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79.【ฏ】突き棒のトー・レック【その4】

 三十メート級のコピー三体(さんたい)が立て続けに(ほうむ)られるのを見たシアムは、コピー元である五十メート級人面(じんめん)ムカデのうなじから大声(おおごえ)で命じた。


「囲んでつぶして!」


 赤黒い火の玉を飛ばし、もともと六体いたコピーのうち残り三体に火をつける。

 コピーたちの胴体(どうたい)も人面もたちまち赤黒い(ほのお)をまとった。


 当のムカデたちは平気そうである。

 むしろ、より活発に多脚(たきゃく)大口(おおぐち)と胴体が(おど)る。


 確実に強化された人面ムカデ三体がその三十メートの(からだ)を地上のナーグルアに()し付ける。

 一体(いったい)は向かって左から少し細めのしっぽをからませ、もう一体は右からムカデの多脚をうごめかせながらナーグルアの肢体(したい)(おそ)い、最後の一体は正面(なな)め上から乱杭歯(らんぐいば)()き立てた。


(オリジナルの歯が()けたあとでも、コピーのそれは健在らしいな)


 ともあれ三十メートの物量三個分が同時にナーグルアを蹂躙(じゅうりん)した。

 ――ように()えた。


 実際にムカデたちが攻撃(こうげき)したのはナーグルア自身ではなく、突起(とっき)の付いた彼女(かのじょ)の黒い棍棒(こんぼう)であった。

 しかも巨大(きょだい)なしっぽと多脚(たきゃく)と歯列を受けとめてもなお、棍棒にはいっさいのヒビが(はい)らない。


 白すみれ色の髪とボトムスの四枚の布を逆立(さかだ)てながら、ナーグルアはムカデたちの頭上に現れた。


 南に視線を向けたまま、いったん右ひざを胸のほうへと引き寄せる。

 その太ももを右こぶしで真下にたたいた。


 するとたたかれた右脚(みぎあし)が加速し、左脚(ひだりあし)臀部(でんぶ)(がわ)に曲げた状態でナーグルアの右足裏が人面ムカデの頭頂部に(しず)()んだ。


 一番上(いちばんうえ)一体(いったい)だけでなく、その(した)にいる二体も衝撃(しょうげき)をもらう。

 歯を見せていた個体は頭部から、多脚で襲おうとした個体は数本の足の先から、しっぽを出した個体はその先端部(せんたんぶ)から爆裂(ばくれつ)した。


 患部(かんぶ)からもっとも遠い部位まで瞬時(しゅんじ)威力(いりょく)が伝わったため、人面ムカデのコピーたちはナーグルアにふれた箇所(かしょ)のみならず三十メートに(およ)ぶ全身までを残らず霧散(むさん)させることとなった。


