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09.タコのロー(ฬ)【中編】

 ホーノックフーク(ฮ)の手紙を届けるべく、現在ジョットマーイのジャンク船はロージュラー・エーンのもとに向かっている。


 俺(おれ)は護衛としてジョットマーイに同行している。

 精霊(ピー)のクマリーも一緒(いっしょ)だ。


 青い織物のような模様(もよう)を持つ空間をジャンク船が飛んでいく……。


* *


 そして出発してから十数分がたったとき、案の定(じょう)ジャンク船が襲撃(しゅうげき)された。


 十メートほどもある黒いウナギ型の精霊(ピー)が船首方向に現れたのだ。

 ピーの体の側面からはサソリに似たハサミ一対(いっつい)が生えている。そのハサミの長さは二メートといったところだ。

 さらにしっぽは鋭(するど)く、そりかえっている。


 そのピーが宙を泳ぐ。

 こちらから攻撃(こうげき)したわけでもないのに、しっぽとハサミを焦(こ)げ茶の船首にたたきつけてジャンク船全体を揺(ゆ)らす。何回も、何回も。


 ひとくちに精霊(ピー)と言っても、いろんなピーがいるものだ。

 もちろん通常のピーなら、ジョットマーイのジャンク船を見つけることも攻撃することもできない。

 しかしこのウナギ型は普通(ふつう)じゃないようだ。ジャンク船に物理攻撃を加えている時点でかなりの力(ちから)を持っていると推測できる。


 果たして偶然(ぐうぜん)ポーサムパオ(ภ)の空間に迷い込(こ)んだのか、スーンさんを殺害した犯人がこのウナギ型のピーを送り込んだのか。


(――まあ、どちらにせよ撃退(げきたい)あるのみだ)


 俺は前側の甲板(かんぱん)から、後部甲板のジョットマーイに声をかける。


「ジョットマーイは船長の仕事に集中してろ」


 そばに浮(う)くクマリーにも避難(ひなん)を指示し、俺は甲板を走って船首に接近する。


「ゲーン・タハーン。……ダープ」


 逃(に)げてくるペンギン型の船員とホタルに似た斥候の兵隊(タハーン・ラート)とをよけつつ、左手の平に刻まれたトータハーン(ท)の文字に右手を突(つ)っ込(こ)む。


 俺の赤い字が輝(かがや)く。そこから一本(いっぽん)の剣(けん)を引っ張り出す。

 赤い柄(つか)と銀色の刃(やいば)を持つ剣だ。サヤはないので、そのまま振(ふ)るう。


「タハーン・アーガート……」


 紫(むらさき)のコウモリ型の精霊(ピー)である空の兵隊(タハーン・アーガート)をも呼び出す。

 ジャムークと戦ったときと同様アーガートは一対(いっつい)の羽で飛び、もう一対の羽を俺のわきの下(した)に後ろから差し込む。


 船首手前の甲板を蹴(け)り、俺はアーガートと共にウナギ型ピーへと肉迫(にくはく)する。


 空を飛ぶ暴れるウナギのしっぽに俺は剣(けん)の刃(やいば)を立てた。

 斬(き)るというよりも引く感じで根もとから刃先(はさき)までを黒い体にすべらせる。

 結果、鋭いしっぽがウナギ型ピーの胴体(どうたい)から切断された。


(切断面から血は出ていないが、相応(そうおう)のダメージは受けたはずだ)


 ところが敵はまだ勢いを失わない。

 今度は自身の一対のハサミをひらき、船首の左右にあてがった。

 さらにハサミを閉じようとする。焦げ茶のジャンク船に亀裂(きれつ)と衝撃(しょうげき)が走る。


(そうやって船体を砕(くだ)いていくつもりか)


「……タハーン・ユアック」


 ここで俺は、ぼたん雪のような無定形の兵隊(タハーン)を呼んだ。

 普段(ふだん)はバナナや水などを入(い)れた氷室(ひむろ)の箱を冷やしてもらっているが、雪の兵隊(タハーン・ユアック)の真骨頂(しんこっちょう)は「冷気」にある。


 俺は命じる。


「こおらせろ」


 命令を聞いたユアックがぼたん雪一個(いっこ)のサイズから増殖(ぞうしょく)と膨張(ぼうちょう)をくりかえし、荒(あら)ぶる吹雪(ふぶき)へと変貌(へんぼう)する。


 吹雪がウナギのハサミを集中的に襲(おそ)い、限りなく動きをにぶらせる。

 そのハサミの根もとに俺は剣を振り下ろす。

 ただ刃を引いて断ち切る。一対のハサミの両方を落とす。


 が、ハサミとしっぽをなくしたウナギ型ピーはますます激しく身をくねらせる。

 黒い体を鞭(むち)のようにしならせ、船体をたたく。


(しぶとい……)


