閑話/エリク・休日と見合い話 前編
ベットに座り、手の中にある物を見る。
丈夫な紙で二つ折りにされたそれを開けば、中には女性の姿絵と、その人物についての簡単な情報が書かれていた。
――所謂釣り書きだ。
先程朝食を終えた後母さんから渡された物で、今度の休日に俺は見合いをする事になっているらしい。
どおりで普段は何も言わないのに、今度の休みは一日中空けておけと言うわけだ。
(見合いなんて……)
正直行きたくない。
だが、そう言われるのを見越してか、既に根回しは済んでおり、既に相手も王都に向かっているという。
そうなると、今更俺が行きたくないと言っても、相手への迷惑を考えると見合いをせざる得ない。
(どうせ断られるだろうから、やるだけ無駄なのに……)
同じ男爵という身分。そして俺自身も大した人間じゃないのだから、婚姻による家のうま味はないだろう。
それに女性が喜ぶ事も良く分からないし、退屈な男を夫にしたいと思う女性も少ないはずだ。
あえて言うなら婿入りを希望しているようだから、それくらいだろうか。
もう一度溜め息を吐いてから、釣り書きを机の引き出しにしまい込み部屋を出る。
お嬢様の護衛をしなければ。
* * *
「ねぇ、ちょっと聞きたいんだけれど、エリクって休日は何をしてるの?」
朝の挨拶もそこそこに、お嬢様はそう言った。
問われて連想される休日の過ごし方と言えば……。
殿下との稽古。
稽古の対価として戴いた報酬で、魔力回復薬を使っての魔法鍛錬。
冒険者ギルドに顔を出して、比較的近所で良さそうな討伐の依頼を受ける。
普通に鍛錬。
(……鍛錬以外にする事がないんだよな……)
自分の無趣味っぷりが良く分かる。
答えられずにいると、お嬢様が向ける視線はどんどんじとりとしたものになっていく。
何故そんな眼で見るのだろう。
「鍛錬以外での予定、ある?」
幸か不幸か、今だけはある。
親に押しつけられた見合いが。
――だが、それを言ったら彼女はどんな反応をするだろうか。
それを見てみたいと同時に、見たくはないと心が拒否する。
黙っていると、お嬢様は否定とみなしたようだ。
深いため息をついてから、小さな革袋を俺に手渡してきた。
感触からして、中身は硬貨だろう。
「聞いてた通りね……過度な鍛錬は身体を壊す元よ。たまには丸一日休憩に当てなさい」
意図がいまいち分からない。
休憩をとれというのは分かるが、丸一日となると休日でもない限り無理だ。
そして、次の休日は見合いが入っているし、それ以降も殿下の稽古が入っている。
予定の入っていない休日は当分先だ。
何よりこの革袋の存在は何を意味するのか。
「今から休憩をとりなさいと言っているの。
屋敷の中で、私に害を与える人なんて居ないわよ。
いたとしても、対応できる程度には私も強くなってるわ。それはエリクも知ってるでしょう?」
確かにお嬢様は強くなられた。
搦め手や薬ならばともかく、そうでなければ問題はないだろう。
そして何より、屋敷内にいる限り敵は入ってこないはずだ。
……あえて言うならば若様だが、あの方の場合情けない話で、俺が居ようと居なかろうと結果は変わらない。
なので、今まで屋敷内で俺の仕事など無いに等しいかった。
だが――それでも。
三年前のあの日。
休みを言い渡され、少し眼を放した間にお嬢様と殿下は誘拐された。
殿下に事情聴取した者から聞いた話では、彼女が乱暴されたというのは俺の勘違いだったらしい。あの時は心底ほっとしたものだ。
それでも、もし次があったとしたら――今度こそ間に合わないかもしれない。
そんな不安に駆られ、よりいっそう鍛錬をするようになった。
鍛えた今でも、不安は俺の中に燻っている。
まだ足らないと、もっと強くならねばと、追い込むように鍛錬漬けになっているからこそ、彼女は自分に休めと言っているのだろうが。
「ですが……」
「だ、か、ら」
むっとしながら、彼女は革袋を指差して「今から買い物をして来て」と言う。
要するにお使いと言う名目で、自分に休憩をさせ、その証拠品としていくつか指定する買い物をしてこいという事のようだ。
そこまでして、自分に休憩を取らせたいのかと思うと、胸が暖かくなる。
だがやはり――不安は尽きない。
口を開こうとすると、お嬢様は自身のこめかみの辺りを指差す。
そこにあるのは、以前彼女に贈った魔法道具。
彼女が助けを呼んでくれれば、何処にいようと辿り着くための品。
いざとなれば、助けを呼ぶと言うことだろう。
そこまで態度にされ、その上で俺の心配をしてくれてるとなれば、もう断れない。
「……畏まりました。――ところでこのお金はどこから?」
そう問うと、彼女は少し残念そうに言った。
いつか街歩きをする時に備えて、写本のバイトを侍女から紹介してもらい、稼いだものらしい。
……しかし、それも三年前の事件があって実現出来ずにいる。
「街のお話し、帰ったら聞かせてね」
彼女はそう言って、少し羨ましそうに笑った。
* * *
街の中を歩く。
王都に滞在していた期間はそれなりあるが、行く場所など殆ど固定されている。
闘技場や、冒険者ギルド、それから図書館と市場くらいだろうか。
しかし、お嬢様が土産話として喜びそうな場所とはどこだろう?
