閑話/エリク・贈り物
「お兄ちゃん。この間私をダシにしたでしょ」
レナが両手を腰に当て、ジト目で睨んでくる。
俺たちがいるのは、侯爵家に用意してもらった別邸だ。
今日は母さん以外は休みで、ここは俺の自室なのだが――レナは遠慮なく入ってきて言う。
「……何のことだ?」
心当たりはあるものの、眉をしかめて不思議そうに言ってみる。
しかし、無駄らしい。妹はジト目を呆れ顔に変えてこちらを睨んで来た。
「お兄ちゃん。本気で言ってるなら、お母さんに言うよ?」
「――俺が悪かった」
母さんにバレると、目的が果たせなくなる可能性が高い。
レナがダシにしたという件は、この間侯爵家に来た商人に依頼した魔法道具の事だろう。
二つで一つの品で、魔力を通すことで対となる品に位置を教えてくれる道具だ。
道具を購入する際に「誰の為に?」という話になって、つい「王都へ向かう妹に」と言ってしまった。
それがレナの耳に入ったらしい。
「メイドの間で、お兄ちゃんが私の事物凄く心配してるって噂になってるよ?」
「……まぁ、心配してないわけじゃないが」
若干不名誉に感じるのは何故だろうか。
「どうせ、ミーナ様に贈るんでしょ?
それなら侯爵家に買って頂けば良いのに。仕事に必要な道具なんだろうし」
「……」
それでは駄目だ。
確かにお嬢様に提案すれば経費で買ってもらえただろう。
魔法道具は基本的に高い。
今回の品も、二年使わず貯めた給金がほとんど底をついた。
だが――侯爵家に買ってもらう訳にはいかない。
(……我儘なんだよな)
身につける物を贈るというのは特別な意味がある。
だから、本来ただの護衛が行って良い行為ではない。
しかし――彼女の身を守るために必要な道具なら。
贈る建前としては問題ないはずなのだ。
ただ、それでも母さんにバレたら止められる気がするので黙ってて欲しい。
(……忠義の証として贈りたいなんて、レナに分かるわけないしな……)
「お兄ちゃん?」
「……分かった。何か埋め合わせをする。……それで良いか?」
「ふぅーん……そういう事言うんだぁ……。
うん、良いよ。分かった。それじゃお買い物行こ。代金はもちろんお兄ちゃんだからね」
ニヤニヤと楽しげに言うレナ。
背筋に嫌な汗が流れる。
(……ま、まだ貯金はあるから大丈夫だ)
騎士養成学校を卒業してから空いた時間で、冒険者まがいのことをしてた時期がある。
その時に貯めた貯金を使えば……レナへの詫びくらいは問題ないだろう。
* * *
とある店舗の前に立つ。
侯爵家にも出入りのある、かなり高級な装飾品を扱う店だ。
当然、紹介状ないし身分証が無ければ入れない。
「……家を出る前に着替えさせたと思ったら……」
「流石に部屋着のままじゃ来れないもん」
「そうかもしれんが……」
正直、場違い感が凄い。
むしろ自分はこういう所を警備する側の人間なんだが。
「そもそも入れるのか?」
「当然。前もって紹介状貰ってきたよ」
抜け目ない。というかいつの間に……。
なぜ女性はこんなに装飾品が好きなのだろうか。
(……いや、お嬢様は割とそうでもないか)
何故か彼女は高いものを嫌うし、装飾品も身につけるのが苦手なようだ。
服も高級な物を出来るだけ避けようとするし、あまつさえオーダーメイドで季節ごとに作る事も忌避感があるらしい。
いつだったか、母さんが「侯爵令嬢として必要な品格という物があります」と説教をしていたのを思い出す。
それに上に立つ人間として、高級品を作る者達への仕事を与えるという意味もある。
「……はぁ。埋め合わせするのは良いが、払える額には限度があるからな?」
「うん。それくらい分かってるよ。ちなみに予算は?」
ため息を付いてから予算を教えると、レナは目を丸くした。
「……お兄ちゃん意外とお金持ち?」
「これが全財産だから、そうでもない」
そんな話をしつつ、俺たちは紹介状を使い店内へと入って行く。
通された個室で、いくつかのアクセサリーがトレーに乗せられ出て来た。
前もってレナが希望を出してたからなのだろうが――
「……レナ。お前がこれを付けても、身分に合わないぞ」
出てきた品は、目が飛び出るほどの値段の装飾品達。
格で言うなら男爵家ではなく、伯爵家相当の令嬢が付けるべき品だ。
ギリギリ侯爵令嬢であるお嬢様が、普段使いで身につけられる――という感じだろう。
しかし、レナはあっけらかんと言った。
「当たり前じゃん。これはミーナ様に贈る品なんだから」
「……は?」
意味が分からず、間の抜けた声が溢れる。
「お兄ちゃん、もしかして魔法道具だけ贈るつもりだったの?
