25/レオンハルト・執着
――なるほど。それが君の固有魔法か。
一部始終を使い魔の視点から覗き、私は一人胸の中で呟いた。
王子の戦闘能力上昇。
そしてあの表情。
――二年前のあの日にあった事が脳裏に蘇る。
「あぁ、そうだ。思い出してきたぞ。――あの素晴らしい感覚を」
自然と口元が緩む。
「一時とはいえ、私を支配するとはやるじゃないか」
俄然彼女の魔力――魔法に興味が湧く。
私に土を付けた彼女の魔法の発動条件は一体なんだろうか。
甦った記憶から考えるならば「口付け」だろう。
しかし今回はそのような事をした様子はない。
王子は彼女を抱きしめていた。
だが、それで効果があるとすれば、護衛騎士にも何らかの影響が出てもおかしくはないだろう。
(――とすると、血か)
結論を導き出していると、後方から足音が聞こえてきた。
(――無粋な)
せっかくあの時の余韻を味わいながら考察をしてたというのに。
すでに彼女は気を失っている。
あれ以上の戦闘は不可能だろう。
護衛騎士がいれば問題もないだろうが、万が一にでも、彼女の身に危険が及ぶのは許容できない。
(ならば丁度良い。実験台になってもらおうか)
――他者を支配し、その行動を意のままに操る魔法。
発動に必要だろう要素を導き、それを基に魔法を構築していく。
大した手間ではない。
必要な時に必要な魔法を構築するのはいつもの事だ。
駆け寄ってくる者たちの眼の前に、魔法を使って移動する。
突然現れた私に、彼等は戸惑いと敵意を表すが――どうでも良いな。
私は指を鳴らして、魔法を発動した。
瞬時に魔法の影響を受けた彼等は棒立ちして立ち止まる。
「ふむ。こんなものか」
再現は比較的簡単だったようだ。
(――いや、そんな訳はないだろう?)
思わず自分の考えを否定する。
あのような素晴らしい感覚を味合わせてくれる彼女の魔法が、こんな簡単に再現出来てしまうわけがない。
(ならば実験をしてみるか)
検証するのは簡単だ。命令すれば良い。
「君たちのせいで街遊びは台無し、怪我までした。……実に罪深い。万死に値する罪だ。
……さて、君達は謝罪すべきだと思うのだが、どうだろうか」
私がそう言うと、彼等は正座をして土下座をするように、頭を何度も何度も打ち付けた。
やがて一人動きが止まり――それに続くように何人も動きを止める。
最終的に全員が事切れるまで、さした時間は掛からなかった。
「私に謝罪してどうする……まあ、言葉が足りなかった私が悪かったのかな」
彼等の行動はどうでも良い。
問題なのはそこではないのだ。
近寄りしゃがみこんで、頭を掴んで持ち上げる。
その表情は恐怖と苦悶が刻まれていた。
「……ふむ」
念の為、全員を確認してみたが全員同じだ。
眉をひそめる。
想像した魔法の構築と、彼女の魔法の差はなんだ?
「――ミーナの魔法ならこうはなるまい」
彼女の魔法はもっと素晴らしいものだ。
「支配される歓喜が、尽くす快楽が足りない」
あの時、彼女の喜ぶ姿が見たくて、彼女が望む事全てを叶えてあげたいと願った。
「彼らはまるで満たされていない」
――そう。私の魔法では到底再現出来ないほどの幸福感。
「くくく……あぁ……素晴らしいな」
彼女の魔法は素晴らしい。
彼女の魔法をもっと知りたい。
その為には彼女に近づかなければならないだろう。
(……目覚めたらまた、彼女の為に色々しないと)
今後の楽しみが出来た。
心を踊らせていると、視界に再び入る死体達。
実験の成果以上に、彼等への興味などない。
後は父上が上手く使うだろう。
そんな事を考えていると、ばさりと羽音が聞こえた。
「――君の食事という手もあるか。
取るに足らぬ魔力の乏しい連中だが、足しにはなるだろう。……食べるかね?」
忠実な下僕には、正当な報酬が必要だ。
だが、”それ”は死肉には見向きもせず、その姿をどろりと溶かして闇へと変じる。
闇より新たに現れるのは一匹の黒猫。
そしてそのまま、勝手に歩いて夕闇に消えていく。
恐らく、ミーナの後を追いに行ったのだろう。
(本当に命令に忠実だな。
そうあれかしと造ったのは私だが……。
ただ、最初の命令に固執して融通が効かない傾向が今後の改善点か)