 それから地上に立ちなおしたナーグルアは灰色の地面に逆立(さかだ)ちになった棍棒を右手で()く。

 棒を順手(じゅんて)で持ったまま両手を後ろに回し、二つの白いテントを()にして五十メートムカデと対面した。


 棍棒の一部(いちぶ)が黒い柱のように彼女の背後から()き出ている。

 ナーグルアはおしとやかな声と共にシアムへと柔和(にゅうわ)笑顔(えがお)を向けた。


「お(つよ)かったですわ」

「ろ……六体の巨大コピーを一人(ひとり)で……しかも一瞬(いっしゅん)で」


 (あせ)(ひと)つも()かべていないナーグルアを、シアムが頭をかかえて見下(みお)ろす。


「化け物の域すら()えてるじゃないの……っ! こんなの()げるしか……っ」

「でしたら強制はできませんわね」


 その声はシアムの近くで発された。

 先ほどまで地上にいたはずのナーグルアが文字どおりまたたく()に、五十メート級の高さを持つ人面ムカデの(ひたい)の前に移動していたからである。


 瞠目(どうもく)したシアムはもはや目の前の光景が信じられなかったのか、(かわ)いた笑いをのどから()らした。


「はは……ไม่ใช่มนุษย์(マイチャイ・マヌット)〔人間じゃない〕」

(ヤック)と呼んでもよろしくてよ」


 にっこり微笑(びしょう)してナーグルアが棍棒を夕焼け(ぞら)に突き上げた。

 持ち手に両手を()え、ただシンプルに()り下ろす。


「テ」


 あまりにも短い詠唱(えいしょう)を、内股(うちまた)の体勢で(くち)にした。


 五十メートの人面ムカデに棍棒の突起と本体がめり込む。

 瞬間(しゅんかん)、人面ムカデは真後ろへと()っ飛んだ。


 黒い(かみ)(あらし)のように(みだ)(くる)う。

 焦点(しょうてん)の定まっていない赤い目玉が一瞬間(いっしゅんかん)飛び出す。


 多脚はあらゆる方向に激しくのたうち、大口(おおぐち)からは大量の(むらさき)の液体が回転しながら散った。

 空気を()(おと)と衝撃のなか、俺もクマリーもプラトゥもレックもヒマもユアユもンゴットガームもフアロもシアムもシーフーハーター姿のミーもムカデの胴体にしがみついた。


 身をのけぞらせたまま五十メートの人面ムカデはナーグルアから(はな)れて岩場の中央に()っ込む。


 そこにはシアムのあけた直径四十メートの穴がある。

 ムカデは胴体をひねってその穴に入ろうとした。


 しかし直前、穴とそれを囲む岩の上に白くて丸い巨大な皿が出現した。

 人面ムカデはまるで料理の一品(いっぴん)のように皿に落ちる。


(テーラさんだな)


 とっさに体勢を立てなおして人面ムカデは頭を上げようとした。

 が、上空に()いたままだった水色の巨大鍋蓋(なべぶた)が直上に移動し、また人面の頭部の動きを(ふう)じた。


(今度はロップか)


 上下(じょうげ)をふさがれたムカデは横から出ようとしたものの、その都度(つど)皿のふちと(ふた)のへりから犬歯のような白い物体が生じて上と下から胴体を()(くだ)いてくる。


(センセー!)


 さらに皿へと逆立ちのカヤンが着地し、唱える。


「リップ」


 途端(とたん)、人面ムカデの胴体にくっついていた多くの足が小気味(こきみ)いい(おと)を立てて破裂(はれつ)していく。


 ここでムカデのしっぽ付近にしがみついていたンゴットガームがフアロと同時に詠唱を重ねた。


「タオワン!」


 すると皿の上から白っぽい樹木が生え、急生長した。

 時計回りに螺旋(らせん)をえがきながら()び、しっぽから人面ムカデのうなじまでにからみついてその動きをとめた。


 それでも五十メートのムカデが(たお)れることはなかったものの、うなじにいたシアムがミーに騎乗(きじょう)したまま自身をつつむ赤黒い炎を()らめかせる。


「それで拘束(こうそく)したつもり? 燃やすだけなんだけど!」


 炎をまとったミーを使い、樹木に着火させようとする。


 だが木に火はつかなかった。

 代わりに木からオレンジ色のねばりけのある液体が()れた。


「……なにこれ」


 ムカデにからみついた木は、(あま)さずその液体で()れている。

 液体から(あま)いにおいが()()()()(ただよ)う。


 ここで虫のような羽音と共に黄土色の髪と瞳を持つ小柄(こがら)な少年が浮遊(ふゆう)してきた。


 左ほおに赤い文字を刻んだ少年が、ハチミツでできたミツバチを複数連れて飛んでいるのだ。

 黄色の上着と黒の胴衣(どうい)、加えて黄色のスカートの(した)の黒いズボンと(くつ)はまるで虎斑(とらふ)のようでもある。


 しっとりとした声を発しつつ、少年がシアムのそばに寄る。


「【ผ】ポープン・ルディ、つかさどる字はミツバチのポー」


 ほおのポープン(ผ)からオレンジ色の液体をにじませながら少年――ルディが言う。


「あんたと直接顔を合わせるのは二回目だったかな、シアム。残念だけどンゴットとフアロの樹木はもう燃やせないよ。(ぼく)がハチミツをしみ込ませたから。もちろん燃焼しないよう、成分に調整は加えたけどね」

