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03/夢


 目を開くとぼんやりとした視界が広がっている。

 明るい事はなんとなく分かるが、それだけだ。


(……なんだろう、これ)


 周囲を確認したくて首を動かそうとするけれど、体は反応してくれない。

 いや、それだけじゃなくて、どこか現実離れしたような感覚がする。


 ここに自分が居ると分かるのに、違和感を感じる……まるで夢の中のような。


(――ってつまり、明晰夢?)


 確か、夢だと認識しながら見る夢の事をそんな風に言ったはずだ。

 明晰夢だと思ってみると、違和感は消えていく。


(なるほど……。でもなんで視界がこんなにぼやけてるんだろう?)


 ふいに誰かが自分を持ち上げてくれる。

 夢の中だから、温度など感じられないはずなのに、誰かが温めてくれるようなぬくもりを感じた。


「侯爵様はいつ帰ってくるんでしょうね……お嬢様。

 ……奥様はもう、いつ……」


 不安そうな声音で呟く様に声をかけ、優しく抱いてくれる人。

 言葉から察するに、私を抱いてくれているのは乳母だろう。


(――そして、これは母親が死ぬ間際の記憶……?)


 誰かの死を意識したからか、それとも赤子であったヴィルヘルミーナが乳母の不安を感じたからか。

 私の口から、赤子の泣きじゃくる声があげられる。


「あぁ……大丈夫ですよ、お嬢様。

 わたくしがおります。奥様の分まで精一杯貴女を愛します。

 だから泣かないでくださいな……」


 あやすように、諭すように。

 優しい声音で私に呼びかける。


 ぽたり、と温かいものが頬に落ちた感覚がした気がした。



* * *



 まるで本のページをめくるように場面が切り替わる。


 厳格そうな渋い銀髪の男が目の前を過ぎ去っていくのが見えた。

 追随する従者により、その姿はすぐに見えなくなってしまったが――


(あれが、私……ううん。ヴィルヘルミーナの父親……)


 『騎士物語~愛の絆~』において、ある種の元凶とも言える存在。


 もともとヴィルヘルミーナの一族は、この地に国を構えていた民の王族だった。

 それが国を滅ぼされた後、今の国に何代もかけて潜り込んで力を蓄え、国家転覆を企てていたらしい。


 父親は一族の悲願にしか興味はなく、年をとってから生まれた娘であるヴィルヘルミーナにも興味がないようだ。


「お父様――」


 声を掛けると、従者が気づいて父親が立ち止まる。


『私は忙しい。何か用があるなら侍女にでも頼め』


 彼は何も言わなかった。しかし、その視線ははっきりとそう告げていた。

 ショックで廊下で暫し棒立ちした後、とぼとぼと部屋に戻り、窓から出立する父親の馬車を見る。


(……可哀想に)


 子は親を選べない。

 だからこそ、愛されて生まれてくるべきだ。


 ……第三者だからこそ、強くそう思う。


「お嬢様……」

「……だいじょうぶよ。いつものことだもの。――さびしくなんて……ないわ」


 最後の言葉は、自分に言い聞かせるようなか細い声だった。



* * *



 次の場面はいくつかのシーンを切り取るように目まぐるしかった。


 公爵家であるヴィルヘルミーナの日々は、子供とはいえ忙しい。


 身分に見合うだけの教養と知識を養うべく、毎日毎日勉強や訓練があるからだ。

 日本の感覚でいうなら小学校低学年だと言うのに、お稽古を週に十個くらい詰め込んでるようなものだろうか。


 正直、子供はもっとのびのびさせてやれよと言いたいが、ヴィルヘルミーナは必死にそれらに食いついていく。

 ただ父親に「よくやった」と褒めてもらいたい。――その一心で。


 行儀作法、地理や歴史に、算術。ダンスや楽器の演奏を始めとした芸術全般。


 もともと才能があったのもあるだろう。

 教育者が優秀なのもあっただろう。


 それでも、それ以上の努力をしていたのを私は知っている。


(だって……今は私がヴィルヘルミーナだもの)


 ――そして、どれだけ努力をしても父親は彼女に興味を持たなかったことも知っていた。


 ……まぁ、原因の一つは何でも出来てしまう天才型の兄がいたからかもしれないが。


 教育をしてくれる先生や、周囲にいる乳母や侍女は優秀だと褒め称えてくれる。

 そんな人達に「当然よ」と少し照れながら応える彼女だったけれど、それはただの強がりだ。


 褒められたことを報告しようと、父親の書斎に向かっては会えないまま、とぼとぼと部屋に戻っては、何度も何度も泣いているのだから。



* * *



 次の場面はどこか明るい印象を受けた。

 多分彼女にとって、嬉しい事だったのだろう。


 ある日、ヴィルヘルミーナに少女が紹介された。


 乳母であるダイアンの娘であり、乳姉妹に当たるレナ。

 彼女は遊び相手として、将来の専属侍女としてここにやってきたのだ。


(確か上位貴族の従者って貴族がやるのよね……)


 女子であれば、行儀見習を兼ねての花嫁修行。男子であれば将来の部下として。

 だいたい選ばれるのは身内や同じ派閥からなので、レナは血族なのかもしれない。


 初めての同年代の子供に、ヴィルヘルミーナはとても喜んだ。


 父親へ求める愛情とは違うが、それは彼女にとって救いになったのだろう。


 ――けれど、ときおり乳母がレナに母親として接する姿を見ては、羨ましさと寂しさを感じていた。



* * *



 どんどん場面は切り替わっていく。

 これは何歳くらいだろう?


 ダイアンもレナも常に一緒にいられる訳ではない。

 都合が悪い日や、休日だってあるのだ。


 大人であった記憶がぼんやりとある私から見れば、それは当然の事だと思う。……まぁ、現代日本ほどしっかりとした休日かあるかはわからないけれど。

 毎日毎日休まず人の世話を焼くというのは、精神的にも肉体的にも結構なストレスだから、休みがあるのは権利であり必要なことだ。


 ――それでも、ヴィルヘルミーナは子供。


 彼女にとって親しい人が傍に居てくれないのは、忘れかけていた孤独を思い出させる。


 代わりの世話係は何も喋らず、純粋に世話をするだけ。

 気安く喋ることが許されない身分だから、というのもあるだろう。


 そんな日の食事は美味しくない。

 例え同じ様に料理人が作っている、豪勢な食事でもだ。



* * *



 その後も彼女の人生を私は夢を通してみた。


 合間合間に見せられたのは、習い事もなく、特にする事もない時の暇つぶしをしている姿。

 それは読書だ。


 前世の世界と変わりなく、物語は自分を違う誰かにしてくれる。自分の知らない体験をさせてくれる。


 だからこそ、彼女は物語に惹かれたのだろう。


 好む作品は家族の絆をテーマとしたものや、恋愛を主題とした作品。


 強がりだけれど、孤独に怖がる少女。

 そんな彼女だから愛して欲しくて『魅了』の能力を発現してしまったのだろうか。


 ――この子が幸せになったっていいじゃない。


 強くそう思った。


悪役令嬢 は 健気 な 少女 だった!


クソ親父は殴ろう。(合言葉


* * *


お読み頂きありがとうございました。

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