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早朝の人影


 話し合いも終わり、もうすぐ午後の授業が始まる時間となる。俺達は屋上から伸びる階段をくだった先で分かれ、各々の教室へと向かった。


 昼休みも終わりかけとあって、待ち構えていた生徒の数は少なく。熱心な十六夜ファンの皆々様は俺に興味などないのか、みんな十六夜の背中を追いかけていった。


 あの人達は昼休みを丸々潰して、屋上にいた十六夜を待っていたのだろうか。そう考えてみると、薄気味悪くて鳥肌がたった。ストーカーという人種は、ああやって生み出されるのだろう。あいつらがそうならないことを、俺は祈るばかりだ。


 そうして自分の教室へと続く廊下を渡っていると、道中で嫌な奴と出くわした。


「誰かと思えば、にのまえじゃあないか。お前を探していたんだよ、どこに行っていたんだ?」

「なんでそんな事を一々、話さなくちゃあならないんだよ。付き合いたてのカップルか」


 はたから見ていると鬱陶しいことこの上ない時期の恋人みたいなことを言わないで貰いたいな。


「本当にお前は癪に障る奴だな。まぁいい。僕はお前にようがあるんだ」

「へぇー。クラスの人気者様が、俺になんのようがあるって?」

「そう、つっかかるなよ」


 つっかかりたくもなる。


 何を隠そう、目の前にいるこの男子生徒こそが、俺をぼっちにまで貶めた張本人なのだから。太刀川新太たちかわあらた、成績優秀で顔立ちも整っており、サッカー部のエースときた、それはそれは女受けのする男だ。事実、いつでも女子生徒をはべらせている。


 その上、自分の本性を隠すのが上手く。そして外面が非常にいいため、クラスメイト全員を騙くらかし、自分の性悪な部分を見事に隠し通している。おそらく、あの教室で俺以外に太刀川の本性に気付いている奴はいないだろう。だからこそ、太刀川が流布した悪い噂をクラスメイトは簡単に信じたのだから。


 おそらく、十六夜に、一は性格の悪い奴だと吹き込んだのも太刀川だ。


「それで? 用件はなんだ?」

「お前、最近になって急に十六夜と仲良くなり始めたみたいじゃあないか。昨日は放課後の屋上で会っていたみたいだし、今日は一緒に登校、昼休みはまた屋上で二人きりだ。いったいどんな手品を使ったのか、僕も興味があるんだよ」


 すなおに気持ち悪いと思った。


 太刀川の奴、どれだけ十六夜の行動を把握しているんだよ。そりゃあ十六夜の周りにはいつも迷惑な取り巻きが多数いるが、そいつらから逐一情報を収集しているのか? ある意味では、昼休みを潰して十六夜を待ち構えていたあの生徒達よりも性質が悪い。


 こいつこそがストーカーの典型なんじゃあないのか?


「十六夜はさぁ。友人が少ないらしいじゃあないか。なかでも男友達は皆無らしい。なのに、どうしてお前だけが特別扱いされているんだ? どうやって十六夜の懐に潜り込んだんだ? 教えてくれよ、僕に」


 どうやら用件と言うのは、十六夜に関することらしい。


 なるほど、こうやって十六夜の周りに人が増えていくのか。十六夜と仲良くなった方法を教えろ、十六夜に自分を紹介しろ、十六夜との仲を取り持て。そんな理由で近付こうとし、群がっていく。まるで飴玉に集る蟻のように。


 まさに負の連鎖が出来上がっている。だから、きちんと此処で断ち切っておかなければ。


「そうだな。教えてほしけりゃ、近くの川に飛び込んで寒中水泳くらいしてもらわないとな」

「なんだと? 今なんて言った!」

「聞こえなかったのか? なら、もう一度言ってやるよ。お宅みたいな陰険で性悪なクソ野郎に教えるつもりはないっつったんだよ」

「一、お前ッ!」


 今にも殴りかかって来そうな剣幕で、太刀川は俺の名前を呼んだ。


 けれど、次の言葉を怒鳴り散らそうとした矢先、昼休み終了の五分前を告げる予鈴が鳴り響く。それに遮られるようにして、太刀川の声は途切れて掻き消え。言葉は俺の耳にまで届かない。


