閑話/エリク・休日と見合い話 後編
コリーナ嬢との偶然の出会いの後、俺たちは一緒に街を回ることにした。
彼女が見て回りたいと言ったからだ。
俺としてもお嬢様への土産話になるだろうから丁度いい。
街で食べてみたいと言う軽食や甘味を食べ。
覗いてみたいという雑貨屋の中に入り。
大劇場で短めの芝居を見る。
その後は人気だという食事処のでの昼食。
(やはり女性視点の行ってみたい所というのは、俺では思いつかない場所が多いな)
食事を終え、街を改めて歩きながらしみじみと思う。
「どうかなさいました?」
ふいにコリーナ嬢の声がした。
彼女は俺を見上げている。
(顔と身体が近い……)
何故か彼女は俺の腕に捕まり身を寄せながら歩いているのだ。
エスコートみたいなものだと思えばそうだが、こんな街中で――しかも貴族としてではなく、平民に混ざりながらするような事ではないだろう。
第一、出会ったばかりの男に警戒心が薄すぎる。
確かに見合い相手ではあるから、素性がはっきりしている分、信頼出来るかもしれないが。
「……あの、少々近くはありませんか?」
「駄目ですか?」
困ったように上目遣いで言われると、なんとも肯定しにくい。
昔同じ様にお嬢様にも剣術の稽古を押し切られたのを思い出す。
「……構いませんが」
「なら良かった。……少し足が痛くて」
確かに今日の移動距離を考えると、女性では足が痛くなるのもおかしくはないと、今更ながらに気づく。
お嬢様なら多分、この程度ならすたすた歩いていそうだが。
……ゆっくり歩いていたつもりだが、もう少し速度を落とそう。
そんな事を考えながら歩いていくと、やがて目的の布屋が見えてきた。
なんでもあの店で扱っているリボンは、街の若い女性に流行っているらしい。
あそこが彼女の最終目的地。
せっかくだから、俺もお嬢様とレナへの土産を買うつもりだ。もちろん自分の財布から。
(しかし……思ったより女性客が多いな)
店にいる自分以外が全員女性かと思うと、場違い感に怖じ気づきそうになる。
「大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫です。……ただ、傍に居ても良いでしょうか」
俺がそう言うと彼女はきょとんとしてから、くすくすと笑って頷いた。
彼女の傍で一緒にリボンを見る。
レナの分はすぐに決まった。
だが――お嬢様へのリボンが決まらない。
「誰かのお土産ですか?」
「えぇ……その、もう一人分買いたいのですが、中々決まらなくて」
「なら、その方の好きな色か、髪の色や目の色に合わせるのはどうでしょう?」
言われて――お嬢様の好きな色である青色を自然と選んだ。
その中でもどれが良いかと選んでいると、ふいに視線を感じて顔をあげる。
「――どうかしました?」
視線の主であるコリーナ嬢に尋ねると、彼女ははっとして笑って「なんでもない」と答える。
その後も少しだけ悩んでから、リボンを選ぶ。
お互いに購入したいものが決まったので会計をして、外でお茶をすることにした。
いい加減彼女も足が辛いだろうと思ってのことだ。
注文したものが届き、お互い紅茶を飲み――彼女はカップを置くと、少し寂しそうに微笑みながら言った。
「――今回のお見合いはお父様に話して、お断りしておきますね」
いきなりの申し出に頭が付いていかない。
(……彼女に何か失礼なことをしていただろうか)
断ってくれるのは、俺としても助かる。
しかし、不快な思いをさせてしまっての事ならば謝罪するべきだ。
だが、その謝罪すべき事が分からない。
俺が困っていると、彼女は苦笑しながら言葉を紡いでいく。
「わたくし、これは運命の出会いだと思いましたの。
困っていたら颯爽と現れて、見ず知らずのわたくしを助けてくれる……しかもそれが、まだ会ってもいなかったお見合いの相手だったなんて、物語の中のようじゃありませんか」
