クォーツ
「はぁ……酷い有様だなっと」
村を囲う柵を杭と紐で補強を行う。
パリスたちが帝国から出る前、国境に面した居住区に立ち寄り商売をしている間に暇つぶしにやってみたが、それなりに時間がかかるな。まあ、こういった作業は得意な部類だしな。
額から流れる汗を首に掛けていたタオルで拭い、材料を持って別の壊れた柵を修理に向かう。
他種族の居住区はある点に目を瞑れば普通の村とそう大差がない。しかし、仕事でカツカツな上に帝国に渡す重税でここらへんに手を回す余裕がない。魔物の襲撃から村を守るための柵の多くが壊れてしまっている。
形自体は簡単だから直す事は結構手短にできる。問題なのは……。
私は後ろを振り返り、木箱に隠れてない細くて白い尻尾を見て小さなため息を漏らす。
まだついてきていたのか。
「で、何かようか小僧」
「うっ……」
木箱に近づきながら威圧的に語りかけると木箱の陰から頭から2本のツノを生やした少年が出てくる。見える範囲で両腕と下半身が白と黒が入り混じる毛並みに覆われている。
ここは『ミノタウロス』の居住区。だから『ミノタウロス』の子供がいても可笑しくないが……私の作業を見ていて何が楽しいのやら。
「ぼ、僕も手伝っていいですか!?」
なんだ、そんな事か。
「……構わんさ。ほら、見ていたのならさっさとやるぞ」
「は、はい!」
少年に杭を投げ渡すと少年は張り切って作業をし始める。
折れた杭を引き抜き、新しい杭を打ち込む。十字に切るように太い木の枝を括り付けていく。
少年の隣にしゃがみこみ、柵の修理をしていきながら少年の様子を伺いつつ、
「手先が器用なんだな」
「あ、はい。友人たちみたいに力持ちじゃないので細かい物を作ったり道具の整備や調整なんかをしてるんです。えっと、お名前は……」
「レスティアだ。そっちの名前は?」
「僕はクォーツ。よろしくね、レスティアちゃん」
「……ああ」
この少年の言葉に邪気がない。これなら、この居住区の闇について知ることが出来るかもしれない。
「クォーツはこの村を出たいと思うか?」
「うーん……今は良いかな。お父さんも叔父さんたちもいるし、僕の力だけじゃ生きていけない。でも、外のガラス職人に弟子入りして硝子細工とかを作ってみたい」
「そうか。いい夢だな」
「えへへ、そうでしょ。レスティアちゃんは何か夢はないの?」
「夢か……。私は特にないな。今は生きるために精一杯なんだ」
動かす手を止め、クォーツの顔を見る。同い年くらいでありながら、まだあどけなさが残る顔を凝視すると鼻で笑う。
クォーツは少し不満そうな顔で、
「な、何で笑うのさ」
「いや、なんだ。お前のような童顔が村の大人たちみたいになると考えてみると、少し笑えてな」
パリスたちの周りに集まっていた大人の『ミノタウロス』たちは背が2メートル近くあり、筋肉隆々。鍛え上げられた筋肉は日に焼けて黒光りしている。それに応じて大人の『ミノタウロス』は精悍な顔立ちをしている者が多い。
整ってはいるが童顔なクォーツとは大違いだ。
「お、大きくなったら父さんみたい大きくて立派な『ミノタウロス』になってみせる!」
「それは楽しみだ」
「れ、レスティアちゃんは成長したらどんな姿になりたいとか願望はあるの?」
「そうだなぁ……」
本音を言えば特にない。まあ、美人にはなるだろうが流石に真っ当に生きれるとは思っていない。それでも、あえて言うとすれば……、
「ま、大人っぽい見た目にはなりたいな。あと、ドレスやワンピースが似合う女性になりたい」
「ど、ドレスが似合う女性……?」
「この服を作ってくれた人物から貰った服がどれもこれも、ドレスやワンピースなんだよ。楽で良いが、大人になって似合わなくなるのは困る」
ついでに言うと、アクセサリーの方はこれ以上に厄介だ。あの『麒麟』がどういう未来を見たかは知らんが、アクセサリーが金銀宝石を当たり前のように使っているし、使ってなくてもそれは繊細な細工がされている。売れば大金にはなるだろうが、流石に売るのもしのびない。
「ふーん、女の人ってそういうものなんだ」
「そういうものだ。女性を誘う時は身なりには気をつけろよ。特に、汗の匂いにはな」
「ははな……臭う?」
「臭う。おおよそ、ついさっきまで畑仕事の手伝いをしていただろうから無理はないがな」
顔を真っ赤にして俯くクォーツに苦笑いし、作業を再開する。
それにしても、随分と女らしい性格になってきたな。身なりに興味を持つなんて予想外だ。まあ、どうでも良いけど。




