124.文字を学んだその先へ(หลังจากเรียนรู้ตัวอักษร)【前編】
長かったような気もするが、文字保有者の三分の一以上を巻き込んだファと俺とのぶつかり合いは終わりを迎えた。
新たにファが瑠璃色の旗を出してくれたので、クマリーも一緒に棒の部分をつかむ。
やはり旗は空の上へと上昇したあと降下。
裏面を脱し、もとのフップカオダーオに着陸する。
マークルックの格子模様を持つ台座に再び立ち、俺は周囲を観察した。
時間帯は夜だが月明かりのおかげでほんのり見える。
今回ファと協力していた文字保有者たち十三人が待っていた。
トラニー以外、全員起きている。
「ファ! 戻ってきやがったか……っ!」
まず駆け寄ってきたのは【ด】ドーデック・フルンフリン。
薄緑の瞳を潤ませ、ファの瑠璃色の目をのぞき込む。
「よかったぜ。トータハーン(ท)と……アーティットとガチで話せたっぽいな」
「……フフ」
小さく笑い、ファの目もわずかに潤んだ。
「待っていてくれて、ありがと」
「当然だっつの。んでクマリーとは……」
「友達になれたよ」
「そっか。めでてえじゃん」
フルンフリンはことわざを交えず、自分の言葉だけでファと向き合っていた。
ついでクマリーに視線をやる。
「クマリー。てめえがファと友達になったってんなら、あたしとしても喜ばしい限りだ」
「うんっ、クマリーもうれしさでいっぱいっ!」
「へっ、そうかよ」
さらにファの着ている赤い上着と、上着のない俺を交互に見てフルンフリンが口角を上げた。
「……アーティット。ファの気持ちに寄り添ってくれてあんがとよ。てめえのまいた種から出た実はしっかり収穫したみてえだな」
「いいや」
俺は胴衣越しに自分のへそをなでた。
「まだ途中だよ」
「言うねえ。あたしの想像以上にデケェもんを味わってるってか?」
フルンフリンは冗談めかした口調で返した。
それから【ฉ】チョーチン・パイロがやってくる。
「ファもアーティットもクマリーもいい表情だ。貴方たちが幸せであるなら私もうれしい」
「パイロ。自分はあなたの思いを利用したであります」
ファが前に出て謝る。
「すまなかったであります……」
「気にすることはない。私は貴方とアーティットの仲も応援している」
やわらかく、パイロは真鍮色の瞳をまたたかせた。
さらに【ณ】ノーネーン・チャーイハート、【บ】ボーバイマーイ・ワッタジャック、【ค】コークワーイ・マレットがファに声をかける。
「同志ファも、クマリーがウォーウェーン(ว)の継承者として充分であると感じたか」
「はい、クマリーはスーン老師にも匹敵する存在になると自分は思っています」
かなりの評価である。
「そしてワッタジャック。約束どおり、あなたの開発したパイ・ゴーガイに自分がイラストをかくであります。アーティットはとくに美麗にかくつもりです」
「やったあ! ファの絵があればきっと売れるよ。報酬は売り上げの五割支払うからね」
「さすがにそこまでは受け取れないであります」
「トートン(ธ)ちゃん、トートンちゃん。あとでアタシの水牛乳も飲むといいッスよ~。きっとイラストもはかどるッスわ」
「アーティットのバナナと合わせて飲みたいでありますな!」
みんなに囲まれて、ファもどこかうれしそうだ。
(それに、マレットもなんだかんだで……)
やや遠くから俺はファの様子を見ている。
そんな俺の隣に【ญ】ヨーイン・ニウフアメーが寄ってきた。
「どうしたのかな、アーティットくん。ちょっと笑ってない?」
「いやマレットもなんだかんだでファを気にかけてくれていて、うれしいんだ。俺に戦いを仕掛けてきたときの彼女は、ファの計画なんてどうでもいいって言っていたのにな」
「マレットちゃんはファに引け目を感じていたみたい」
自分を取り巻く冥色の長髪をはじく。
「自分の両親と弟は今も元気に生きている……だから両親を奪われたファのことをマレットちゃんは気にしてたんだ。でも家族が無事な自分が露骨に同情の色を見せれば、家族を失ったファを余計に傷つけるかもしれない。それでマレットちゃんは『どうでもいい』ってウソをついたんじゃないかな」
