40/レオンハルト・計画
「エリク! 馬を出して!」
ミーナは自室の扉を開け放ち、叫ぶように彼女の護衛に命令する。
一瞬面を食らった顔をしてから、彼はすぐに表情を引き締めて頷いた。
実に忠実な護衛だ。悪くない。
その後、ミーナは馬車の準備すら待たずに、彼と馬に二人乗りで出て行った。
きっとシルヴィアに会いに行くのだろう。
彼らの出立を見送った後、私は軽く指を鳴らす。
音に反応して真っ黒な鼠が、部屋の隅から現れた。
「行け」
鼠は闇に変じて窓を抜けると、今度は鴉になって彼女の後を追う。
(監視はアレに任せておけば問題ないな)
その様子を窓から見下ろして、私は満足げに頷いた。
(さて……)
やるべき事を終え、考えを巡らせる。
(無事、シルヴィアはミーナの大切な人になったようだ)
事は予定通りに進んでいる。
彼女を誘導した甲斐があったというものだ。
(――あの目は良かったな)
強く、覚悟を秘めた眼差し。
あの日――彼女が私に固有魔法を掛けた時以来だ。
(いや、誘拐事件の時も似たような目をしてたか?)
残念ながら、あの時は自分に向けられてはいなかったので、よく観察できなかったが。
それに、彼女からあのように近づいてきたのも初めての事だ。
今までは、必要最低限以外は私から距離をとっていたというのに。
だというのに、シルヴィアの件を持ち出すだけであの様になるのは、少し予想を超えていた。
たった二月ほどの付き合いで、あそこまで彼女に執着するとは意外だ。
特別な存在であるミーナ。
彼女の固有魔法については言うまでもなく、その態度も私には不可解に映る。
シルヴィアの様に物怖じせず近づいてくる事はないが、私に怯えてる反面――たまに信頼したように接するのだ。
どちらかだけの者はそれなりにいるが、その両面を持つのは彼女だけである。
観察してると、中々面白い。
(だが、先程のような態度の方が好ましいな)
彼女の部屋のソファーで寛ぎながら考える。
脳裏に浮かべるのは、もちろん先程のミーナの姿だ。
彼女の目には、今までにないほどの確固たる意志が宿っていた。
美しいとさえ思う。
そして、強き意志こそが魔法の効力を最大限に発揮する要でもある。
(――なんて喜ばしい事か)
歓喜の感情が胸を占める。
訓練を繰り返すことで、彼女の魔力はずいぶんと高まった。
制御能力は宮廷魔法師の上位陣にも劣らないだろうし、魔力容量にいたっては筆頭魔法師の倍以上と見積もれる。
(でも、それだけではまだ足らない)
理想にはまだほど遠い。
彼女は自身の力を抑制しているふしがある。
それも無意識にやっているようだから、余計に質が悪い。
(――それでは駄目だ)
彼女には、持てる全力を引き出せるようになって欲しいのだ。
少し前まではどうすれば良いかと悩んでいたが、彼女をここ数年観察していて、気づいたことがある。
ミーナに死力を尽くさせる方法。
それは、彼女自身を追い込むより、彼女の周囲の者に圧を加えるほうが効率が良いという事だ。
大切な者を守る時にこそ、彼女はその真価を発揮する。
そして――それは、彼女にとって親密な相手であればあるほど、効果が高いようだ。
(それが彼女の性質ならば――この手で準備してあげればいい)
フォレスト家の人間が彼女の近くに在るのは幸運だった。
アンディ王子を生かしておいたのは正解だった。
シルヴィアと引き合わせたのは正解だった。
これからは、彼女がもっと多くの人間と触れ合えるよう、もっと多くの大切な人を抱えるように誘導しなくてはない。
そして、彼らがより強く、より深く繋がれるように舞台を整えよう。
その方法は簡単だ。
強大な敵が目の前にあれば、人は強く結束できる。
(ならば、目に見える形で敵を準備してやればいい)
父上とその組織は実に都合が良かった。
彼女も彼らを敵視して、止めなければと考えているようだし。
敵役を用意する手間が省けるというものだ。
今後どの様に展開を動かすか――考えを巡らせるのは悩ましいが楽しい。
このように一つの事柄について熟考するなど、生まれて初めてだ。
(あぁ――本当に彼女は素晴らしいな)
こうして考えると、やはりシルヴィアでは物足らない。
