“騎士道”はあくまでも理想ってことでしょう
昼休み、イーニロズは誰もいない植木の陰で昼食を摂っていた。
昨日まではレヴォナーグやデミュドとヤムゼムと一緒に食べていたが、三人はデフィカス男爵令嬢を外し、別の場所にいる。
-ーなんでこんなことに……
一人でいると、自然と涙が溢れてきた。サンドイッチのパンがふやけそうになり、慌ててずらす。
騎士科にはイーニロズ以外にも女子はいるが、女特有の湿った関係を拒み、絆を育んできた者はいない。
故に、イーニロズは完全に孤立していた。
食堂の料理番は変わらぬ態度であったが、そこに何の意味があろうか。
ぬるくなったカフェオレを飲み干し、息を吐いた。
「ふぁぁ……」
淑女科のオジョーサマがしないような、大口を開けてのあくびを一つ。
いっそ授業をサボってどこか遊びに行こうか……なんて思いながら、寝転がった。
「-ーそれにしてもスッキリしたよねえ。イーニロズのヤツをコッコディマ様が叩きのめしてくれてさぁ」
前触れなく、植木を隔てた向こう側から、テンションの高い声が聞こえ、耳をそばだてる。
「ホントホント。わたしたちじゃ到底無理だもん」
「だよねー、あいつ手合わせしてこっちが勝つと“ズルした”とか“今日は調子が悪かった”って言うし。それで自分が勝つと“騎士科やめて淑女科行ったら?”とか“そんなんでやっていけると思ってる?”って言うし」
「それに準備や後片付けはサボってヌムエッポ伯爵令息にすり寄ってさぁ、彼がなびくと思ってたのかなぁ? 伯爵令嬢と男爵令嬢じゃメリットがあまりにも違い過ぎるでしょ」
「そうそう、わかってなかったのかなぁ? バッサ男爵令息やアワン男爵令息だって、あいつとノスラウダ伯爵令嬢ならそっち選ぶよ」
「もしかしてあの二人がイーニロズ煽ったのって、そうすればノスラウダ伯爵令嬢がものになるとか思ったのかな?」
「馬鹿だね~、間接的にでも婚約を駄目にした奴はお断りなのに~」
邪気を含んだ笑い声は合唱と化す。
「それにしてもあいつどうなるのかな? 無手の相手に負けただけでも恥なのに、公衆の面前で性犯罪者予備軍認定されたんだから、まともなところに就けないんじゃない?」
「あー、そうだよねー。私も嫌だもん。あいつがスパイになって、男子たちが女子寮に侵入してきたら」
「だよね~、そうだ、教官に話してみる? 今までのことも全部さぁ」
「それ名案じゃない?」
「どうせならコッコディマ様かカロアツア様辺りに頼めればいいけど、私たちじゃ無理だもんね~」
「ヌムエッポ伯爵令息に頼むのは?」
「馬鹿言わないでよあんな勘違い男。あいつアタシがイーニロズに“レオンに近づくな”みたいなこと言われたら後で“イーニロズがすまない”って言ったけど、それはあんたが馴れ馴れしく肩を置いて話しかけてきたからだって殴ってやりたかったよ。お前のせいだって。だったらバッサ男爵令息やアワン男爵令息の方がまだマシ。少なくとも話は通じるから」
「確かにあの二人はおべっかそれなりに使ってたけど、付き合いっちゃ付き合いだもんね。じゃあ、あの二人はどうにかなるか。あ、私たちでどうにかなるっていうのもあるけど、イーニロズより罪は軽いって意味で。」
その台詞は軽い口調だったが、清聴者は胸を隔てて心臓を押さえていた。
-ー冗談じゃない。
なぜそこまで人間性を悪し様に曲解されないといけないのか。これだから女は嫌なのだ。
だが、さらに鳥肌ものの仮説が出来上がる。
教官にはどのように伝わっているのか……?
