43/クラース家
そんな訳で、えっちらおっちらやってきたクラース侯爵領の本邸。
相変わらず馬車での移動は私にとっての苦行だ。
気持ち悪くて辛い。まだエリクの後ろに乗ってたほうが楽な気がする。……乗馬は乗馬で、足腰にくるけれど。
(それにしても……これまた古風な)
我が家の本邸がお屋敷っていう感じであれば、クラース家の本邸は屋敷というより城だ。
(在りし日の隆盛を思わせるわねー。大分ボロっちくなってるけれど)
そんな感想を抱きつつ、私はクラース家本邸へと足を踏み入れた。
* * *
通された応接間でひたすら侯爵との面会を待ち続け――夜になってようやくそれが叶う。
「遅くなって済まなかった。仕事が立て込んでいてね」
そう言って現れたのは、以前夜会で兄貴に教えてもらったクラース侯爵――ノルベルト・フォン・クラース、その人だ。
「お帰りなさいませ、お父様。お疲れ様です。
――ミーナさん、こちらがわたくしの父、ノルベルト・フォン・クラースよ」
「始めまして、クラース侯爵様。
わたくし、ヴィルヘルミーナ・フォン・アイゼンシュタインと申します。どうぞミーナとお呼び下さい」
「あぁ、君がレオンハルト君の……。
どうぞ、よろしく。君のことは娘から手紙で聞いているよ」
シルヴィアに紹介され、私も侯爵令嬢らしく挨拶を交わす。
微笑んでくれるクラース侯爵は相変わらず幸薄そうだ。
クソ親父より若そうなのに、頭は寂しいし……目の下には隈があるし……痩せててひょろっとしてるし。
どうにもこうにも哀愁を漂わせているけれど、宿敵だろうクソ親父の娘である私に対して、とても優しい目をしてくれている。
母親が彼の妹だからだろうか。
(……そういえば私にとって伯父さんなのか、この人)
兄貴とはそれなりに関係を作れてると思うけれど、家族っていう感覚じゃない。
そう考えると従姉妹や伯父という存在は、なんだか不思議な感じがする。
「あぁ、気楽にしてくれて構わないよ。呼び方も名前で良いしね。
――それで、シルヴィアとミーナ嬢は私に相談事と聞いていたけれど、内容は何かな?
力になれることなら、なんでも言ってくれたまえ」
私とシルヴィアを交互に見ながら、穏やかに微笑む侯爵――ううん。伯父さん。
シルヴィアと視線を交わし合い、私は頷いて一歩前へ出て例の魔法道具を取り出した。
「ノルベルト伯父様。人払いをお願いします。
……そして、こちらをお聞き下さい」
手渡すと、品物をじっと見て、私とシルヴィアを見て――彼は要望通り人払いをしてくれる。
最後にエリクが外に出て、他に誰も入ってこないように見張ってくれるのを確認してから、私は魔法道具を起動させた。
静かな空間に、魔法道具から流される誘拐事件の核心。
ただただ、じっと聞いている伯父さんだったけれど、眉間のシワがだんだん深く刻まれていき、その肩は小刻みに揺れていく。
「何を考えているのだあの男は!!」
そして開口一番、伯父さんは先程までの穏やかさなど嘘のように、怒鳴りつけた。
(な、なんでこの人こんなに怒ってるの……!?)
