11.馬のモー(ม)【前編】
ジョットマーイはロージュラー・エーンのいる孤島に直接おもむき、ホーノックフーク(ฮ)からの手紙を渡した。
手紙を読んだエーンはロージュラー(ฬ)の文字を持つ者として、遠隔の地にいる文字保有者たちへと情報を届けた。スーンさんが殺害された件およびホーノックフークによる招集があったことを知らせたのである。
* *
その後エーンはハンモックからおりた。
島を囲むマングローブのほうに移動し、水着から通常の衣服に着替える。紺色の半袖の上着に白いフレアスカートという格好だ。靴は白のサンダルである。
「んじゃ、ウチもジャンク船に乗ってラーちゃんの……ホーノックフーク(ฮ)のとこ行くわ」
黄土色の砂の上に着陸しているジャンク船とその船の持ち主であるジョットマーイを見ながら、エーンが上着のポケットからオレンジ色のチケットを出す。
「クンクルアンビン……ほい、マーイちゃん、チケットね」
「エーンちゃん、ご乗船ありがとう」
そしてジョットマーイはエーンと俺とクマリーを左舷のタラップからジャンク船に乗せる。
後部甲板の操舵輪の前に立ち、はつらつとした声を上げる。
「……行き先は図書館塔。カーオーク!」
マングローブに囲まれた平らな島をあとにし、ジャンク船が飛ぶ。
行きと同じで渦巻く雲を通過したのち、青い織物のような風景のなかを進んでいく。
俺は船首近くの甲板に立つ。ウナギ型精霊の襲撃により大きく亀裂が走っているものの、ジャンク船は問題なく飛んでいる。
一応再度の襲撃を警戒し、斥候の兵隊を分裂させて船の周辺に放っておく。
そんな俺にエーンが話しかけてきた。
「ティットくん」
彼女は俺の左隣に立ち、左手のタコ糸の棒を軽く回している。
タコ糸につながれた五本足の赤いタコが風船のように跳ねる。
あくまでサバサバした調子でエーンが言葉を続ける。
「さっきタコアゲで文字保有者のみんなにホーノックフークからのメッセを伝えたけどさ、実はウチが座標を捕捉できなくて情報を届けられなかった人が八名いるんよね……」
「ああ、それなら心配ないよ」
俺は話した。エーンのタコのからあげが届かない可能性のある者たちに、ジャムークが招集の件を直接伝えに行っていると。
それを聞いたエーンがほっと胸をなで下ろす。
「よかった。ムークくんなら安心だ。ただ……」
ここまで言って、少し顔をくもらせる。
「プリちゃんだけは『ルアダムナーム』に籠もったまま彼と会おうとしないだろうね」
エーンは、ボリュームのある赤茶色の髪を右手でくしけずった。
「あの子、すくわれるのが嫌いだから。オーアーン(อ)……洗面器のオーを持つムークくんとは相性が悪いんよ」
「じゃあ俺がプリアさんに知らせよう」
……エーンが言っている「プリちゃん」の本名はプリア。「ロールア(ร)」の字をつかさどる少女である。
俺はロールア・プリアと会ったことがないが、二日後の正午までやることもないので連絡役を引き受けたというわけだ。
* *
ジャンク船が図書館塔に着くまで新たな襲撃者は現れなかった。
俺は周辺の警戒にあたらせていた斥候の兵隊を回収し、消えるよう命じた。
図書館塔の灰色のバルコニーにジャンク船が降下したとき、ちょうど太陽が沈み始めていた。
俺、クマリー、エーンの三人は塔の内部に入る。
上昇気流に乗って最上階にのぼる。
館長室の扉をあけ、なかにいるホーノックフーク(ฮ)と対面する。
ホーノックフーク・ラートリーは銀色の髪をなびかせながら、机の上に浮いていた。
「ほう。トータハーン(ท)、そのほうはポーサムパオ(ภ)の護衛をきっちり果たしたようじゃな。ご苦労」
首を大きく左右に倒し、銀色の瞳をギョロギョロ動かす。
「クマリー・トーンも相変わらず一緒か。さらにロージュラー(ฬ)も来てくれたと。ひさびさにタコのからあげをいただいたが、やはりうまかったのう。大儀であった」
ついで手を合わせるエーンを凝視したのち、ほっほと笑う。
「無論すでに、そのほうの真実は閲覧した。ロージュラーもウォーウェーン(ว)殺しの犯人じゃあないな」
「証明していただき感謝します。ラーちゃん」
続いてエーンはホーノックフークに質問する。