「……ミツバチのお子さま」


 シアムがミーをあやつり、かぎ(づめ)のような右足でルディを引き()く。


「そう。このあたりでときどき見かけたミツバチはあなたのピーだったわけね」

「まあそんなところ。とはいえ僕も安全な場所にずっといるのに()きたんだ」


 ルディの引き裂かれた胸から体液がほとばしる。

 ただし傷口から出たのは赤い血液ではなくオレンジ色のハチミツだった。


「悪いね、僕の血管には血の代わりにハチミツが()まっているのさ」

「あなたも人間をやめ、う……っ」


 ハチミツが炎を貫通(かんつう)し、返り血のようにシアムとミーの目にかかった。

 ひるんだシアムと洗脳(せんのう)状態のミーめがけ、(おれ)はクマリーとプルーンとアーガートを連れてムカデの胴体を()()がった。


「ゲーンタハーン・ダープ」


 赤く光らせた左手のトータハーン(ท)から(けん)を引っ張り出し、その刀身で(てき)()ぐ。


 赤黒い炎をまとうミーとシアムに連続攻撃をおこなう。

 クマリーがトータハーンの文字を宙に書いてサポートしてくれているので威力(いりょく)も出ている。


 シアムが炎を投げながら無理やり笑う。


「洗脳されたからって仲間にも容赦(ようしゃ)ないね。赤目赤髪のお兄さん」


 シーフーハーター状態のミーの打撃(だげき)突進(とっしん)で俺に反撃(はんげき)を加えようともするが、たいした脅威(きょうい)でもない。


 その(ちから)は正常なミーの百分(ひゃくぶん)(いち)にも(おと)る。

 自己を持たない彼女をあやつったとしても、せいぜいその力の恩恵(おんけい)を受け取るだけがシアム側の限界だ。


 しかも俺が傷ついてもゴーン……という鐘の()と共に傷が即座(そくざ)に修復される。

 ボーン……という(ひび)きも地上から聞こえる。その()一緒(いっしょ)(けん)()るうと、一回の攻撃の威力がまるで何回もヒットしたかのように増幅(ぞうふく)された。


(チュアモーンもありがとう)


 俺はルディたちと協力しながらシアムとミーを追い込んでいく。

 が、シアムは不敵に笑ってミーを跳躍(ちょうやく)させた。


 俺のすぐ目の前に来たミーがやや斜めになった足場の上で(くち)をひらく。


「今度こそ()みつぶされちゃえ。仲間の口で。ソムナムナー!」


 ところがミーの歯列が俺に届く直前。

 シアムから見て左方向に赤黒い布がひらひらと()った。


 それは(うす)れかけている夕焼けを吸ってわずかに(ひか)った。

 突然(とつぜん)現れた布にシアムが横目を向けると、布が()けて銀色の(うす)のかたちをした穂先(ほさき)が飛び出した。


「これ……まさか」


 臼の先端が左肩(ひだりかた)に当たると同時にシアムはミーの背中から突き飛ばされた。

 側転に似た軌跡(きせき)をえがき、ムカデの胴体からも落ちる。


「レック……ッ!」


 見上げるとミーの左横で、レックのえび色の髪と瞳が(かがや)いていた。

 レックはえび色の()の突き棒を右手で(にぎ)り、それぞれひし形と臼のかたちをした二つの先端を見せている。


 左肩から右腰(みぎこし)にかけての黒いベルトも少し短めの白いズボンも緑と黒が混ざったような色合いの靴も相変わらずだが、周囲に合わせて色を変えるチュニックを()ぎ捨てている。


 現在のトップスは(はだ)に張り付く半袖(はんそで)の黒い胴衣だ。

 (かれ)のギザギザの髪とパッチリとした瞳を見上げ、シアムが歯がみする。


「さっきの布はレックの着ていたチュニック。しかも……」


 うなじの炎をさらに激化させ、さけぶ。


(だま)したんだね」


 シアムが、身をひねった状態のムカデの別の胴体に落下する。

 