(お嬢様は少し変わってるからなぁ……)
普通の令嬢が喜ぶものと言われても良く分からないが、彼女の場合はさらに良く分からない。
取りあえずはと、お嬢様に買ってきてと言われた本を買いに向かう事にする。
店に入り、頼まれた品を探していると会計で、揉めている声がした。
何だろうと見ると、どうやら財布が見つからないようだ。
慌てた様子で、女性客が声を上げて困っていた。
いい仕立ての服を着ているので貴族か富豪だろう。
その場合、財布をどこかで盗まれたのかもしれない。
後々貴族かもしれない彼女の親などに、平民が睨まれるのも可哀想だ。
同じことを考えているのか、店員の方も困った顔で彼女を見つめていた。
頼まれた本を手早く探し、会計カウンターに向かって、女性の購入予定の本と共に会計を済ませる。
「えっ?」
彼女は戸惑う様子を見せるが、店員の方は現金なもので代金を支払ってくれるならと、手早く会計を進めていく。
「お困りのようでしたから」
「でも……」
「あのままでは店員も困るでしょうし、本来なら払えるのでしょう? 一時的に自分が立て替えるだけです」
苦笑しながら言うと、彼女も困ったように微笑んで頷いた。どうやら納得してくれたようだ。
支払いを終えて、外に出てから彼女が購入しようとしていた本を渡す。
「あ、あの、本当に申し訳ありません。
代金は戻ればすぐにお支払いできますので」
「いえ、偶然居合わせたから助け船を出しただけです。急がなくても構いませんよ。
どうやら、街に慣れていないようですし……すぐに戻っては貴女も困るのでは?」
そう訪ねると、俺の考え通りだったのか、彼女は躊躇いながら頷く。
やはり彼女は貴族で、供を連れずに居るのは、こっそりと抜け出したせいのようだ。
そんな事を考えていると、何故か彼女がじっと俺の顔を見ているのに気づく。
(……そういえば、名乗っていなかったな)
突然見知らぬ男に助け船を出されて、警戒しているのかもしれない。
「申し遅れました。自分はエリクと申します」
名乗ると、彼女は目を丸くして驚く。
どうしてそこまで驚くのだろう?
貴族であることも告げた方が良かっただろうか。
「もしかして……エリク・フォン・フォレスト様でしょうか?」
困惑していると、彼女は確認するように言った。
(何故俺の名前を……?)
以前会った事がある人だろうか。
確かにどこかで見た覚えがある気はする。
(だが――どこで?)
さらに困惑を深めていると、彼女は苦笑しながら丁寧にお辞儀をして微笑む。
「わたくしは、コリーナ・フォン・フルスと申します」
その名に、その顔に、覚えがあるはずだ。
何故なら彼女こそ――俺の見合い相手その人だったのだから。
王都は比較的治安もよく、エリクが買い物に行った辺りは、富裕層の行く場所です。
当然そういった人間を狙う奴らはいますが、騎士団が巡回しているため、誘拐などの事件はめっきり減りました。
なお、これはクソ親父による人事異動の影響も入っています。
いつか反旗を翻す時に備え、せっせと仕事をこなしているためです。
結果的には良い事なのですが、クソ親父は殴ろう!(合言葉
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お読み頂きありがとうございます。




