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05/ゲームの世界


「……」


 目をぱちぱちと瞬きして、呆然と立ち尽くすレナ。


 原因は分かってる。

 さっき気づいた詰んでる状況に対して、私がちょっと癇癪起こして枕を怒鳴りながら投げてしまったのを目撃されたせいだ。


 ……えぇと、こういう時はどうやって挽回しよう。


 伺うようにレナを見ると、クスクスと笑いだしていた。

 良かった。さっきのは中身が違うと疑われる程じゃなかったみたい。


「おはようございます。ミーナ様。

 その後様子ですと、もう調子は良いみたいですね」


 ほっとしたように微笑んでくれるレナ。

 愛称で呼んでもらえると、なんだか心が跳ねるみたいに嬉しい。……多分、身体が反応してるんだろう。


「ごめんなさい。ちょっと夢見が悪くて……」

「そうでしたか……。今は大丈夫なんですか?」


 気遣うように近づいて顔を覗き込んでくる。


 ……可愛い。


 ダークグリーンと言えば良いのだろうか。

 一見黒髪に見えるが、窓から差し込む日差しに当たると鮮やかな緑に見える髪。

 くりくりとした丸い翡翠のような目。


 しかもそれが侍女服の少女。


 そういった趣向は持ち合わせていないけれど、これが可愛くない人はいないだろう。


(……守らねば)


 決意も新たに強くそう感じる。

 しかしそんな心とは裏腹に、身体はエネルギーを寄越せとばかりに腹の音を響かせた。


「……」

「……」


 さっと、顔ごと視線をそらす。

 すみません。貴族令嬢にあるまじき行動ばかりで、本当すみません。ヴィルヘルミーナもごめん……。


 残念だけれど今の中身である私には、礼儀作法を覚えている脳みそはあっても、言動全てに反映出来るほどの能力はないの……。


(……ヴィルヘルミーナとして生きていくには、もうちょっとそういった部分も気をつけないとな……)


 しかし、天使のように愛らしいレナは幻滅しないでいてくれたらしい。

 それどころか、どこかホッとしたように微笑んでくれる。


「良かったです。お腹が減ってるならもう体調は大丈夫ですね」

「え、えぇ……その、はしたなくてごめんなさい……」


 多分起き抜けに癇癪起こして、その上腹の音鳴らすような貴族子女はほぼいないと思う。

 ……本当ごめん。ヴィルヘルミーナ。


 魂がどこにあるかは分からないが、彼女の名誉を著しく貶めた気分である。


「ふふっ。ミーナ様も普通の女の子ですものね。

 ちょっとだけ安心しました」


 レナちゃんや。こんな事で親近感を持つのはちょっとおかしいよ。

 でも、親しみを持ってもらえるのは、こちらとしてもありがたい。

 唯一の友人だもの。私も彼女と仲良くしたいし。


「空腹以外に何か体調の異変はございますか?」

「いえ、特には……」


 言いかけて止めた。

 今部屋の外に出ると他の人間に会う確率が上がる。

 もう少し”ヴィルヘルミーナ”に慣れてから他の人に会いたいな……。


 すでに兄貴とは接触してしまっている。

 会話したのはほんの少しだし、そのすぐ後に気絶をしてしまったから、まだ不信感は持たれてないと思う……が。

 用心するに越したことはないだろう。


「……えぇと、その。やっぱりちょっと身体がだるいというか重い感じだから、部屋で食べられるかしら?」

「まぁ……。お医者様をお呼びします?」

「いいえ。大丈夫よ。

 念の為程度の感覚だから」


 苦しい良い訳だが、レナは納得してくれたようで、うやうやしく礼をしてから下がる。


「お食事の準備を致しますので、少々お待ち下さいミーナ様」


 そう言って部屋から出ていき、戻ってくる時にはダイアンと共に朝食を持ってきてくれた。


 朝食に出されたのは具だくさんのシチュー。

 具材は柔らかく煮えていて、見ただけで美味しそう。


 ゲームの中で、回復アイテムやらプレゼント用のアイテムとしてお菓子や料理はあった。

 そして、その料理名は日本にある料理とほぼ同じ。ゲームのキャラクターや国名とかはドイツ系なのに、なんとも手抜きな話である。

 一応ゲームオリジナルの料理とかもあったが、やはりプレイヤーに共感してもらうのを前提にすれば、現実にある物にした方がよかったのだろう。何より考えるのが楽だし。


(こうして転生してしまうと、手抜きだなぁと思うわね。口にあったものが食べれるのは助かるけれど)


 スプーンですくって一口。

 甘みを感じるシチューは前世で食べたものとはちょっと違った。


(……味自体はやっぱり、メーカー品とは違うのね)


 馴染み深い味とは違うが、これはこれで美味しい。上品と言えば良いのだろうか。

 固形スープの素もない世界で作るのはきっと大変だ。


(そういえば、お菓子とかどうなのかな。

 砂糖はやっぱり高いのかな? でもゲーム中じゃそこそこお菓子手に入ったし、そうでもない?)


 食事も大事だが、甘味はもっと大事。

 後でデザートで食べたいものを相談してみようか。



* * *



 さほど量のない食事だったが、少女の胃袋は十分満たされたようだ。

 食後に出された紅茶は、前世では嗅いだことのない程芳醇で良いものだった。


(お茶とかはこっちの方が洗練されてるなぁ。

 ……砂糖とかミルク入れたりしたら怒られるかな?)