「最初からミーの洗脳をとく作戦の中心は――赤目赤髪のお兄さんじゃなくてレックだったんだ!」

「ああ」


 再びミーのもとに戻ろうとするシアムの進行方向に俺は立ちふさがった。


「俺はおとりだったんだよ。チュアモーンがわざわざシアムにも聞こえるよう作戦を伝達したのは、本命のレックから敵の注意をそらすためだ」

「ど……どこまでわたしをコケにしてんの!」


 シアムの全身をおおう釣り鐘型の柑子色(こうじいろ)の布までが炎のようにひるがえる。


「それにあなた……さっきミーのかみつきを受けたクセになんで無事なの!」

「仲間のおかげだ」


 静かに言って、俺は頭部と上半身(じょうはんしん)にくっついた緑がかった茶色の破片(はへん)を左手で(はら)った。

 ミーの歯が俺をつぶす間際、後ろから駆けつけたユアユがトータオ(ต)の(ちから)を使い、俺の体に固い(よろい)を生じさせてくれたのだ。


 それにより、ミーの歯は俺に届かなかった。


 火の玉に身をつつんでこの状況(じょうきょう)突破(とっぱ)しようとするシアムに、俺は詠唱をかぶせる。


「ガムペーン・プレーオ」


 この命令を受け、コウモリの姿をした空の兵隊(タハーン・アーガート)が左向きの(かぜ)を発生させた。


 続けて小鳥の姿をした炎の兵隊(タハーン・プルーン)が火を(はな)つ。

 火は風に乗って広がり、たちまち俺の後ろに炎の(かべ)を作り上げた。


 (くや)しがるシアムを尻目(しりめ)に、俺はレックの様子を見上げる。

 ビブラートを()かせた声を(ひび)かせながらレックが、炎をまとったミーの突進をさばいていく。


「ミー! オレはうれしかった!」


 相手と激しく打ち合いながらも、その突き棒はシーフーハーターの体をけっして傷つけなかった。


「君がオレと一緒に過ごしたいと言ってくれたことも、オレのことをかっこいいと褒めてくれたことも! だけど……だけどオレチャンの気持ちはそれだけじゃないんだ!」


 戦闘(せんとう)の音よりも、レックの声のほうがよほど大きい。


「オレは……過去に君と暮らして、(あたた)かい()()()と初めて向き合った! その経験を(あた)えてくれた君は……なにより特別だ! オレの心を……君は(だれ)よりも強く突き()しているから!」


 なおレックがミーに語りかけているあいだシアムは声を(あら)らげてそれを妨害(ぼうがい)しようとしたが、俺はアーガートの空気の層をシアムの前に作ってその(おと)を防いだ。


 レックの声が続く。


「だからオレは君の気持ちに(こた)えるだけじゃ足りない。オレも君が――」


 この瞬間、レックが突き棒を背中のベルトに戻した。

 そして五つの目と四つの耳を持つミーのにび色の顔に近寄り、右手で(やさ)しく毛皮をなでた。


「ミーが大好(だいす)きだし、君と一緒にこれからの時間も過ごしたい」


 とてもなごやかな声音と表情で、自分の気持ちをそのまま言った。


 ミーの動きがとまる。

 ここでプラトゥが二人のそばに近付き、宙に躍るミーのにび色の毛とレックのえび色の髪の毛をそっと取った。


 それらを供物台(くもつだい)(おさ)めて「シアサラ」と唱えると、二人の毛髪(もうはつ)の代わりに虹色(にじいろ)の光が漏れ出た。


 虹色を帯びた光はやわらかくミーをつつみ込んだ。

 それにより、赤黒い(けむり)のように(にご)っていた五つの瞳が純粋(じゅんすい)な緑に戻る。


「よし、突き棒くんが(ウィンヤーン)(うった)えかけてくれたおかげで(とら)ちゃんの魂の(おく)の感情が活性化したね。そんで虎ちゃんに取りついていた()()は弱体化し、その(すき)をアタシのピーが突いてほぼ浄化(じょうか)完了(かんりょう)


 早口で言いながらプラトゥが目配せをする。なお、わざわざ(くち)にするのはシアムに今の戦況(せんきょう)を教えて戦意を()ぐためでもあるのだろう。


「といっても作戦前に確認したとおりシーフーハーターの大きな姿のままだと虎ちゃんの体のはしっこについた残滓(ざんし)が再び活性化しかねないから、比較的(ひかくてき)小さい人間状態に戻さないといけないんだわ。というわけで、あとは(たの)むよ、(さる)ちゃん指輪ちゃん」