実利一点のみの品を贈るとか……男として失格じゃない?」
いや、待てレナ。
そもそも俺は男として贈るのではなく、護衛として贈りたいんだが。
「だいたい、お兄ちゃんだけミーナ様に贈り物とかずるいし。
私も少し出すから、”私達”からって形にすればお兄ちゃんも問題ないよね?」
「それは……まぁ……」
「言っとくけれど、お兄ちゃんを応援してるんじゃないから」
「だから誤解だからな!?」
妹が何やら勘違いをしている気がする……。
「――じゃあ、お前への詫びは買わなくて良いのか?」
「それは買ってもらうよ? 当たり前じゃん。私に似合いそうなの選んでね?」
ちゃっかりしている……。
レナの事はあまり気にかけなくても良い気がしてきた。
「……はぁ。俺ではどれが良いかわからんから選んでくれ」
「ダーメ。お兄ちゃんも選んで! じゃないと二人からの贈り物じゃなくなるでしょ!
色くらいは選んでよ。種類とデザインは私が選ぶから」
「……わかったわかった。――それならこの色にしよう」
そう言って、紫色の石を指す。
この色ならお嬢様の銀髪と青い目に映えると思う。
「アメシストね。それじゃ――これとかどうかな?」
「ブレスレットか。良いんじゃないか?
……これなら全額出せるから、レナはあんまり無理をするなよ。嫁入りの時に困るぞ」
「お兄ちゃんこそ、お嫁さん貰う時にお金なかったら困ると思うけれど?」
「……当分嫁はいらないから良いさ」
苦笑しながら店員に購入を伝えて、今度はレナの分を選ぶ。
レナはちゃっかりと、イヤリングとネックレスの二つをねだった。
* * *
数日後、出来上がった魔法道具も受け取り、装飾品と共に箱に入れてお嬢様に持っていく。
「お嬢様少々よろしいですか?」
声をかけ、レナと共に近づく。
「どうしたの? 二人共」
王都行きが近づく中、お嬢様は少し憂鬱そうだ。
無理もない。
魔物退治に半ば誘拐されるように連れて行かれたのだ。
今の彼女は、外に出ることを拒絶しているように感じる。
(……これで少しでも前向きになってくれれば)
今回王都へ向かう理由は、彼女の婚約者に会うため。
”婚約者”という響きに少し胸が痛む気もするが――気のせいだ。
彼女が幸せになれるのならば、それで良い。
それに、婚約者の王子は穏やかな気性で評判が良いと聞く。
きっと彼女を、幸せにしてくれるだろう。
――そうだ。それで良い。
俺は片膝を付いて、贈り物の品を掲げるように差し出す。
「これは俺とレナからのプレゼントです。片方は魔法道具で――」
道具の使い方、意図を明確に。
誤解をさせてはいけない。
「貴女がもしまた連れ去られたとしても、これがあれば――貴女が助けを求めてくれれば、必ず助けに行きます」
――助けを求めてくれる限り、何度でも。
言葉には出さず続ける。
「――ありがとう。エリク……レナ……」
彼女は受け取ると涙を浮かべ、微笑みながら言う。
――この笑顔を守れるのなら――
レナは割とちゃっかりもの。
そして、結構お兄ちゃんっ子だったりします。
* * *
お読み頂きありがとうございました。