自分への悪い噂が独り歩きして未来が閉ざされることになったら-ー
こうしてはいられない。
イーニロズはすぐさま走り出した。
「ちょっと待ってください! どういうことですか!?」
通路で教官を捕まえ、自分への不当な評価を払拭しようと試みたイーニロズは、相談室に案内された。
弁明を述べる間もなく告げられたのは、退学。
それを受けての抗議である。
「君は“男みたいなもの”を免罪符にして男子生徒の婚約をぶち壊したからな。おまけに日頃から態度も誉められたものではないし、女子生徒との折り合いも悪い。心が男だと女子相手に性的な行為を強要する危険性も高いからな。もうすぐ合宿だが、年頃の女子と一つ屋根の下に過ごさせるわけにはいかない。もし犯罪が起きたら元も子もないからな」
「それはあの『じゃない方令嬢』が勝手に言っただけじゃないですか!」
教官はため息をつく。
「よくもまぁ、自分より爵位が上の相手を馬鹿にできるものだな。日頃の振る舞いを周りの者は見ていないようで見ているんだ。仕える対象に敬意を抱かない護衛なんて誰もがお断りだからな。おまけに、ただでさえ学業が平均に及ばないわ礼儀知らずだわで平民より悪いところに淑女科の令嬢に無手で倒されたのだから、これまで溜まっていた鬱憤が一気に放たれた形だ」
-ーふざけないでよ……
デフィカス男爵令嬢は歯噛みした。
あんなふざけた戦いですべてが台無しになるなんて、理不尽と言うしかない。
激情に従って、目の前の愚か者を殴るべく拳を握る。
「まぁ、受け皿がないことはないが……」
独り言のようなつぶやきは、イーニロズの耳介に滑り込んだ。
「どういうことです?」
やめた方がいいと思う、と前置きし、教官は重い口を開いた。
「……実はラジェス辺境伯令息が隊長を務める自警団で欠員が出てな、隊員を募集しているんだ。ただ……今行っている任務がドラゴン討伐でな、さすがにそれは荷が重いからな」
「馬鹿いわないでください! やる前から出来ないなんて決めつけないでくださいよ!」
部屋の外にまで響く大音声を、イーニロズはほとばしらせていた。
ドラゴン討伐-ー
騎士を志す者ならば誰でも一度は見る夢だ。しかも、辺境伯と言えば武勇に長けた人物と相場は決まっており、令息も同じ感じと見当はつく。
「しかし、偉業を成し遂げるにしても、そこに至るまでは綿密な計画を立てる頭脳と予想外の事件にも対応できる柔軟さが必要だ。華々しい功績には泥臭い地道な努力の積み重ねが欠かせないしな」
「用は臨機応変ってことが大事ってことですよね? できますよ!!」
自信を持ってイーニロズは断言した。
教官はしばし、彼女を見つめる。
「わかった、ではこちらから連絡しておく」
しばらくして、教官は告げた。
一ヶ月後-ー
「……そういえばお姉様、聞いたかしら?」
植物図鑑を読んでいたコッコディマに、カロアツアは尋ねる。もっとも姉が読んでいるのは子供向けの作品で、妹は遥かに難解な内容の書物を一日で読みきるが。
「何を?」
本を閉じて凡才は天才に顔を向ける。
「お姉様が決闘で負かしたイーニロズ・デフィカス男爵令嬢はラジェス辺境伯令息が隊長を務める自警団に志願して、隊員となったそうだけど、任務の最中に深傷を負って今は病院にいるのだそうよ」
「へー、それは大変だね。確かドラゴン討伐って聞いたけど……あれ? でもラジェス辺境伯令息って、前わたしが釣書を読もうとしたら、お父様が血相を変えて“そこはやめろ!”って言った人だよね?」
頭は悪いと自認しているコッコディマだが、それは覚えていた。
ちなみに、少々淑女の道に反したやり口で、デフィカス男爵令嬢を負かした結果、なぜか令息たちからの釣書が倍以上に増えた。もっとも妹よりは少ないが。
「-ーええ、デフィカス男爵令嬢と似た性的嗜癖の持ち主で、しかも隊員も類は友を呼ぶを地で行く人間性。いくらデフィカス男爵令嬢が中身男性とはいえ、所詮肉体は女。大勢の男に組み伏せられたら多勢に無勢、猫の前のサンマ。お姉様の読んでいた官能小説より悲惨な目に遭うのは明白よ」
「それはあるね。ドラゴンに襲われた可能性も捨てきれないけど」
言うと、コッコディマはハーブティーをカップに注ぐ。そしてカロアツアの分も淹れた。
高位貴族らしくないかもしれないが、凡才は自分にもできそうで好奇心の動いた行為を習い、次第に馴れたのだ。
以前ハチミツたっぷりのカモミールティーを天才に薦めたら、「ワタクシは睡眠を欲しておりません」「でも寝ないと身体に毒だよ」の押し問答に発展したが。
「……それにしてもわからないなぁ。人の婚約者を奪おうとしたのは他の人に聞いてわかったけど、なんで“男みたいなものだ”って言ったんだろ? “ごめんなさい、好きになっちゃったんです異性として”って言うんならわかるけど」
「それを言ったらまずいと思ったし、ごまかせると思ったんじゃないの?」
「ごまかす」
コッコディマは単語を口内で転がして、唇の真ん中を鼻に近づけた。
「騎士なのに? 正々堂々なのが騎士なのに? ごまかそうとしたの?」
「“騎士道”はあくまでも理想ってことでしょう」
疑問を次々吐き出す姉に、妹は淡々と述べる。
「それに……お姉様は自分が淑女の鑑だと思っているの?」
付け加えられた質問は、改まった声音で紡がれた。
「全然思ってないし周りからも見えてもないと認識している。でも目指すのはそれ以外でもいいでしょ?」
言うとコッコディマは口角を上げ、読みかけの書物に手を伸ばした。
これにて終わりです。今までお読みくださりありがとうございました。