「うん! ヒマがいればコーングルアイグルアイだ!」


 レックのそばに(ひか)えていたヒマが菜の花色の瞳を輝かせ、それと同色の髪に作られた二つのおだんごに両手を伸ばす。


 それに気づいたシアムが(あせ)って飛び出す。


「これ以上は好きにさせない」


 シアムの体をおおう火の玉が不規則に回転し、俺の出した火の壁を突き破った。

 だが壁のすぐ先には、桜色の髪と瞳を持つ少女が待ち構えていた。


「【ถ】トートゥン・トゥアム、つかさどる字は(ふくろ)のトー」


 やはり薄茶(うすちゃ)のノースリーブシャツに黒いオーバーオールスカート、白のハイソックス、紺色(こんいろ)の靴という格好だ。


 オーバーオールのみぞおちの(した)の切れ目に左手を()れ、()もったような声を出す。


「やあやあシアムくん、わたしたちだってシアムくんを好きにさせるわけにはいかないのだよ」

袋女(ふくろおんな)……」


 冷徹(れいてつ)にトゥアムを見つめ返し、シアムが炎と共に進む。


「また燃えつきてよ」

「それはダメさ」


 切れ目から左手を抜き、薄茶の袋を取り出す。

 その袋はパンパンに(ふく)らんでいた。


 トゥアムが袋を投げ、両手を鳴らす。


「ポン」


 唱えると袋が割れ、なかから白いもやが噴き出した。


「分かるかね、シアムくん。このあたりに広がっていたもやを吸ったのはわたしだが、それをこの袋に移し()え……たった今もやの一部(いちぶ)()(はな)ったのだよ」

「くっ……本当にうっとうしい……っ!」


 もやは濃縮(のうしゅく)されたかたちではき出された。

 ために、その白いもやに()らわれたシアムは赤黒い炎につつまれていても(いち)メート先さえ見通せない。


 この(すき)にヒマは髪から二つの輪っかのヒモを外し、だんごをほどく。

 俺の位置からでも白いもやの上に小さな黒い靴や赤茶のニーソックス、少し()いめの灰色を持つトップスが見える。灰色のプリーツスカートの(した)()いつけられたホットパンツも見え(かく)れする。


「【ล】ローリン・ヒマ、つかさどる字は猿のロー」


 ウキウキした声を(おさ)え、ヒマが唱える。


「ドゥームティー」


 ヒマの両手から輪っかがはじかれ、それぞれ大きくなる。

 輪っかの(ひと)つはミーを囲んだ。もう一つは拘束(こうそく)状態にある五十メートの人面ムカデを取り巻いた。


 各輪っかの円周の内部から菜の花色の光がのぼる。

 ミーのシーフーハーターの姿が縮み、(ひたい)の中央とすぐ左右にある計(みっ)つの目がヘアバンドの宝石へと戻っていく。


 にび色の体毛も引っ込んで、人の肌に帰っていく。

 横縞(よこじま)濃淡(のうたん)を帯びたにび色の服が彼女の体に現れる。


 アームカバー、ノースリーブのトップス、ホットパンツ、ニーソックスを着た状態でミーが人間の姿になる。


 手足のかぎ爪のような形状も消滅(しょうめつ)し、両足は墨色(すみいろ)の靴でおおわれた。

 二対(につい)の耳のようなにび色の髪を持つ女性が、レックの両手によってかかえられている。


 ミーから漏れていた煙も、もう完全に消えた。

 そこにバナナの(ふさ)が重なったような髪をなびかせてクマリーが飛んでくる。


「ミーさんっ、クマリーもお助けしますっ!」


 そして宙に文字を書く。

 しるしたのは、「ミー(หมี)」という彼女の名前だ。


 ウォーウェーン(ว)の力に目覚めたクマリーは文字保有者をあらわす文字を書くことで対象に力を与えられる。

 ただしすでに実験したとおり相手の保有する文字を書けば力は内側からみなぎり、相手自身の本名をしるせば外側から力が()りついてくる。


(ミーの魂や自我はシアムの赤黒い炎によって外へと放出されていた……というのがプラトゥの見立てだった。だったら最終的にミーを安定させるためには彼女自身の名前をクマリーが書き、外側から力を加えて魂の流出を抑える必要がある)


 人間の姿をしたミーの体から、(あわ)く青い光が生じる。


(どうやらクマリーは「ホーナム(ห นำ)」も忘れずに、「ミー(หมี)」の名前を正しく書けたようだな)