 一応ストレートでも飲めるが、個人的には中に砂糖とミルクを入れたほうが好みだったりする。


 そんなどうでも良い事を考えていると、扉がノックされた。


「はい。少々お待ち下さい」


 ダイアンが優雅ながらも素早い動きで扉へ向かう。

 こちらからは聞こえないが、何やら言葉を交わした後、そっと扉を開いていく。


 そこに立っていたのは、魔王兄貴――もとい、レオンハルトだった。

 手には、病院のお見舞いに定番の果物バスケットと、花束。……って自宅でそれ!?


 思わずびっくりして彼をまじまじと見てしまう。

 この対応が一般的な”兄”のすることなんだろうか……。


 それにしてもあの濃い緑の果物……見たことないな。林檎っぽいのはあるが……本当に林檎と同じ味?

 でもゲーム中で『アップルパイ』とかの料理はあったし、料理と同じで実際に前世と同じ物も多いのかな。


 花は見たことがないのが多かった。確か青い花ってほとんど自然界にないんじゃなかったっけ。

 紫色とかうっすら青と紫の間くらいはあった気がするけれど……。

 あんな真っ青はカラースプレーでもない限りないような?


(……やっぱりゲームの世界なんだ)


 現実と変わらない品、見慣れない品を同時に見て改めて実感する。


 そんな私の衝撃など知ったことではない兄貴は、にこやかに話し始めた。


「やぁ、ヴィルヘルミーナ。目を覚ましたんだね。

 前回は体調が悪い時に済まなかった。――もう体調は大丈夫かい?」


 ちゃんと笑顔だし、相変わず声音は優しいが、目は全然優しくない。むしろブリザードと言っても良い。


(どんな生活したら、こんなに演技が上手くなるんだろうね)


 呆れ半分感心半分で、そんな事を考える。

 しかし、こちらも元社会人。精神年齢だけならきっと彼よりも大分年上だ。


 前回は混乱していたのもあって、上手く会話ができなかった。

 だが今回は違う。前世持ちの対応を見せてくれるわっ。


「いいえ、申し訳ありませんでしたお兄様。

 わたくしも、少し混乱していたみたいで……起きる前に少々怖い夢を見たせいだと思います」


 よっこいせと猫を数匹かぶった気分で、視線を少し外して照れたように言う。


「おや。どんな夢をみたんだい?」

「その……わたくしが死ぬ夢ですわ。

 その恐怖だけが残ってて内容は覚えていないのですけれど……」


 実際には前世の夢と言った方が正しいが。

 更に言うなら、恐怖よりも突然の事で驚いた方のが強かったけのだが。


「そうか。――とりあえずこれはお見舞いだよ。

 君の好む果物と花を選んでみたつもりだ。どうか受け取って欲しい」

「はい。ありがとう存じますお兄様」


 果物はダイアンが受け取ったので、私は花束を受け取りにレオンハルトに近づく。


 至近距離で見れば見るほど、整った顔立ちだ。三次元美形をイケメンとは思えなくとも、これは別格だった。

 黙っていれば人形といっても信じるかもしれない。


(でも、とにかく目が怖いんだよね……)


 彼の目は常に冷ややかだ。

 優しい声音で話すから余計にそう感じるのだろう。


 まるで値踏みするように見られているような錯覚さえ起きる。


(……いや、これ、本当に値踏みされてない?)


 疑われるような言動を兄貴の前でやっただろうか。

 分からないが、自分でも気づかないようなことを彼が違和感として感じている可能性はある。


 この男は万能の天才だ。

 些細な事でも違和感として感じて、きっとそれが事実かどうか好奇心で突き止めるだろう。


(――笑顔を崩すな。

 受付嬢のごとく、どんな嫌な相手でも立ち向かう営業スマイルで迎え撃て)


 心の中で自分を叱咤して、花を受け取ると彼はにこやかに微笑む。


「そろそろ誕生日だね。今年は何が欲しいかな」


 何気ない日常会話。そのはずだが――私はこのシーンを知っていた。


 ゲームの途中で、ヒロイン達はドラゴンと戦う事がある。

 そのドラゴンは幼き頃、ヴィルヘルミーナが兄に誕生日プレゼントにもらったペットだ。


 確か無邪気に「ドラゴン欲しい!」と願ったら、レオンハルトはどこからか卵を持ってきたという流れのはず。

 そんな「頼まれたから」という理由で気軽に手に入れて来る彼も彼だが、頼む妹もどうかと。


(――まぁ、そんな事はどうでも良いのよ)


 ドラゴンという響きは悪くない。逃げるためにも戦力という意味でもアリかもしれない。

 だが、それはなんだか拙い気がする。


「もう少し考えさせてくださいな、お兄様」


 とりあえず今すぐに解決する必要はないと判断し、「ふふふ」と微笑んで言う。


「そうか。なら決まったら言って欲しいな」


 穏やかに笑みを浮かべながら言う兄貴。


 こんな虫も殺さないような顔で、この男は竜を仕留めて卵を奪える怪物なのだ。

 どうやってこんな男を出し抜いてクソ親父のクーデターを止めれば良いんだろう……。



ドラゴン は 命拾い を した!


ゲームでは、聖なる守護竜の卵を兄貴は奪ってきました。

無邪気なおねだりが、兄貴にかかると大惨事。


* * *


お読み頂きありがとうございます。



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