「ほら、予鈴が鳴ったぞ。遅刻して先生に叱られないよう、はやく教室に戻らなくっちゃあな」


 そう言って、俺は太刀川の隣を通って廊下の奥へと進もうとする。


「待てッ、まだ話は終わっていないぞッ」

「なんだよ。話があるなら後にしてくれ。それとも何か? おてて繋いで仲良し小好こよしでもしながら一緒に教室まで戻るか? それならあと少しくらいは話が出来るぞ」

「ふざけるなッ! くそッ、もういいッ」


 見下していた相手に反抗されて気分が悪いのか、太刀川はそう吐き捨てて俺より先に教室へと帰っていった。ぶつくさと文句を言いながら、地団駄を踏むように。


 ちょいとだけすっきりしたのは、此処だけの秘密だ。クラスから孤立させられた仕返し、としては少々幼稚な方法だが、一泡吹かせられたことに変わりはない。これに懲りてちょっかいを出さなくなってくれれば良いのだが、あいつに限ってそれはないか。


「はぁ……やれやれだ」


 太刀川に続くかたちで俺も廊下を渡って行き、教室へと戻る。


 横開きの扉を開けて中に踏み入れた途端、冷たい視線が身体中に突き刺さったのは、ある意味とうぜんのことだった。また太刀川が嫌がらせに有ること無いこと言いふらしたのだろう。毎度毎度、飽きもせずに良くもまぁ出来るものだ。


 クラスメイトの冷たい視線を潜り抜けて、自分の席に座るとちょうどチャイムがなって先生がやってくる。俺はいつものように教科書とノートを取り出して、授業開始とともに黒板に白い文字で書かれた文章を丸写ししていく。


 授業中だと言うのに、じろじろ見てくる視線や、ひそひそと交わされる言葉は終わらない。悪口大会でも開かれているのだろうか。だとしたら景品はなんだろう。そんな下らないことを考えつつ、白紙のページに鉛筆を走らせる。


 黒板に、邪魔という文字が見え。ノートにもそれを書き写す。


「そう言えば……」


 邪魔という文字で思い出した。今はもうテレパシーで連絡を取るのみに留まったフレンドが何人かいて、その中の一人に優秀な呪術師ジャマーがいたのだ。住んでいる県の違いから、もう一緒にクエストを受けることは出来ないが、機会があればまた並んで戦ってみたいものだ。


 あいつとパーティーを組むと、戦闘が格段に楽になるから。



 こんこん、こんこん。


 そんな音が眠っていた意識を叩く。それは一体なんの音だ? と脳が考え始めるくらいには大きい。いや、違う。大きいのではなく、近いのだ。自分からそう遠くない場所で、この音は俺の眠りを覚まそうとしている。


 そこまで思考が働いた所で、まんまと目は覚めてしまった。まだ半分ほど寝ているような状態で、頭がぼーっとする。しかし、それでもなお、一定の間隔を保ちつつ鳴り続けるそれの方向へ、ゆっくりと視線を向けた。


「……なにしてやがる」


 寝ぼけ眼をこすり、今一度だけ見直してみる。


 ベッドの直ぐ側にある窓の向こう。常識的に考えれば、そこは人間が立ち入れない場所だ。けれど、にも関わらず、人影は窓の外側にいて、ノックをするように硝子を叩いている。そいつの正体は――


「十六夜」


 仮想の身体となって窓の向こう側にいた、十六夜夕奈だった。


「なにって、見て分からない?」

「見て分かりたくないから聞いているんだが」


 どうして十六夜がここにいる。というか、どうやって家の住所を調べたんだ。


「とりあえず、中に入れてくれないかしら。知ってる? 真冬の早朝というのは、とっても寒いのよ」

「俺はお宅に常識ってものを知っているのか質問したい所だがな。まぁ、いいや。ほら、入れよ」


 何の連絡もなく突然押しかけられたとはいえ、中へ招き入れない訳にはいかないだろう。言う通り、真冬の早朝は寒いのだ。凍えてしまうほどに。なのに、意地悪く部屋に入れないのは酷というものだ。


 鍵を解錠して窓を開ける。すると我先にと寒波が舞い込み、部屋に残る微かな暖かみさえ根こそぎ攫っていく。やはり寒い。十六夜が中に入って窓を閉める頃には、すっかり身も心も冷たくなった。


 とりあえず、暖房器具のスイッチを入れておこう。

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