肩を軽く竦めて、私は場を後にした。
* * *
部下から誘拐事件の報告を聞く。
父上は私の一報を受けて、それなりに上手く立ち回ったらしい。
最後に渡された羊皮紙に目を通す。
今説明された内容が、さらに細かく明記されていた。
それを簡単にまとめるとこうだ。
1、王都の警備関係者を更迭。
2、娘が誘拐され負傷した事を理由に、警備担当の後任人事に口を挟み、自身の手下を捩じ込んだ。
3、王都の警備関係者ではなく、侯爵家の人間が事件を解決した為、王家に貸しを作った。
4、助けられた事に側室と王子の信頼度が更に上昇。ほぼ言いなりへ。
5、誘拐の実行犯を雇っていたとされる貴族を処刑台へ。
今回更迭されたり、処刑された貴族は基本的に敵対派閥の者たちだ。
こうしてみると、父上もそれなりにやれるようだと再認識する。
(この誘拐事件自体父上の仕掛けたものだと言うのに……。気づかないとは愚か者が多すぎる)
世論では娘が誘拐され、一歩間違えば死んでいた大怪我をした事が、同情を集めているようだ。
そのせいで疑う者は少ない。
(――父上など、どうでも良いな)
今日のミーナへの見舞いの品は何にするか。
本か――それとも甘味か。
そんな事を考えながら、報告書を魔法で燃やして捨てた。
* * *
ベッドで眠る王子を見る。
彼の部屋に忍び込むのは簡単だ。
認識阻害を使い、暗視で視界も確保出来る。
彼は事件後、ミーナの見舞いに日参し、甲斐甲斐しく婚約者に尽くしているらしい。
実際にその場面も見たが、実に幸せそうであった。
(――羨ましい)
こんな感情も生まれて初めてかもしれない。
(君は今、アレを味わっているのだね)
胸に黒く淀むような感覚が渦巻く。
(――これが嫉妬……か?)
彼女に関われば関わるほど、私は新しい感情を知れる。
それは喜ばしい事だが、この嫉妬というのは存外面倒さもあるようだ。
なぜなら炉端の石と変わらぬこの王子を羨み、妬んでいるのだから。
(願わくば――私ももう一度)
あの甘美な感覚を味わいたい。
しかし、それは今のままでは叶わない夢だ。
一度受けてから、私には耐性ができてしまっているだろう。
このままでは、彼女の血をこの身に受けようとも、きっと効果等現れない。
(……そうでなければ早速試すものを)
死なない程度に血を奪う程度ならば、造作も無いのだから。
だから今一度、私があの感覚を味わうために、彼女には強くなってもらわなければならない。
とりあえず彼女の体調が万全になってから、また狩りに向かうところから始めようか。
ふと王子の顔が、幸せそうに頬を緩ませる。
「――アレを味わうのは、私だけで良い」
彼女の魔法は私だけの物でいい。
(……雑草は抜いておくべきかな)
王子の首に手を掛けようとし――止めた。
これを消すことは簡単だ。
だがこれが無くなれば、ミーナが王宮の書庫に出入り出来なくなって残念がるかもしれない。
そう考えると、少々問題だ。
何より次を準備するのが手間でもある。
(……ここは考え方を変えてみるか)
彼女の魔法の影響下に居る人間のサンプル。
これはこれで貴重だ。
まず王子の身体を魔法で精査する。
彼の中には、二つの魔力が混じり合っているようだ。
一つは彼自身のもの。
もう一つは当然ミーナのものだ。
(外部からなら影響除去は簡単だな)
魔法を構築し、ミーナの魔力を取り除く。
念の為もう一度精査するが、問題なく効果は出たようだ。
これで彼はもうあの感覚を味わうことは出来ない。
そう考えると、胸がすく想いがした。
(さて帰るか)
用事は済ませた。もうここに用はない。
明日からはまた少し日々が楽しくなるだろう。
今後は彼女の成長プランを考えなければならないのだ。
あまりギリギリを攻めて殺してしまっては、本末転倒である。
ほどほどに。
しかし追い詰めなければならない。
(……ミーナのお陰だね。
こんなに日々が充実するなんて)
私の口元はまた自然と緩むのだった。
魔王兄貴 は 愛しさ(魅了状態) を 思い出した!
ミーナ は ロックオン された!
多分、ミーナは今頃寒気にふるえている事でしょう。
* * *
お読み頂きありがとうございました。
これにて二章は終わりです。