「ムークくん……ジャムークがウチのタコアゲのフォローをしてくれているみたいですけど、彼が誰のもとに向かったか分かりますか」
「もちろんじゃ。オーアーン(อ)がこの部屋から出る際に閲覧させてもらったからのう。確かロールア(ร)をのぞけば、コーカイ(ข)とンゴーングー(ง)とドーチャダー(ฎ)とトーモントー(ฑ)とソールーシー(ษ)とソーサーラー(ศ)の六名じゃな」
「さすがムークくん、ウチが座標をキャッチできなかったみんなにピンポイントで接触してくれてんね。でもキアちゃんは? ウチ、キアちゃんの座標も捕捉できなかったんだけど」
「ノーヌー(น)なら最初から図書館塔におる。招集の件などについてはわしが直接伝えた」
ホーノックフークが回答すると、エーンはうんうんとうなずいた。
「ありがとうございます。……とりあえずウチが情報を届けられなかったみんなとムークくんが訪ねている人たちは一致してることが分かりました。あとはプリちゃんだけが問題」
日焼けした顔を俺に向け、エーンが左目を閉じてウインクする。
「というわけでジャンク船でも話したけど……ティットくん、あの子のことは任せたよ」
「了解」
「助かるね~。……あ、そうだ。ラーちゃん」
エーンが照れくさそうに、ホーノックフーク(ฮ)へと声をかける。
「本棚で寝てもいいですかね」
「遠慮なく休むがよい」
首と瞳を動かすのをやめ、ホーノックフークが微笑する。
「そのほうは『一斉送信』で疲れているじゃろう」
「ではお言葉にあまえて眠りま~す……」
エーンはあくびをし、館長室の向かって左側へと進む。
そこには本が一冊もない書棚が設けられている。
その棚の一つに身を横たえ、エーンは小さないびきをかきだした。
ほほえむホーノックフークに俺は伝える。
「じゃ、今からロールア・プリアのところに行ってくるよ……」
「待て待て、トータハーン(ท)」
ホーノックフークが左右の手首をパタパタさせる。
「それは、あしたからでも遅くない。そのほうも護衛で疲れたじゃろうから、今は休め」
「命令か?」
「お願いじゃ。夜が明けたらモーマー(ม)に頼んでロールア(ร)のところに連れていってもらうがよい。モーマーは今、塔の横の馬小屋におるからのう」
ついで彼女は、クマリーに両手で手招きした。
「……ときに精霊の少女よ。わしはそのほうに興味がある。クマリーは四十二ある文字すべてと出会うのを楽しみにしながら、わしらに刻まれた文字をなぞっておるよな」
「はいっ!」
机の上に浮くホーノックフークと目線の高さを合わせ、元気よく返事をするクマリー。
ホーノックフークは微笑を崩さず、やや胸をそらす。
「とはいえ文字と出会うのに、みなと顔を合わせる必要もない」
「どういうことです?」
「ここは図書館じゃ。文字とふれ合うことができる。当館の本にはピーが宿っており、それぞれの求める表紙と内容を利用者に提供する性質を持つ。そのほうも入ってくるとき、背表紙の文字くらいは見たんじゃないかの」
「背表紙って、本の背中のことですよね」
クマリーは宙に浮いたまま首を横に振る。
「……いえ、なんの模様もありませんでしたけど」
「ほう」
ホーノックフークが首を右へと直角に曲げる。
「だったらわしがここで、すべての文字を教えてもいいぞ」
「ホーさん、その気持ちはとてもうれしいですっ! でも……クマリーは」
もう一度左右に首を振り、うったえかけるようにクマリーが言う。
「自分の目と手で、みなさん一人一人の文字をなぞっていきたいんです。ウォーウェーン(ว)の字だけはお兄さんが教えてくれましたが、いずれはその字とも直接対面します」
「……いい心意気じゃ」
ホーノックフークは空中で体を跳ねさせて後転した。
そのまま館長室のゆかに足をつける。
「では、こういうのはどうかのう」
机の前に浮くクマリーを見上げる。
「――そのほうも自分だけの文字を持ちたくはないか?」
次回「12.馬のモー(ม)【中編】」に続く!
今回出てきた単語の元々の意味は以下の通り
プリア(เพลีย)→疲れる
キア(เขี่ย)→掻く
ルアダムナーム(เรือดำน้ำ)→潜水艦