 ミーの左手がぴくりと()ねる。

 それを見てレックが涙ぐみ、ヒマやクマリーに礼を述べた。


「コープクン……! クン・ヒマ、クン・クマリー……みんな」


 さらに足場にしていた人面ムカデも縮む。

 しっぽ付近をテーラさんの皿に置いたまま収縮したので、俺たちは振り落とされずに済んだ。


 歯も足もなくなった五十メートの人面ムカデがもとの五メートに戻り、さらに二メートよりも小さくなる。


 皿に着地し、俺たちはそれを見た。

 そこに浮いていたのは、内臓を頭部から垂らす、黒髪で赤目のグラスーだった。


 大きくなっていた輪っかがしぼみ、菜の花色の光が失われた。

 ついで浮遊(ふゆう)して手もとに戻ってきた輪っかのヒモをヒマが髪にくくりつける。


 限定的に広がっていた白いもやが晴れ、なかから赤髪で黒目のシアムが姿を現す。

 シアムはグラスーとなった人面ムカデ……いやその女性の顔を見て、(くち)もとをゆがめた。


「お母さん……いや、あなたはその顔で()()わたしを守ってくれないんだね」


 さらにうなじの炎を燃やし、赤黒く巨大な火の玉を頭上に作り出す。


「あなたたち、全員動かないで!」


 皿の上に並んだ俺たち文字保有者十五人を見回した。


「わたしを()がして。じゃないとここから一番(いちばん)近くにある町にこの火の玉を()ち込む」


 (ほろ)ぼされた村のほかに町が近くにあるか俺は知らない。

 しかしカヤンの(けわ)しい顔を見るに、シアムの言うとおり町はあると考えていい。


「そうなればあなたたちのせいで多くの人間が焼けて死ぬ。ハッタリじゃないよ。思い出してみてよ……あなたたちの本拠地(ほんきょち)だってわたしは正確に狙撃(そげき)できてたよね!」

「やってみるんだ、クン・シアム」


 レックがミーを下ろし、突き棒を右手に構えて前に出る。

 シアムは反応し、両手を振り下ろした。


「分かんないの! わたしは本気――」


 だが両手を振る直前、シアムの両足首になにかが当たる。

 おかげで彼女はバランスを(くず)した。


 シアムのそばに(きん)と見られる物体が転がる。


「なにこれ……金ピカ帽子のヤツとも違う」

「あ、それはワタシのだよ、シアムちゃん」


 ここで意識を取り戻したミーが上体を起こし、ほわほわした声をかすかに出した。


「起きたらレックくんにかかえられていたから」


 ほおを染め、()ずかしそうに言う。


「あんまりうれしくて、出ちゃった」

「……は?」


 ミーがなにを言っているのか分からず、シアムが口をあんぐりあける。

 巨大な火の玉は放物線をえがかず、まっすぐレックの正面に飛んだ。


 レックは(だま)って突き棒を前に出す。

 すると火の玉は突きつらぬかれ、あっさりと火の()へと霧散した。


 ひし形の穂先がシアムの前に突き出される。

 それをレックは引っ込めた。


 シアムは両ひざをつき、おぼつかない声音でつぶやく。


「まだ……まだよ」


 うなじの炎がシアムの体をつつみ、即座に火の玉となって発射(はっしゃ)される。

 シアムをつつんだ炎は高速で岩場の西側の向こうへと飛んでいく。


 すぐにレックは突き棒の臼のようなかたちの先端で皿を突こうとした。

 俺は駆け寄り、レックにしがみついた。


「追うんだな、俺もついていく」

「ワタシも」


 ミーもよろめきながら立ち、レックの胸に飛び込んだ。

 レックはうなずき、ほかの文字保有者たちに言う。


「ちょっとオレチャンたちでクン・シアムに追いつくよ。プラック」


 突き棒が皿を突くと共に俺たちは西へと飛んだ。

 うなずく仲間たちと別れ、逃げたシアムを追跡(ついせき)する。


* *


 レックの突き棒で移動したあと、俺・レック・ミーはさらに西へ走った。

 シアムはちょうどロップの設置した「蓋」に近い場所にいた。


 うつ()せで進み、なにやら言っている。


「よく見たら……地面に乳白色の線がある。これが結界の線ってわけ……? もしかしてあの水色の髪の女の……? そういえば前に会ったとき、あいつ……ほかのやつらに守られるように真ん中にいたし……」


 日は落ちかかっている。

 だから乳白色もほとんど分からない。


 しかし俺たちが後ろからシアムに接近しようとしたとき――。

 ()()()()()声が前方から響いた。


「あららー。君、だいじょうぶ~?」


 声と共に現れたのは、()()()()()()()()()()()()()だった。


 こちらの乳白色も同じく、これから闇夜(やみよ)に溶けようとしている。

 下を向く若い男を見上げ、シアムが途切(とぎ)れ途切れに返した。


(だれ)、あなた……気持ち悪いからどっか()ってよ……バー(バカ)……」

次回「80.【ฏ】突き棒のトー・レック【その5】」に続く!


今回出てきたタイ語の元々の意味は以下の通り

マイチャイ(ไม่ใช่)→○○ではない

マヌット(มนุษย์)→人間

テ(แตะ)→ふれる

リップ(ริบ)→押収する

タオワン(เถาวัลย์)→ツタ

ガムペーン(กำแพง)→壁

プレーオ(เปลว)→炎

ポン(พ้น)→解放される

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