彼女は彼女で悪くはないが――ミーナには到底敵わないと実感する。
ミーナに言った言葉は本心だ。
例えシルヴィアが死んだとしても、残念だと思いこそすれ――心乱されることはないだろう。
あの夜の事は、今でも毎日のように思い出す。
ミーナへの狂おしいほどの愛情。
焦がれ、全てを投げ捨ててでも尽くしたいと思う欲求。
(――もうすぐだ)
もうすぐ、あの感動をもう一度味わえる。
そう思えば、自然と笑みが浮かぶ。
この五年の間ずっと、彼女を見てきた。
そして今一度、あの感動を味わうために育ててきたのだ。
それが遂に実を結ぶかと思えば、感動もひとしおというもの。これが感無量というものだろうか。
ふと、先程のノートに書かれた内容を思い出す。
(……あのノートは一体……)
彼女は小説の設定だと言っていたが、そうでないことは彼女が態度で示している。
あれに書かれていた設定部分、あれが現実に即していた情報である事は確かだ。
私が知っている情報と酷似――いや、完全に一致していた。
しかし、あの中には彼女が知り得るはずのない情報が混ざっている。
その筆頭が、四の妃殺害事件についてだ。
王子の設定に注釈として書き加えられていた文の中に、あの事件の犯人、その動機となった政治背景などについてが記されていた。
あれは王宮での不祥事だ。その詳細が外に漏れることはない。
面白いのは四の妃暗殺が成功した場合についてが書かれていること。
私が介入しなかったなら、おそらくそうなっただろうと確信できる内容だった。
書かれたインクの状態から判断して、事件よりもだいぶ前に書かれていたはずだ。
さらに私自身についても書かれていた。
幼少期からずっと私が退屈していた事など、今まで誰にも気づかれたことはない。
何より、私の固有魔法『加速』について書かれていたのには驚いた。
検証以外で使ったことがない上、誰にも話したこともないのだから他人が知るはずはない情報。
ただ――
”固有魔法『加速』自身を対象にした時間操作魔法。一ターンに複数回行動を可能とする”
――という文章は謎だ。
(一ターンとは何を指すのか……)
実際に理解している私の『加速』の効果は、一時的に自身の時間を加速するものだ。
その効果時間が一定時間なので、恐らくそれを一ターンと呼ぶのだろうが。
誰がその単位を決めたのか、やはり謎である。
(……あの物語は何だったのだろう)
今後を睨んだ計画の類にしては穴が多すぎるが、無視できない何かを感じた。
そして、書かれていた事柄を前提として展開を推察すれば、大筋としては間違ってはいないだろう。
何より――怪物が人になる物語でのミーナは素晴らしい。
国一つをまるごと奴隷化するほどの魔力を、私に恋い焦がれ暴走させたというのだ。
(……もっと早くにあのノートを見ておけば……)
同じ展開に持っていけただろうか。
強大な魔力を全て私が一身に受けられたかと思うと――想像するだけで昂り胸が熱くなる。
だが、同時に無理だと理解もしていた。
あの流れに持っていくには、ミーナが絶望しなければならない。
その上で、私が彼女の中で唯一の希望になる必要がある。
彼女の周囲の者を全て”不慮の事故”で消してしまえば可能だろうか。
(――いや、無理だな)
想像してみたが、すぐに結論が出た。
何故なら彼女は自棄になっても、苦しんでも、悲しんでも――絶対に絶望などしない。
それこそ五年前、私へ『魅了』を使った時の様に。
三年前の誘拐事件で、一人で犯人達と戦った時の様に。
決して諦めずに足掻くだろう。
だからこそ、私は周囲に圧を掛ける方法を選んだのだから。
(まぁ――何にせよ)
彼女には『魅了』以外にも何かがある。
それこそ、私ですら想像もつかないような秘密が。
――本当に彼女は私を退屈させない。
「……実に面白い」
私は今――とても楽しい。
兄貴 は とても 幸せ そう!
彼は彼なりに、ミーナを愛しています。
例えそれが、ミーナの心ではなくとも。
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お読み頂きありがとうございます。
これにて三章は終了です。




