番、伯父さんは先程までの穏やかさなど嘘のように、怒鳴りつけた。


(な、なんでこの人こんなに怒ってるの……!?)


 シルヴィアの方をちらりと見るけれど、彼女にとっても初めての事のようで、目を丸くしている。

 その後も伯父さんは怒りを顕に怒鳴るように叫ぶ。


「自分の娘だぞ!? それを捨て駒扱いだと!? 野心家なのは知っていたが、まさかここまでとは……っ」


 叫び、憤り――やがて、私をじっと見る。

 憐れむような、痛ましいものを見るような――そんな目だ。


 ゆっくりと近づいてきて、彼は私の頭を撫でる。


「事件のことは知っている。

 ……怖かったろう。痛かったろう。辛かったろう。――よく耐えた。

 よくぞ殿下を守った。よくぞ生き残った」


 優しく微笑み、私を抱きしめる。


 皆、無事を喜んでくれたけれど。

 誰も褒めてはくれなかった。


 ――だって、貴族令嬢がやるべき事ではなかったから。


 目が熱い。

 視界が歪む。


「君は泣くべきだ。そして自分を誇るべきだ。

 だが、もう一人で抱え込まなくて良い。少なくとも私は君の力になろうじゃないか」


 こんな風に抱きしめてくれたのは、今までダイアンだけだった。


 ――この人は父親じゃない。


 それでも。

 私は彼の背中に手を回し、伯父の胸で泣いた。



* * *



(あぁ、視線が痛い……)


 今生で初めて触れた父性に恥ずかしくも泣いてしまった後、時間はかかったものの、どうにか自分を抑えて泣き止んだ。

 目の腫れも、ハンカチと魔法で生み出した水と氷の合わせ技で冷やして、ほとんど引いているはず。


 ……なのだけれど、とても生暖かくも慈しむ目で、シルヴィアと伯父さんに見られている。


 勘弁してください。


「――お見苦しいところをお見せしました」

「そんな事ないわ、ミーナさん」


 幼い妹を慈しむような目で、シルヴィアが微笑む。


(止めて。そんな目で見ないで!!)


 私は気を取り直して、咳払いをしてから無理やり状況を動かすことにした。


「と、ともあれ、うちのクソ親父――もとい、アイゼンシュタイン侯爵なのですが、彼の起こした犯罪はアレだけではありません。

 私が知らないところでも、きっとたくさんの悪事に手を染めています。

 そしてその最終目標は――国家転覆、いわゆるクーデターです。その主要面子ですが――」


 兄貴に教えられた、クソ親父の仲間の名前を上げていった。

 きっと有名人なのだろう。だんだんとシルヴィアと伯父さんの顔が青くなっている。


「……まさか、王家に対する謀反までとは……。

 それにしても面子がまずい。下手をすると本当に国がひっくり返る可能性があるぞ……」


(デスヨネー)


 力になると言ってはくれていたものの、事態が大き過ぎるのだろう。

 困ったように頭をガリガリと掻いて、その手には抜け毛がかなり絡まっている。


 シルヴィアも少々話の大きさにビクつきながらも、伯父さんに胃薬と水をいつの間にやら用意して渡していた。


(そういえば、クソ親父がクーデター企んでるとまでは教えてなかったな)


 頬を少し掻きつつ、気を取り直して伯父さんに視線を向ける。


「とりあえず味方を集めたいですよね。

 対抗できるだけの兵力と、あちら側の強者を抑えられる実力者が欲しいです」


 エリクがいくら強くたって、一対多になれば押し切られるだろう。

 私が頑張ったって、エリクみたいな強者が相手にだったらすぐに負ける。


 その上、相手はクソ親父。

 エリク並の強者を手駒に持っている可能性は高い。


 とはいえ、そんな都合のいい人材がいるのだろうか。


「――あ、強者なら一人とびっきり頼りになる人が居るぞ」


 私の悩みとは裏腹に、伯父さんは明るく言った。



* * *



 そんなわけで、本格的にクソ親父とその組織を叩き潰すべく、私はシルヴィアと共にこの辺境の村へとやって来たのだ。


 エステルに言われた通り畑付近へ歩いて行くと、何人かの大人が畑仕事をしているのが見える。

 どの人かなと、見回していると――シルヴィアが「あ」と声を上げた。


「あれが大叔母様だわ」


 視線の先には元気に畑を耕す老婆の姿。


 実年齢は結構いってるはずだが、周囲の若者と大差のない動きで畑仕事に精を出している。


 彼女こそは物語のネタにされる元女騎士。

 出奔したクラース家の元ご令嬢。

 ゲーム内でヒロインの危機に現れる謎のお助け仮面の正体。


 竜殺しのアーデルハイド。


 もはや伝説レベルで語られる人間だ。


(……まさか、親戚筋だったとは思わなかったなぁ……)


 ノルベルト の 毛根 に 大ダメージ!


 頑張れ侯爵。負けるな侯爵。


* * *


 お読み頂きありがとうございます。

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