「ああ、なるほど。そう考えると合点がいく」
ここで俺はニウフアメーに聞いてみる。
「君は魔女として、真実を暴くパオインチュップをファにも仕掛けたのか」
「いや、やってないよ。ファの真実を導くのは、わたしじゃなくて君たちであるべきだから」
ビリッとした声を響かせながら、ニウフアメーがファのほうに視線を投げた。
頭に小さなサイズのルイくんを載せた【ช】チョーチャーン・ネーティが右手で【ษ】ソールーシー・ジウの腕を、左手で【ฑ】トーモントー・ダーンナーの手を取りファに話しかけている。
「ほらほら、ジウさんもダーンナーさんも」
「小生としてはトートン(ธ)を始めとする皆の成長を祝福したいものだ」
「成長? オレも成長したというのか、ソールーシー(ษ)。であれば、受け入れよう」
ダーンナーが漆黒の瞳でファを見つめる。
「トートン。おまえもおまえの神話を作りつつあるのだろう、素晴らしいぞ」
「まあ神話と言っていいかは分からないでありますが……」
「大地が進んでいる、貴公らのしわざではあるまいか」
ジウが、焦げ茶の杖で台座をたたく。
「裏面のフップカオ・ダーオでなにか大きなことをなしたと見える」
「その原因は自分じゃありません。アーティットですよ」
「でもファはクマリーと友達になることができたんだろ?」
小さな象の身を揺らし、ルイくんが言う。
「ま、ぼくの知ったこっちゃないけどな」
「ルイくんも自分と友達になるでありますか?」
ファはルイくんの鼻に右手を伸ばしてそっとなでた。
口調を崩し、言いなおす。
「正直わたしは、ルイくんのこと気に入ってるし。優しくて勇敢だけど素直になれないところがとくに」
「ふ、ふん。なら特別だぜ……っ」
耳をパタパタさせるルイくんを見て、クマリーとフルンフリンもファの近くで相好を崩している。
ネーティはファにささやいている。
きっと「ルイくんも喜んでいます」と伝えているのだろう。
俺はそのあいだに、チラチラみんなのほうを見ている【ป】ポープラー・ウィサーハに近づいた。
「君は行かないのか」
「アーティット……簡単に言ってくれるわね」
魚のしっぽが鞭のように跳ねる。
「わたしは自分の復讐のためにファちゃんに手を貸したのよ。しかもあの子の慕うあなたを殺そうともした。なのに、なにごともなかったかのようにヘラヘラと声をかけることができると思うの?」
ついで、やわらかな表情を見せているファを凝視する。
「ファちゃんは強いわね。あなたへの並々ならない感情ともちゃんと決着をつけようとしているもの。わたしだったら、もっと引きずるわよ。いまだに理屈抜きであなたたち三人を憎んでいるし」
「ウィサーハ。君の感情は正しいよ。なにも悪くない君に対して、ホーノックフーク(ฮ)とキアと俺は恨まれて当然のことをしたわけだから」
「偉そうなこと言わないでくれる? リアンゲさまが恨んでいないなら、それがすべてよ。わたしはリアンゲさまと比べて寛大じゃないってだけ。だから近づいてきたあなたも遠ざけてやるわ。この、このっ」
魚のしっぽを膨らませ、ウィサーハが俺のほおをペチペチ打ち始めた。
だが威力が調整されているようで、むしろ心地いいくらいだ。
「それで勘弁してあげる」
「ありがとう」
続いて俺は、ウィサーハからもファたちからも離れて一人でいる【ข】コーカイ・バンダーのそばに立つ。
しばらく無言でいると、バンダーが金色の右目と黒い左目をむいてにらんできた。
「てめえ、なんのつもりだ」
「君のまわりの空気はおいしいから吸っていた」
「なめてんのか。どうせおまえお気に入りのファのところにオレがあいさつしに行かねえからそれを咎めに来たんだろ。オレはパイロやネーティの誘いもつっぱねてやったからな」
至近距離まで顔を近づけ、バンダーが威嚇を始める。
「言っとくがなあ、オレはマレットやルイくんみたいなツンデレじゃねえんだよ。ファだって嫌いなヤツの一人だ。それを承知でファもオレを協力者にしたわけだ。なのにわざわざ仲いいフリして、お優しい言葉かけるほうが筋違いってもんだろ」