シルヴィアの方をちらりと見るけれど、彼女にとっても初めての事のようで、目を丸くしている。
その後も伯父さんは怒りを顕に怒鳴るように叫ぶ。
「自分の娘だぞ!? それを捨て駒扱いだと!? 野心家なのは知っていたが、まさかここまでとは……っ」
叫び、憤り――やがて、私をじっと見る。
憐れむような、痛ましいものを見るような――そんな目だ。
ゆっくりと近づいてきて、彼は私の頭を撫でる。
「事件のことは知っている。
……怖かったろう。痛かったろう。辛かったろう。――よく耐えた。
よくぞ殿下を守った。よくぞ生き残った」
優しく微笑み、私を抱きしめる。
皆、無事を喜んでくれたけれど。
誰も褒めてはくれなかった。
――だって、貴族令嬢がやるべき事ではなかったから。
目が熱い。
視界が歪む。
「君は泣くべきだ。そして自分を誇るべきだ。
だが、もう一人で抱え込まなくて良い。少なくとも私は君の力になろうじゃないか」
こんな風に抱きしめてくれたのは、今までダイアンだけだった。
――この人は父親じゃない。
それでも。
私は彼の背中に手を回し、伯父の胸で泣いた。
* * *
(あぁ、視線が痛い……)
今生で初めて触れた父性に恥ずかしくも泣いてしまった後、時間はかかったものの、どうにか自分を抑えて泣き止んだ。
目の腫れも、ハンカチと魔法で生み出した水と氷の合わせ技で冷やして、ほとんど引いているはず。
……なのだけれど、とても生暖かくも慈しむ目で、シルヴィアと伯父さんに見られている。
勘弁してください。
「――お見苦しいところをお見せしました」
「そんな事ないわ、ミーナさん」
幼い妹を慈しむような目で、シルヴィアが微笑む。
(止めて。そんな目で見ないで!!)
私は気を取り直して、咳払いをしてから無理やり状況を動かすことにした。
「と、ともあれ、うちのクソ親父――もとい、アイゼンシュタイン侯爵なのですが、彼の起こした犯罪はアレだけではありません。
私が知らないところでも、きっとたくさんの悪事に手を染めています。
そしてその最終目標は――国家転覆、いわゆるクーデターです。その主要面子ですが――」
兄貴に教えられた、クソ親父の仲間の名前を上げていった。
きっと有名人なのだろう。だんだんとシルヴィアと伯父さんの顔が青くなっている。
「……まさか、王家に対する謀反までとは……。
それにしても面子がまずい。下手をすると本当に国がひっくり返る可能性があるぞ……」
(デスヨネー)
力になると言ってはくれていたものの、事態が大き過ぎるのだろう。
困ったように頭をガリガリと掻いて、その手には抜け毛がかなり絡まっている。
シルヴィアも少々話の大きさにビクつきながらも、伯父さんに胃薬と水をいつの間にやら用意して渡していた。
(そういえば、クソ親父がクーデター企んでるとまでは教えてなかったな)
頬を少し掻きつつ、気を取り直して伯父さんに視線を向ける。
「とりあえず味方を集めたいですよね。
対抗できるだけの兵力と、あちら側の強者を抑えられる実力者が欲しいです」
エリクがいくら強くたって、一対多になれば押し切られるだろう。
私が頑張ったって、エリクみたいな強者が相手にだったらすぐに負ける。
その上、相手はクソ親父。
エリク並の強者を手駒に持っている可能性は高い。
とはいえ、そんな都合のいい人材がいるのだろうか。
「――あ、強者なら一人とびっきり頼りになる人が居るぞ」
私の悩みとは裏腹に、伯父さんは明るく言った。
* * *
そんなわけで、本格的にクソ親父とその組織を叩き潰すべく、私はシルヴィアと共にこの辺境の村へとやって来たのだ。
エステルに言われた通り畑付近へ歩いて行くと、何人かの大人が畑仕事をしているのが見える。
どの人かなと、見回していると――シルヴィアが「あ」と声を上げた。
「あれが大叔母様だわ」
視線の先には元気に畑を耕す老婆の姿。
実年齢は結構いってるはずだが、周囲の若者と大差のない動きで畑仕事に精を出している。
彼女こそは物語のネタにされる元女騎士。
出奔したクラース家の元ご令嬢。
ゲーム内でヒロインの危機に現れる謎のお助け仮面の正体。
竜殺しのアーデルハイド。
もはや伝説レベルで語られる人間だ。
(……まさか、親戚筋だったとは思わなかったなぁ……)
ノルベルト の 毛根 に 大ダメージ!
頑張れ侯爵。負けるな侯爵。
* * *
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