1話 王太子妃の覚悟
王太子マクシミリアン殿下が国王に即位することが正式に公布され、戴冠式の日付も決まった。王宮内だけではなく、王国中がお祝いムードに包まれた。
――だが、王国で一番その日を祝福して喜ぶべきなのに。王太子妃の私……ベアトリスは、自分の執務室で暗く落ち込んでしまう気持ちを抑えられずにいた。
私の気持ちを天空の神が汲んで、共に悲嘆してくれているのか。視線を向けた窓の外の空はどんよりと分厚い雲に覆われ、今にも涙雨を降らせそうな兆しが見えた。
「妃殿下、やはり……あのお話は本当なのでしょうか?」
「さぁ……私にもわからないわ」
憂鬱な気分で窓の外を見ていた私の背後から、声をかける者がいた。隣国から嫁いで来た時、一緒に母国から付いて来てくれた侍女のロッティだ。
陶器がこすれる音を微かに立てながら、ロッティは主人の私のためにお茶を淹れていた。
「王太子殿下が即位される時に側妃様を娶られるなんて!」
「そうね……」
「お二人はとても愛しあっているのに……こんな話とても信じられませんわ」
「ええ……」
(今はその話はしたくない。……ただでさえ落ち込んでいるのに、もっと落ち込みそうだわ)
話を続けたくなくてなるべく素っ気なく返事をした。ロッティから受け取ったカップを鼻の下に寄せて、お茶の香りを確かめてからゆっくりと飲んだ。
そんな私を表情を曇らせたロッティが、目を離さずジッと見つめている。
ふたくちほどお茶を飲んでから、私はカップを執務机に置いた皿にカチャッと音を立てて戻した。静かな二人だけの執務室に、カップの音がやけに大きく響く。
侍女というだけではなく、母国から付いて来てくれた友人でもある、ロッティの視線に耐えられなくなり。
ハァ――とため息をつき、私は仕方なく口を開いた。
「でも……六年間の結婚生活で、私は王女を一人産んだだけだから。後の子は流産してしまったし。私と殿下がいくら愛しあっていても、お世継ぎの問題は別だもの……」
自分で言った言葉なのに、ヂクリと胸が痛む。
少し前までなら夫のマクシミリアン様は『絶対に違う』とキッパリと否定して、私を安心させてくれたけれど。今の彼は信じられない。
ようやく身籠った二人目の子を流産し、療養をする私を気づかい。マクシミリアン様が私の寝室に訪れなくなってから、半年以上も過ぎてしまった。
(私の身体はすでに完治していて、心も元気になったとさりげなくマクシミリアン様に伝えたのに。……当のマクシミリアン様は『無理はするな』とはぐらかすばかり)
流産するまではマクシミリアン様と私は、確かに愛し合っていたはずなのに。今は彼の心が私から離れて行っていると感じる。
私の寝室に来ないばかりか、私と顔を合わせても素っ気ない態度で、何度も視線をそらされた。
ここまでされれば誰だって理解する。
どうしようもない悲しみと無力感で、私の眉間に苦悩の分だけ深いシワが寄る。
「妃殿下。私……王太子殿下の側近の誰かを捕まえて聞いてみます!」
「ロッティ。殿下の側近は口が堅いから、簡単には教えてくれないと思うわ」
(それに側妃のことはきっと……マクシミリアン様自身が私に話してくれるはずだわ。心が離れて寝室を共にしなくなったと言っても、私たちは夫婦だから……)
自分の愛した人だから。最低限の礼儀ぐらいは守ってくれると信じたい。
またヂクリと胸が痛み、祈るように両手を組み合わせる。
「でも妃殿下もご存知でしょう? この私がどれほど粘り強いかを。お任せ下さい、必ず聞きだして見せますから!」
ロッティは勇ましく自分の胸をパンッ! と叩いて請け合った。暗い気持ちを抱えていた私も、さすがに笑ってしまう。
「はいはい! ロッティ。あなたに全部お任せするわ」
(私もそろそろ覚悟を決めて、マクシミリアン様に直接たずねてみましょう。今までは真実を知るのが怖くて、聞くのを後回しにして来たけれど……グズグズと悩んでいてはいけないわね。私はこの王国の王妃になるのだから)
すべて真実だとしても、私は王国の母となる存在。国王が娶った側妃を王宮へ受け入れるのも、王妃の義務なのだ。
考えれば考えるほど胸が痛くなったが、私は自分が背負うべき責任の重さを正確に把握している。愛に目が眩んで判断を間違ってはいけない。
私の判断一つに王国の未来……そして王国民の生活がかかっているのだから。
パラパラと窓を打つ雨の音が聞こえ始めた。やはり天空の神は私の心を御存じなのだろう。
このお話を開いて下さり、ありがとうございます!
【婚約者を妹に譲ったら~】のスピンオフで、1年後のお話になります。(そちら読んでいなくても大丈夫です)
良い暇つぶしになれば幸いです(^^)/