「そういうところが好きだ」
「あ……?」
「みんながみんなファに親しげだと、どこかウソくさいからな。君のような露骨に嫌悪感を示す人もいたほうが俺は安心する。そういうところに救われるんだ、バンダー」
「……その言葉が皮肉じゃねえなら、おまえはよほどのバーだぜアーティット」
「かもしれないな」
ここで俺がファのほうに視線を戻すと、彼女は【ฎ】ドーチャダー・イーガーに声をかけるところだった。
なお、イーガーは【ฐ】トーターン・トラニーに膝枕をしている。
ファはイーガーのすず色の瞳と目を合わせた。
「イーガー。今回自分が一番お世話になったのはあなたであります。あなたは自分の計画を完璧にサポートするのみならず、アーティットを的確に強くしてくれました。あらためて感謝を伝えます。コープクンでありました」
「それはマイペンライ」
イーガーはトラニーを起こさないよう小声で応じる。
「とはいえ【ธ】トートン・ファ……わたしはもともとあなたに全面的に賛同していたわけじゃない。いずれもっとよくないかたちで爆発するかもしれないと恐れて協力していたんだ」
「承知しているであります。だから今回の件の責任はすべて自分に――」
「ただ、そういう気持ちは最初の話。わたしは結局あなたの思いも全面的に大切にしたくなった。港町でトータハーン(ท)、ウォーウェーン(ว)とちゃんと話してからね。流れが変わるというのは、マークルックに限らずどんなことにでも起こりうることだ。だからわたしはノリノリでトートン(ธ)に協力していたわけさ。それどころか協力者たちを統率していた点から見ればわたしの比重は非常に大きい。そんなわけで」
そっとファにほほえみかける。
「わたしもわたしの責任を背負うよ」
「……イーガー。すまないであります……」
「さすが冠のドー(ฎ)だね~、太っ腹~……むにゃあ」
言葉の使い方が正しいかは分からないが、トラニーも寝言で同調した。
* *
このあとファは協力者十三人を集め、ウィサーハやバンダーも含む一人一人の顔を見て「コープクン」と言った。
さらに謝罪しようとしたものの、「もうそれは必要ない」とみんなが返した。
とくに「てめえのほうから巻き込んどいて今さら謝るとか、ねーわ」というバンダーの言葉がファの心に刺さったようだ。
俺とクマリーはやや離れた場所からみんなを見ていた。
「クマリー、ここにいるみなさんのことも好きです」
「そうだな、俺もだ」
「ここにいるみんなからも名前と文字の書き方を教わったことを思い出すと……とてもワクワクしてきます。感謝したい気分になりますっ」
「といってもファたちから十四文字を新たに学び、子音字全四十二文字をコンプリートした今、新たになにを求めるんだ」
「すでに考えていますっ」
こしょこしょと俺に耳打ちする。
「お兄さん、『ありがとう』ってどう書くんです?」
次回「125.文字を学んだその先へ(หลังจากเรียนรู้ตัวอักษร)【中編】」に続く!(6月20日(土)19時から23時59分のあいだに更新)
※今回のタイ語のサブタイトル(หลังจากเรียนรู้ตัวอักษร)は「ランジャーク・リアンルー・トゥア・アクソーン」という発音です。
単語に分解すると「ランジャーク(หลังจาก/○○のあと)+リアンルー(เรียนรู้/学ぶ)+トゥア・アクソーン(ตัวอักษร/文字)」になるので「文字を学んだあと」と直訳することができます。
英語に直せば「after learned the alphabet」です!
今回出てきたタイ語の元々の意味は以下の通り
ランジャーク(หลังจาก)→○○のあと
リアンルー(เรียนรู้)→学ぶ
トゥア・アクソーン(ตัวอักษร)→文字/アルファベット……「あいうえお」をタイ語に訳すときは「日本」を意味する「イープン(ญี่ปุ่น)」という単語を後ろに付けて「トゥア・アクソーン・イープン(ตัวอักษรญี่ปุ่น)〔直訳:日本のアルファベット〕」と表現することもできそうですね~。