 本来なら追っ払(ぱら)う程度にとどめたいところだが、この場に残って船を攻撃し続けるなら話は別だ。


「ガーオラー……」


 決着をつけようと、そう唱えかけたときだった。


 ウナギ型ピーの真下から赤い物体が現れた。

 それは五本足のタコの形状をしていた。


 そのタコの頭部がウナギの胴体を突(つ)き上(あ)げる。

 奇襲(きしゅう)を受けたウナギはボヨンと跳(は)ねたのち、体を震(ふる)わせながらもとの十分の一以下のサイズに縮(ちぢ)んでいった。


 そのあとタコの赤い頭部にしがみつき、ウナギ型ピーはおとなしくなった。


 この五本足のタコは本物のタコじゃない。精霊(ピー)ですらない。

 ロージュラー・エーンのあやつる「タコアゲ」に使うタコだ。


 ひとまず俺は甲板に着地した。

 五本足のタコも、ウナギを頭に乗せたまま俺のそばに落ちた。


 俺は左舷(さげん)からジャンク船の下(した)をのぞき込む。

 そこで雲が渦(うず)巻いていた。


 どうやらジョットマーイが船底(せんてい)の下に渦巻く雲を出現させ、そこからエーンのタコを招(まね)き入(い)れたらしい。


「戦闘(せんとう)ありがとう、アーティットさん。ともかく到着(とうちゃく)、カーカオ!」


 ジョットマーイの声と共にジャンク船が雲をとおって下降する。

 ペンギン型の船員たちが慌(あわ)ただしく動き、帆(ほ)を畳(たた)む。ジャンク船のまわりに広がっていた青い織物のような景色が消え去る。


 代わりに雲の先に地上が見(み)えた。

 直径三百メートほどの平らな島が姿を現す。周囲を見渡(みわた)しても群青色(ぐんじょういろ)の海が続くばかりで、ほかの陸地は近くにない。


 緑のマングローブが島を取り囲んでいる。

 ただし島の中心に黄土色の砂でおおわれた広場がある。そこにジャンク船は着陸した。


 同時に五本足のタコに乗っていたウナギ型ピーが起き上がり、甲板から船首によじのぼって地面に落ちた。

 そのピーが体を震わせると、鋭いしっぽと一対のハサミが復活した。


 しかしもう暴(あば)れる様子はない。

 近くのマングローブへと移動し、そのそばに満ちた水のなかに沈(しず)んでいった。


 俺はアーガートとユアックに消えるよう命じた。剣を左手の平に押(お)し込んだ。

 手に刻まれたトータハーン(ท)の赤い輝きも消える。


 ……ジャンク船の左舷の一部(いちぶ)がタラップに変形する。


 俺とジョットマーイは島の地面におりた。クマリーも飛びながらついてくる。

 島の空気は湿潤(しつじゅん)だが、さわやかな風が絶(た)えず吹(ふ)く。


 黄土色の広場の中央にヤシの木が二本(にほん)立つ。

 二つの木の幹に黒いハンモックがつながれている。

 日焼けした女がハンモックにあお向けになり、紺色(こんいろ)の水着で日光浴(にっこうよく)を楽(たの)しんでいる。なお俺たちから見て右に女の頭が位置する。


 俺たちは彼女(かのじょ)にあいさつした。

 タコで戦闘の援護(えんご)をしてくれたことについても礼を言った。


 するとサバサバした声で、こんな言葉が返ってくる。


「マーイちゃんにティットくん。あんたら、なんか厄介(やっかい)なことにでも巻き込まれてんの?」


 女は、長くてボリュームのある赤茶色の髪(かみ)を持っている。その瞳(ひとみ)も赤茶色である。


 かつ、大量の白いタコ糸をまとめた棒を左手に握(にぎ)る。

 それを片手だけでクルクル回す。


 するとジャンク船の甲板に放置されていた五本足のタコが浮(う)き上(あ)がり、女の近くに寄ってきた。


 クマリーが体を上下(じょうげ)させ、身を乗り出す。


「初めまして」


 手を合わせてあいさつする。


「クマリーはクマリーと言います」


 さらに、浮遊(ふゆう)する五本足のタコを指差す。


「宙に浮いているこの赤いタコさんは、水着のお姉さんのものですねっ。もしかして水着のお姉さんもお兄さんたちと同じで『文字』をお持ちなのではっ! あなたのことが知りたいですっ!」


 オレンジの混ざった茶色の瞳でクマリーが女を見つめる。

 女はハンモックの上で寝返(ねがえ)りをうち、左半身を下にして答える。


「【ฬ】ロージュラー・エーン、つかさどる字はタコのロー。ウチ、あんまり自分から動くタイプじゃないけど、自分以外の……たとえばタコの動いているさまを見るのは好きなんよ」


 日焼けした水着の女……エーンが左手の棒を左右に動かすと、五本足のタコが空中で踊(おど)った。

 合わせてクマリーも楽(たの)しそうに体を揺(ゆ)らし始めた……。

次回「10.タコのロー(ฬ)【後編】」に続く!


ฬ←これが「ロージュラー」の文字。意味は「タコ(凧)のロー」……アルファベットのWっぽくもありますね~。


今回出てきた単語の元々の意味は以下の通り

ジュラー(จุฬา)→凧(たこ)……とくに星型というかヒトデの形の凧みたいですね。ちょうど「☆」の形状のものを空に上げるんでしょうか。

ダープ(ดาบ)→剣(けん)


それと、あけましておめでとうございます。ちなみにタイ語だと新年の挨拶は「サワディーピーマイ」(สวัสดีปีใหม่)と言うらしいですね~。

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