そう言ってから「でも」と俺をまっすぐ見ながら続ける。
「貴方には想い人がいらっしゃるのでしょう?」
心臓が跳ねる思いがした。
「――わたくしと居ても、ずっと貴方は私じゃない誰かを見ている気がしてましたわ。
さっきのリボンの事もそうです。とても柔らかい表情で、リボンを選んでいましたもの」
自分の表情など分からない。
だが、彼女が言うのならばきっとそうだったのだろう。
そして……確かに俺は、彼女にどこかお嬢様の影を重ねて――比べていたのだ。
なんと言えば良いのだろう。
自分はやはり失礼なことをしていた。
しかも無意識に。
「結べない縁に縋るほど、私はまだ貴方に惹かれていません。安心してくださいな。……少しだけ残念ですけれど」
「――自分は……」
「謝らないで下さいね。私が惨めみたいじゃないですか」
困ったように笑って彼女は言う。
「ただ、ご家族とお話をちゃんとした方が良いと思いますよ。
貴方はご自分で思ってるよりも、とても素敵な方です。
想い人が居たとしても、貴方の傍に居られるのなら……と思う方が現れないとも限りませんから」
――その後は特に話をするでもなく、彼女を宿屋へと送り届ける。
彼女は本の立て替え代金や、食事などのお金を持ってくると言ったが、失礼なことをしたのは俺だ。
だから、今日のはお詫びと思って受け取って欲しいと、何も受け取らずに彼女から逃げるように去っていった。
* * *
結べぬ縁。
彼女の言った言葉が頭を巡る。
そうだ。彼女は結べぬ縁だからと俺を切った。
それはいい。きっと彼女自身の為にもそちらのが良かっただろうから。
だが――自分は?
お嬢様への想いは――決して実を結ぶことはないだろう。
そもそも身分が違いすぎる。
さらに彼女には婚約者がいて、彼よりも幸せに出来るかと問われれば答える事は出来ない。
相手は王族。
当たり前だが、資産も権力もまるで歯が立たないのだ。
――ならば諦めるのか。
(……それが出来ればこんなに苦しまないよな)
細い糸のような、彼女との縁に縋っている自分がいる。
ただ傍にいるしか出来ない。それでも良いからと惹かれて、切る事のできない想い。
使用人の出入り口から屋敷に入り、お嬢様への部屋へと向かう。
重い足取りの中、苦い想いが胸を締め付ける。
こんな状態では他の誰かと結ばれるなど不可能だ。
例え見合いであろうと、なんであろうと。
きっとまた相手は気づいてしまうのだろう。
そして――無意識に傷つけ、離れていくはずだ。
あまりにも失礼で、身勝手な。
(……母さんに見合いを断る口実を作らないといけないな……)
そんな事を考えながらノックをすると、お嬢様の声が返事があって部屋に入る。
どうやらレナや母さんは席を外しているらしい。
「おかえりなさい」
なんてことない一言。
それでも微笑みながら言ってくれたその言葉だけで、胸のもやが晴れていく。
「どう? ゆっくり休めた?」
柔らかく、気遣うような声音。
「疲れてないなら、お土産話しを聞きたいわ」
俺の疲労なんてもう吹き飛んでる。
彼女が望むのなら、いくらでも話せそうだ。
街での出来事を目を輝かせ、楽しそうに聞いてくれる姿がとても愛おしい。
(――あぁ、やっぱり駄目だな)
どうしても縋ってしまう。
護衛という細い糸でも良いからと。
もっと彼女の傍にいたい。
例え、それ以上は望めなくても。
結ばれるだけが、形ではない。
ただ、彼女の笑顔を傍で見ることが出来て、必要としてくれるなら。
(どんな形でもいいじゃないか)
そんな事を考えながら、街での話を続ける。
楽しそうに笑う、彼女の顔を見ながら。
冒険者時代のエリクは、いろんな掃除を行っていました。
運河沿いの(魔物)掃除とか。
近くの森の(魔物)掃除とか。
街の中の(ごろつき)掃除とか。
真面目にやんちゃ(?)してた模様。
* * *
お読み頂きありがとうございます。




